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【後編 了】第十二章 待っていてくれてありがとう

運命の番。(R18)

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 五月一日、午前一時。ふと、目の端に映り込んだ現在の時刻。
(上手く……外せない……)
 着け慣れたはずの首輪が取れない。手汗のせいか指が滑り、結び目をキツくしてしまう。
(彼方と……早く結ばれたいのに……!)
「僕がやるよ」
 落ち着きを払った彼方と交代するが、外れるまで十分ほど時間がかかった。解放された項はじっとりと汗ばんでおり、その首元に鼻を押さえて思いっきり嗅がれる。
「彼方……あ、汗臭いから……」
「んなことない。水樹はフルーツみたいな甘くて美味しそうな良い香りがする。フェロモンがわかる前からずっと……。汗は果汁だね」
 汗を舌で舐め取られ、項が落ち着かない。ごくん、と飲んだ生唾が彼方の喉を通っていく様子は、まさに獣が餌を食う前のあれだ。最初で最後となる番になる瞬間。喰らわれる側もドキドキが抑えられず、口の中が唾液で溢れ返る。
「恥ずかしいけど……僕、人生一緊張している」
「俺もだよ、彼方」
 珍しく緊張を口にする彼方を解すためでもあったが、緊張するのは本当だ。
「やっと……やっと、だ。この緊張も運命の番と結ばれるからこそだね」
 数分前の自分と当てはまる。首輪が上手く外せなかった理由はひどく単純で、大切な気持ちだったのだ。
「そうだよね」
「……痛かったらごめん」
 ふー、ふー。鼻息を吹くリズムが早くなり上唇が項に吸い付く。ぶるりと快楽の波が襲いかかってきてぎゅっと目を瞑った。
「水樹」
 少し首を動かすと湿る唇が同じ部位に触れた。小さく驚いていたら「怖くないよ」と和らげた笑みを贈られる。
「いただきます」
 滑らかな声が首の後ろから聞こえ、彼方の白い歯がガリッと水樹の項を噛んだ。
「……美味しい」
 痛い、そう感じはしなかった。強がりなんかじゃない。
 心臓を殴られ止まったのかと誤認識する衝撃と、噛まれた箇所からパチパチと弾ける熱。それらは一瞬で体全体を駆け巡り、ふわふわしだす脳へ情報が刻まれる。自分を噛んだアルファは誰なのかとか、お前は誰の者なのかなど。ありとあらゆる情報が植え付けられた。
「彼方……!!」
 気づいたら結ばれた番相手の名前を叫び、股の間からぷしゃあっと潮を噴射していた。
 思えば噛まれた後、オメガの体がどんな状態へ陥るのか調べたことなどなく、起きた異常を対処する器用なことはできなかった。
(頭……絶対溶けた……。甘くどろどろに溶けたあ……!)
 高揚感と恐怖さえ覚える快楽の渦は激しく息を乱れさせ、乳首や潮を吐き出した陰茎がまたすぐ勃ち上がる。
「……水樹は僕のだ」
──ガリッ。
「おっ、ああっ!?」
「僕の番なんだ。他の奴なんかに奪わせない……!」
──ガジッ、ガジッ。
「ひっ。あひうぅ……!!」
 眼前で火花が散る。胸や腰を天井に向かい突き出し、またずくんと下半身が重くなる。
(噛まれただけで三回はイッた……?)
 噛まれることへの衝撃や襲い続ける快楽で有耶無耶になりそうだが、彼方は熱く湿った息を吐きながら項を噛む。仕舞い込んだ想いを噛むことによってぶつけられ、またその想いを言い聞かせているようにも思えた。
(ずっと前から俺の全ては彼方のも……あ、あ、ダメ歯が項へ食い込む。俺もう、また……!) 
「ずっと……、ずっと……!!」
──ガリッ。
「ふひぃ、うぅっ……あっ!」
 噛み跡はきちんと付いたはずなのに、番相手は一向に噛むのを止めようとしない。水樹のみぞおち辺りへ腕を回し、逃さないよう引き寄せ、噛み跡を上書きする。強度や角度を変えたり、キスマークをするみたいに口を窄めせて吸い、舌で跡をなぞられる。強烈な快楽が続き、畳のあちこちを汚した。
(俺、ちゃんと生きてる? 綺麗なお花畑いっぱいの場所でぶっ倒れていない?)
 連続してイカされ現実との区別がつかない。噛まれイキは気持ち良くて頭の中で花が乱れ咲く。
「あぁ……うあ、かな……ひゃ……」
──ガリリッ。
 イク時は股を大きく広げ腰が小刻みに浮く。幸いにも水樹の住む部屋の下の階に住人はいないが、近所迷惑もはしたなさも常識的な配慮が抜け落ちていた。 
(彼方を止め……ないと。こんなずっと気持ち良いの、人間じゃなくなるっ……!)
 腹を摩った手が胸元、喉へと上昇する。力なく首を揺すると彼方の顔が項へ引っ付いた。吐息が触れて来る快楽に肩を浮かせば、後ろから啜り泣きがした。
「……水……ひっ、……僕を、も……一人にしない……で」
 アンモニア臭やイカ臭さが鼻腔を通り、理性の目を覚ましてくれる。散々、噛み付かれた項に彼方が零した涙が染みた。ピリッとした後は鈍く重い痛みが続き、胸がぎゅっと締まる。
(これが……彼方が六年も抱えた苦しさ……。ううん。それよりもずっと昔からだ)
 遠距離恋愛期間を思い返してみても、記憶の中の彼方は笑顔を欠かさなかった。仕事への不安や日々の悩みを打ち明けると、慰めつつ毎回真剣に答えてくれた。そして笑う。「また、お互い頑張ろうね」と。
(対する自分はどうだ?)
 振り返って怖がる番を見る。ギラついた本能は涙で弱まり赤い液体が口に纏わり付くのを目撃したが、引きはしなかった。むしろ愛おしい。
「彼方は一人じゃない。これから先は俺がずっと傍で守るし、二人で力を合わせて生きるんだよ」
 どんな困難があろうとも自分の夢を叶えた彼方はすごい人間だ。
「みふ、んんっ、ひん……!?」
 美味しくもない自分の血と甘い唾液を堪能し、聳え立ち限界まで張り詰めた彼方の欲望へ手を伸ばす。爪が掠っただけで溜まった性欲が飛び出し、安心した。本人は予期せぬ出来事だったみたいで潤んだ瞳を見開く。
(ああ、なにも変わっていないな。俺達は)
 六年も月日が経つというのに中身はそのままだ。滑稽かもしれないが安心は幸福へと繋がる。
 どくどくと脈を打つ陰茎が苦しそうだ。扱いてもまたすぐ熱や硬さを取り戻し精液を吐く。
「み、や……っんあ、あっ……!!」
(可愛い……。もっと俺で感じて……?)
 悲しさや寂しさで泣くんじゃなく、喜びや幸せを噛み締めながら鳴いて欲しい。
 柔らかな頭を撫でたら鼻息が甘くなり、愛おしくなった。髪がぐちゃっとなるまで撫でた。
 彼方のもう誕生日プレゼントは充分受け取った。というかもう三十日を過ぎた。
 水樹は自分のパンツに親指を引っかけ、くるくる衣服を巻きながら下着ごと脱ぐ。ここ一室をサウナのような熱気が包み、寒くはなかった。体液塗れのてかる下半身に彼方のチラチラした視線が。生唾を飲んだのも見逃さなかった。
「へあっ……、水樹っ!?」
 股に顔を埋めてジーンズのチャックを咥えながら下ろす。男性器を取り出せば顔が蒸れるくらい熱気が溢れ、血管もバキバキだった。視線と同様とても素直な反応だ。
「こ、これはその……あのっ、だから……」
 泣いたことも忘れ、慌てふためく番の声を愛らしく思いながらそこへ跨った。
(熱気だけで孕みそうだな……)
「みみ、水樹!?」 
 ヒート時、オメガフェロモンでアルファを誘惑し運命の番を探す。体はそういう準備を始めるのだから、今なおオメガの偏見は残っている。カラーがファッションアイテムになっても、抑制剤の研究が進んでも、才能を開花させ能力を貢献しても、だ。
 彼方の唇がわなわな震える。また拒まれるのは正直怖かった。この時点で自分も第三者から見たら「お前もそういう奴」なのだと認識されるだろう。
「生は……ダメかな?」
「……ッ!?」
 覚醒した理性も放たれるアルファフェロモンや自分を犯すモノを前にしたら、砂時計の砂のようにさらさらと溶けていく。
 カリが高くて少しでも気を緩ませて下せば簡単に挿入る。彼方は気づかないだろうが、瞳に獣の本能が戻りつつある。
「み、水……」
「……俺はちゃんと彼方のだよ? だけど、彼方も俺のだ」
 アナルが引くつきタラタラとだらしなく透明でぬめりけのある涎を垂らした。それを浴びる陰茎はきっと犯したくて待ちきれない。
 行き場を失い宙に浮いた彼方の両手を握る。
「もう俺の心も体も彼方のだ。今後もヒートになった時、彼方だけが助けてくれる。それってとっても幸せなことだ」
 何度も瞬きした彼方は小さく口を開く。
 番関係を結んでもヒートはくる。番相手だけを呼び寄せ求めるのだ。ヒート期間中は番相手が傍にいてくれないとかなり酷らしい。それはどちらかが死ぬまで一生続く。ただでさえ特別な絆関係は強く結ばれ、相手を離さない。
 彼方の時間を奪うのだから束縛してしまう、と不安に駆られることもあった。これからも付き纏う問題だろう。
「……彼方」
 汗ばむ手をさらに握って、何年も胸の奥に押し込んだ想いを吐露する。
「俺も、もう我慢……できないよ。ずっと……、生のまま彼方と愛し合うの……楽しみにしてた、んだから……」
 消え入りそうな誘い。言葉にしたら恥ずかしさが倍増して、つい下の口でキスしてしまい、甘い鼻息が出る。
「ずっと……って?」
「んふぅ……こ、高校卒業する前……」
「ルール作った時も?」
 耳も熱くて死にそうだったが、こくんと頷く。
「項だけじゃなくて、ナカもたくさん……愛して、印つけて……? 番なのに繋がれな……いの、やだっ。俺のヒートも彼方のフェロモンに誘われたもん……。 毎回、ゴム越しのお預け……変なるから……」
 とても二十五の童貞処女が誘う文句ではなかったが、そんなキツいはずの告白も番相手の痺れを切らしたようだった。
「……ふぅ。ほんと、どこで覚えてくるんだろうね。……据え膳食わぬはなんとやら……か」
 ふやける入り口を我慢汁を垂らす先端で擦り、鼻息を乱す水樹を彼方はお姫様抱っこする。
「か……っ」
「言っておくけど、項を噛むより加減できないよ?」
「い、い……」
 ますます濃くなるフェロモンに舌は麻酔を受けたようなピリピリさがあり、呂律が上手く回らなくなってきた。その様子と返事を聞き、彼方は微笑む。
「僕もずっと我慢してたんだよ? 早く君を抱きたい」


 寝室はベッドが八割も面積を占めていた。身長に合うよう造られたオーダーメイド製は先方のミスで倍近くのサイズとなり、男が二人寝ようが余る。
「も、もういい……。焦らさ、ないで……!」
 ベッドに押し倒されがっつかれるかと思いきや、彼方はまた丁寧に愛撫してきた。
「焦らしたつもりはないよ。ただまあ、指をしゃぶって離さないからどうしようかと……」
 前立腺に触れずとも指を掻き回されたら「今度は空イキしちゃったの? 気持ち良いね、水樹」下腹部をよしよしされた。
「やら……彼方のちょうだい……。早くくださいぃ……」
(どうしよ、めっちゃ馬鹿で変態な発言ばかりしちゃう)
「大丈夫大丈夫。ちゃんとあげるよ」
 腰を掴んだ彼方が突き出すように動き、待ちくたびれた下の口へすんなり挿入され、ぐぐっとナカで質量が増した。
「あっ、ああ……彼方ぁ、かな、ひゃ……!」
 ゴムをした時より肉壁がきゅうきゅう締め付けるのがわかる。唇同士の初キスでももう少し慎ましいのに感極まる本能は羞恥すら隠さない。
「そんな……あんま、締められたら……射精る……ッ」
──ビュルルッ!!
 いつもだったら薄い防ぐ膜があるが、今回は違う。
「ふっう……あぁ……!」
「ふー……ぅ、はあ、はあ……」
 何の構える準備すら与えず熱々の精液が放たれた水樹は足をよじり、ぎゅっと締めて味わった。
(ずっと好きだった人のだ。これからも一緒に生きていく人が、ようやく……。けど)
 数年分の想いを満たすにはまだまだだ。彼方も一回だけでは足りないらしく、赤く熟れた舌で自身の唇を艶やかに舐めた。
「やっば、気持ち良すぎて馬鹿んなる……」
「ふえあっ!! びゃっ、あっ、あっ!!」
 薄くて細いウエストを激しく上下に掴んで揺すられ、ピストン運動が激しくなっていく。ナカを貫く肉棒の根元が尻肉を振動するほど勢いよくぶつかり、また離れる。
──ビュッ!
 間隔が短くなればなるほど彼方の射精するスピードは早まり、水樹も潮なのか精液なのかわからない透明な液体をぷしゃぷしゃ噴いた。
(気持ち良い……、わけわかんないほど気持ち良い……!!)
 ついにはぐるりと反転し、寝バックで攻められた。緩むどころかどんどんペースが上がる。尻の割れ目を確認されるよう開かれ、エッチな液体で大洪水のナカから、混ざり合ったものが漏れてしまいアナルがヒクつく。
「は、はひ……っ、はう……?」
 何度も浮く腰へのお仕置きなのか彼方がマメに鍛えている腹が降りてきた。押し返そうとするがびくともしない。
──ガリッ。
「ふあっ、ああっ!?」
 ただでさえ密着度が高い体勢。心身共に繋がった相手からまた項に噛み付かれ、水樹の視界が点滅した。
「水樹……好きだ。愛してる」
 耳元で囁かれるのが弱点と知っていてもやる彼方は相当な野郎だ。木苺ほど実った両乳首も捏ねくり回され、シーツが使い物にならないくらいの水溜まりができた。
(貪り食われてる……。セックス始まってから俺、まだ一度も好きだと言えてない……っ。キスも……)
 大きなベッドが軋み、結合部分から注ぎきれなかった精液がどぷどぷと腿を伝う。もうぐったりなのに芯はまだメラメラと燃えていた。肩をポンポンとする気遣いから労わってくれるのがわかる。
「無茶し過ぎたね。気失っていない?」
「あ、あう……ん。息は……し、してる……」
 なんとか無事を伝えると、またくるりんと世界が回る。汗を噴き出し目尻を落とす彼方はまさに色男だった。倦怠感を忘れてつい見蕩れてしまう。鏡を見たらハートマークを浮かべるメロメロな自分がいるに違いない。ニコリと笑われた時、とくんと心臓が跳ねた。
「背徳感のあるプレイも好きだけど、やっぱ好きな人を見ながらが一番クる」
 あのがっつき様だ。番の意外な一面を知り先が思いやられるが、彼方に褒められると。
「……嬉しい。俺も大好きな人を前にしたら、どんどん好きが募……っ、て……ふひ、ぐ……ぁ」
「泣い……っ!? や、ヤリ過ぎたよね!? ま、待って、えっとどうしよ……」
 首を振って「そうじゃない」と否定する。一番驚いているのも自分だが、答えがわかる自分がどこかにいる。
「安心……するんだ。彼方は俺にとって太陽みたいな人だから……」
 光が届かないような深い闇の底へ落ちた自分を照らした陽。
「四季を感じる喜びや産まれたありがたみも、夕方の少し寂しくなるような感情も教えてくれ……た。あの日、こんな風に顔を合わせて声をかけてくれなかったら、俺の人生はひどくつまらないものだった」
『僕と友達なってくれるかな?』
 声を失った青年と記憶を失った青年は運命的に出会った。友達に誘われたからこそ、今の関係がある。
 濡れたシーツに置いた手指と絡む温かな手。脈から相手の鼓動の音が伝わる。気持ち良い小さな音に耳済ませたら、泣けてきた。
「お、俺ぇ……、彼方がいない間も、なんとか頑張れた……よ」
「うん。めちゃくちゃ頑張った。水樹の活躍全部見たし聞いたよ。新人賞もすごいよ。おめでとう」
 ヒートに充てられて辛いはずなのに、彼方の褒め方は熱っぽくても優しい。
(ああ、好きだ……)
「寂しくとも皆の力借りながら、なんとか水樹として立ったよ……」
「……うん。格好良かった」
「闘病中、あんまり力になれなくて……ごめん、なさい……」
「充分、元気もらってたから気にしないでってば。……僕、格好良かった?」
「うっん……! こっちがいつも勇気と元気もらうくら……い。アルファへの完治、おめでとう。画家デビューも……最高に嬉しかった。俺の彼方はいつだって、世界一格好良いよ」
 思い思いに伝えれば鼻を啜る音がし、ない胸の谷間を涙の水が流れる。
『せいぎのヒーロー、はるかかなたからやってきたかなたがいれば、もうだいじょうぶだよ』
 あの頃のこと彼方はどこまで覚えているんだろうか、とふと思ったが飲み込む。淡い恋の味は後味爽やかで少し辛かった。
「遥か彼方のヒーロー……」
「……みずき?」
「まさに彼方のことだなって」
「急にどうしたの? ありがたいけどさ……。それを言うなら水樹も僕のヒーローだ」 
 ヒーロー。もし、そうなれたのなら自分のやってきたことは正しかったのだと言える。
(今はもう、焦らなくていい。これからの時間はゆっくりなのだから、昔の自分達に負けないくらいたくさん思い出を増やしていこう。でもその前に) 
「「キスしたいな」」
 好きな者同志は中身も似ていくという。全く同じタイミングで呟いた二人は笑い合い、甘々なキスに蕩けながらまた絆と愛を深めていった。
 

 
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