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第三章 十九回目の誕生日

クレーンゲーム。

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「ごめんね、遊佐君。かなり待たせてしまって……」
 水樹はふるふると振り、大丈夫だと伝えた。
 喧嘩を吹っ掛け、相手からの果たし状に全て応えた彼方は、涼しい顔をして受け取ったペットボトルの水を飲み干す。
(十戦十勝……。息一つ乱れていない)
 序盤からすでにゾーンに入ったかのように見えた。対戦者以外は誰も近寄せず、終われば即水樹に謝罪させる。実力の差を見せつけられ、体感したからか水樹に当たる者も文句を言う者もいなかった。中には土下座する者も現れ、謝罪される本人が全力で止めた。
──しかし。
『信じられねぇ。アルファかよ、アイツ……』
 ギャラリーか、たまたま通りがかった人物か。恐怖心丸出しの呟きが、今も水樹の耳にこびれついている。
 アルファは『優れた血』とも呼称され、第二次性徴期頃にある第二性検査の結果が判明する前から、突飛的に優れていると聞く。それは勉強でもスポーツでも。アルファ個人に特技を持っているのだろうが、どの分野でも才を発揮するとされている。
(奏斗はアルファであることを誇りにしていた。もう一人のアルファの子もそうだった)
 運命の神は一部しか愛せないらしい。この世はほぼベータで統一され、どういった訳かオメガなんていう稀有な存在も造った。
 対戦中は人間離れし、狂気じみたものを彼方から感じ取ったが、なんだかモヤモヤする。
「随分と難しそうな顔しているね。……子供ぽかったよね、僕。相手の挑発に軽々乗るなんて!」
 ゲームセンターの青い光が切なそうな顔色に拍車をかけた。水樹はもう一度、首を横に振る。
『俺のために真剣に怒ってくれてありがとう』
 お世辞でもない、本心だった。感情が表情に如実に表れたとしても、水樹は想いを口に出せない。比良山に対しても彼方が怒りを顕にしてくれたから、水樹はそこまで傷つかなかった。
 マイナスな感情は蓄積し、いつか崩れて自分を追い込む。
 まだ不安げな彼方の気持ちを晴らすにはまだ一歩足りない。
(彼方君のためにできること……)
 リズムゲームは無理だ。体が音楽についていかず、失態を晒すだけだ。
(笑う……?)
 彼方はいつだって笑顔を見せてくれる。声や文章から笑顔が想像できるのも普段から心かげているからだろう。
 水樹は手で頬をクルクルとマッサージし、イメージする。
(太陽みたいな明るい笑顔。元気と明るさをくれる笑顔……)
 とりあえずやってみれば、彼方はポカンとした表情をみせる。どうやらイメージを形にできなかったようだ。
 笑顔って簡単なようで難しい。改めて彼方の特技に関心していたら、「ぷはっ」と笑い声が吹く。
「遊佐君ってほんと……」
 かなりおかしな笑顔だったらしく、彼方が膝に頭を突っ込んで、肩をぷるぷるさせていた。そこまでとは申し訳ない。
 しきりに笑った後、彼方は天井を見つめて目を細める。
「はあーあ。嫌な気が全て剥がれちゃった」
 それは良い意味か悪い意味か。国語の成績はまあまあなはずなのに、生身の人間への読解力は苦手なようだった。
「……って。今日普通に遊佐君の誕生日だよね!? あー、だめだだめだ。己の反省会で時間潰す余裕 なかったわ」
 彼方はパシパシ頬を叩き、瞳に生気が戻る。
「本日の主役君、次はどこへ行きたい?」
 目元が優しくなる。笑顔は彼方の武器で天性の才能だと思う。
『アルファはオメガを孕ませる生き物』
『オメガは劣等価値しかない、淫らな生き物。アルファの出世ルートを邪魔するな』
 社会的な大運動があっても巷ではまだ第二性への差別は改善しない。大人達の議論は歳を重ねても観るのが怖く、それは現実から背けているのと同意義なんだろう。
 友人からはアルファの匂いはしない。だからって仲良くする理由にそれをあげたくない。彼方の頑張りや、自分の価値を下げることになる。
 差し出された手を取れば、不安定な気持ちが一気に軽くなった。魔法をかけられているような心地。彼方は本当に凄い。
 ゲームセンターをもう少し回ってみたいと申し出る。「了解!」と敬礼された。
 広いゲームセンター内をぐるりと一巡する前に、水樹の心を躍らせるものに出会った。
(ペンギン伯爵だ……!)
 もったりとした体に水色のちょび髭。中世の英国を感じられる服装を身に纏うペンギンのぬいぐるみが、クレーンゲームに置かれている。
 ペンギンを五爵に置き換えたアニメキャラの一羽で、気高い性格ながら熱い闘志を持つ二面性に惹かれたのだった。
(しかも四月限定のプライズ品! 伯爵の洋服が桜色だあ!)
 他のキャラは在庫が少ないみたいで、ペンギン伯爵だけが後ろにぎゅうぎゅうに並べられている。人気の問題だろうか。
(後ろの子、棒で胸がつっかえてる……。これ取れば苦しくなくなるかな)
 興味は視線に反映され、歩くスピードを止めてしまう。
「うん? このキャラ好きなの?」
 こくこくこく。
「その反応だとかなり好きみたいだね。よおし、それじゃあ……」
 なんの躊躇もなく財布を取り出した彼方はチャリン、と百円玉を投入した。軽快なメロディが奏でられ、アームが勢いよく動く。
「クレーンゲームなんて久しぶりかも」
 彼方は舌で唇をペロリと舐め、迷いなくアームを動かしていったが、爪が掠っただけ。横に伸びた棒にブラブラと吊るされたタイプのものだ。難しいに決まっている。
「も、もう一回!」
 掠る。
「もう一回!!」
 ゆらゆら~、ゆらゆら~。
「もも、もう一回!」
 徐々に進んではいる。ただ、大きく揺れてもまた戻ってしまったり、斜めに向き過ぎて上手く進まないこともある。もう十五回は挑戦していた。
 水樹も欲しくはあったが、ここまでくると彼方の金銭事情に差し支える。急いでメモアプリを開き、文字を打ち始めた。
「も……」
 ノールックで長財布を探る彼方の手が止まる。まさか財布の底を尽かせてしまったのか、と焦れば『もういい』を『もう一回』と予測変換で間違えて打ってしまう。
「そうだ、五百円玉でいいじゃん!」
 水樹の焦燥に反し、彼方は閃いたかのように顔を上げる。
「あ、お客様。その機種の五百円プレイをご希望ですか?」
 通りすがりの店員が嬉々としてやってきた。
「こちら、キャンペーン対象機種となっておりますので五百円を投入していただくと、オリジナルノベルティを……」
「やりますっ!」
 店員が言い終わる前に飛びついた彼方は、キラリと光る五百円を握りしめている。食いつき方が異常だった。
 ノベルティはオリジナルショッパー。五爵のペンギン達が散りばめられた柄で、とても可愛い。
「よし。絶対、そのショッパーに入れて帰ろうね遊佐君!」
 可愛いショッパーに気合いが入ったのか、彼方はより慎重にアームを進めていく。
 しかし、依然として落ちる気配がないペンギン伯爵。慈悲がない。
「あと一回か……」
 皮肉にも残り一の数字が出され、彼方は頭を悩ます。
 これが終われば『気持ちだけで嬉しいよ』も伝え、割り勘でもしようと思っていた。カフェでも奢られ、友人として見せ場がないのもある。
「……遊佐君、やってみる?」
 突如、降りかかるラストチャンス。責任の重大さに水樹は髪が乱れるほど頭を振った。
「僕ばっかり楽しんでも仕方ないしさ。遊佐君もやろ? 大丈夫、失敗してもまた挑戦するから」
 信頼のある言葉を残し、彼方は軽々と操縦席を降りる。そうして水樹は舵を切ることになった。
(真ん中狙ったらダメなのかな)
 今まで彼方は前後を狙っていた。取り方の説明にもそう記載されているからその方がいいのだろう。
(直感を信じていいのかわかんないけど、なんか真ん中を狙ってもいい気がする)
 もしダメなら彼方に誠心誠意謝罪し、全額返そう。胸に手を当てて深呼吸をし、気分を落ち着かせる。
 何度聞いたかわからないメロディーが鳴り、アームが動く。彼方の動きを真似し、爪が真ん中にくるようにする。
 心臓はバクバク。慣れないことをするもんじゃない。
 落ちた先で爪が触れるが微弱な振動を与えるだけ。
 止めていた息を全部吐き、やっぱり無理だよね、と思ったその時。
 弾けたメロディーが流れ、目を開ける。出口に寝っ転がるペンギン伯爵。ニコニコ顔で水樹を見つめる。
(で、でき──)
 隣を確認すると瞬きを繰り返す彼方がいた。
 嬉しいが産まれるよりも先に、なぜか「どうしよう」の感情が放心状態の心を包む。
「やば……」
 周りの喧騒が煩い中、彼方に呟かれた動揺の一言が妙にはっきり聞こえる。次の言葉が怖かった。
「やっばいじゃん!! えっ、一回で取れたよ遊佐君!!」
 閉じかけた両目が興奮状態の彼方を映す。口元は笑みを抑えきれず、水樹の手を握ってきた。
「凄い凄い!! 僕がやっても全然ダメだったのに、遊佐君一回で取れちゃった! ラストで決めて最高にカッコいいよ!」
 その場でぴょんぴょん飛び跳ねる姿は以前、どこかで見た。ウサギなら耳が揺れるほどのジャンプ回数。眼差しには尊敬と憧れが入り交じり、絶対に手を解かない。
「やばば……なんか泣けてきた。本当におめでとおお!!」
 プレイ金額は全て彼方のだ。彼方が最後に締めた方が格好がつくし、大切な人からのプレゼントに何倍も喜ぶであろう。
(……嬉しい)
 人のふんどしで相撲をとった癖に、誇らしげに咲く小さな花。愛らしくも格好良くもないのに。
「やったね! じゃあ、はいっ。君への誕生日プレゼントだ!」
 ずっしりしたペンギン伯爵はふわふわ生地で柔らかく、温かい。そんな伯爵と段違いの笑顔でお祝いする彼方に心臓がおかしくなる。
(どうしよう、嬉しい……)
 水樹はぬいぐるみをぎゅうう、と抱きしめた。
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