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第二章 格好のつけ方

青い春風。

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「はぁ……はぁ……」
 重い扉をこじ開けた途端、酸素を欲する水樹達の口に春風が流れ込む。
 授業中の教室から向けられる生徒の視線や教師の注意を何度も避け、屋上へやってきた頃には息も絶え絶えだった。二人して突き出したペントハウスに背を預ける。体力がない水樹はそのまま座った。
 前髪が荒れ狂い、水樹の青髪と彼方のオレンジ髪はぐしゃぐしゃ。
「──ハハッ!」
 ごうっ、と鼓膜を揺らす風の中で彼方は笑う。その表情を青い長髪が邪魔してきた。
「傑作だったよね。あの何も言えずに苦虫を噛み潰したような顔! 歪む顔が性癖じゃないけど、あれは笑えるわ~」
 予備のゴムで後ろ髪を束ね、視界を広くする。白い歯を零す口角以外も見え始めたのだが、水樹は度肝を抜いた。
 雫が風に煽られて外へ流れる。春の陽に照らされる笑顔と涙は皮肉にもキラキラと輝いていた。
「口ん中、しょっぱいなあ。全速力で走ったから汗かいたのかも」
 彼方は小刻みに肩を震わせる。呼吸が整ってきた水樹は立ち上がり、ふらつく彼方を抱き留めた。
「……ごめんっ」
 押し殺した謝罪と胸に広がる水溜まり。あまりの温かさに水樹は感情が揺さぶられ、目頭が熱くなる。
「めちゃくちゃ腹が立った。あの女教師にも、あそこにいた全員にも、僕自身にも……」
(彼方君は悪くない。絶対に悪くないよ)
 懸命に首を振るが、顔を水樹の胸に押しつけている彼方には届かない。
「遊佐君を守りたかった……。なのに上手く守れなかったああっ!」
 悲痛な泣き叫びに、違う、違うよと水樹は伝わらなくても首を振り続けた。
 彼方の助けがなければあのまま「声が出せないのに音楽を選んだ」とか「鷹橋から贔屓されてのうのうと学校生活を送るやつ」というレッテルが貼られたに違いない。
(神様は意地悪だ。助けてくれた恩人に感謝すら言わせてくれないんだから)
 泣き声を風がかき消す。空気が全く読めない春風だ。
 彼方が自分のために泣いてくれるのなら、一音すら聴き逃したくない。首を落とせばやはり太陽みたいにぽかぽかな匂いが彼方からする。太陽なんて直に嗅いだことはないが、本当に彼方の香りや匂いは心を落ち着かせ、温かくしてくれる。
「遊佐く……?」
 支えるために腰に置いた手を背中へと上らせ、髪を梳くように丁寧に撫でた。ブレザー越しからでも伝わる高い体温。
(せめて気分が落ち着くまで、俺の胸を借りていて欲しい。誰にも邪魔されたくない)
 今の自分はとても変だ、と水樹は思った。彼方をこれ以上泣かせたくない反面、友人のために涙するほど綺麗な心の持ち主に感謝している。
 ぎゅう、と強めに抱き締めて小さく「ありがとう」と述べてみた。
 もちろん、音は出ない。水樹達を包み込むのは風の音や髪や服が擦る音、鼻を啜る音に鼓動。
──だったのに。
 胸から顔を上げた彼方は鼻水まで垂らし、溢れた水分で表情をぐちゃぐちゃにする。それでも綺麗だった。
 彼方は赤い目元をぱちくりさせ、頬を桜色に染める。
「……遊佐君は僕の大切な人なんだから、当たり前だよ」
 朗らかな笑顔で返され、涙腺が崩壊した。今年の春も随分と泣きやすい季節だ。
(ありがとう)
「いいってことよ」
(ありが、とう……)
 震える唇で感謝の言葉を繰り返し、ぺこぺこ頭を下げた。
「本当に優しいな、君は。好きだよ、そういうところ」
 去年の春と唯一違うとすれば、この涙には温度があるということだ。
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