魔王の求める白い冬

猫宮乾

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*** 過去:Ⅲ ***

【056】過去――魔王三年目②

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「美味しい」

 いつか〝おせち料理〟を任せたいと思いながら、僕は笑った。

「ワショクって奥が深いな」

 リクスは、この城で、唯一と言っていいくらい、僕に敬語を使わない。

「そうだね」

 元々、和食――というか、家庭料理で育ってきた僕は、曖昧に笑った。

 行ったことなんて、元々いた世界でもないに等しいけれど、最近のリクスが作る料理は、高級な料亭で出てきそうなものが多い。

 僕は、彼のために、箸を作った。
 今では、貧民街に、箸専門店も出来ている。

「――魔王様」

 その時、不意に、リクスが真面目な顔をした。

「なに?」
「もしかして魔王様って……ワショクがある世界から来たのか?」

 僕は思わず息を飲んで、リクスをまじまじと見た。

「その、召喚されてくるのは勇者だって知ってるけど……魔王様だって、召喚されたっておかしくないだろ?」

 率直に言われたのが初めてだったせいか、僕の鼓動は嫌と言うほど早鐘を打った。

「正確には、召喚された訳じゃないんだけど」
「――けど、元々は、人間だったりするのか?」
「どうして?」
「味付けが、メニューが、人間っぽい」
「この大陸の人間は、こういうものを食べているの?」
「そう言う訳じゃないけどさ。人間もエルフも食べないし――知性在るものを、食べたがらないように見えるんだよ。それってさ、基本的に、下層か低俗な魔族は別として、人間の特徴だから」

 リクスがうつむきがちに言った。
 僕は、YESと答えるべきなのか、純粋に迷った。

 自分達の主が、実は別の世界において人間だったと知ったら、彼等はショックを受けるかも知れない。

「俺はさ、魔王様に、アルト様に、今では着いていきたいと思ってる。だから、どっちでも良いんだけどな」
「リクス……」
「ただ、俺は魔族だから。それに、それ以上に料理人だから。美味しいと思うものを尊重する。でもそれは、魔王様にとっては、〝嫌なもの〟かもしれない。例えば、魔獣の血とか」
「気にかけてくれて、有難う」

 僕は、思わず苦笑してしまった。

 最初は反発されていたはずなのに、今ではリクスが一番、僕の食べ物に気を遣ってくれるのだ。例えば、僕の一番の部下がロビンで、僕にとっていなければならない存在が、シモンとワースで、と考えたとき、リクスは、僕にとって一番、心が許せる、そう僕から見たら〝友達〟なのかもしれない。

「だけどね、僕はリクスが作ってくれる料理が好きだよ。それだけで十分だよ」
「……嬉しいけどな。だけど、それでもやっぱり俺は、アルト様に喜んでもらいたいんだよ」
「十分喜んでるよ」
「今以上に、だ」
「だったら――リクスが美味しいと思うものを食べさせてよ」
「俺は、俺が作る料理を全部最高傑作だと思ってる」
「じゃあ、それでいいじゃん」

 そんなやりとりをしてから、僕はリクスを見送った。


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