37 / 84
―― 第二章 ――
【038】その名は絶望
しおりを挟む気がつくと僕は、元々いた私室のソファへと戻っていた。
「何処へ行っていたんだ?」
勇者の声で我に返った。
「――条件を二つ、出す魔術に成功したよ。だけどもう二度と同じ魔術は使えない」
「そうか、やってくれたんだな。有難う」
「だけど僕を連れて行くって言うのはどういう事?」
僕は神様に出された条件のことを思案しながら、口先だけでそう尋ねた。
「倒したはずの魔王が城にいたらおかしいだろう」
「だったら身を隠すよ」
「俺はお前に、人間の世界を見てもらいたいんだ」
「魔術で見ておくよ」
「違う、アルト自身の目で、だ」
「どうして?」
「俺は、《ソドム》は素敵な土地だと思っている。人間の土地よりもずっと。だから、その――」
「?」
「お前がしてきたことは、していることは、何も無駄なんかじゃない。それを知って欲しい。そしてもう、そんな絶望しているような顔をしないで欲しいんだ」
その言葉に僕は目を瞠った。
絶望しているのは、勇者の方だろうと、僕は思っていたのに。
本当は、僕の方こそが迷子になっていたのかも知れない。
「魔族達には、お前は本当は生きていることを周知してもらう。少しの間、素性を隠して人間の世界を旅してくるんだと告げる。連絡だって定期的に取れるようにするから、何も問題はない」
「そんなこと出来るはずが……」
「出来ないことなんて、何もない」
「……」
僕は嘲笑しそうになって、顔を背けた。
この腐りきった世界には、出来ないことが溢れているというのに、きっと彼は綺麗なものしか見ないで生きてきたに違いない。僕と同じ苦しみを持っているだなんて一瞬でも思った僕が、間違っていたのだ。
「結局、俺が正しいと思っていたことは間違っていた。だけど、それに気づくことが出来た。それが本当に正しいことであるならば、それは出来ることのはずなんだ」
「馬鹿げてる。ごめん、笑わないって言ったけど、笑わずにはいられないよ。笑いながらしか聞けない」
「もしお前が魔王じゃなかったら、多分俺もそう思っていたんだと思う。今頃な」
「どういう意味?」
「意味はまだ、よく俺の中でも分からないんだ。ただ、そう直感しているんだ。伝説の剣を抜けるって思ったあの時と一緒で」
「不吉の予兆じゃないか。君の中では」
「家族を失った苦しみや恨みを消し去ることなんて出来ない。だからあくまで理性的な言葉でだけ言う。あれも、聖都の人間の醜さに気づくための一歩となった。そう考えれば、よかったことなんだ」
「僕にはそんな風には考えられないよ」
「だから。だから、世界の色々な場所を見て、色々なことを知って、それからまた考えてみて欲しいんだ。それに俺は、お前に世界がどんな風に見えるのかも知りたい。それでもやっぱりお前が絶望する世界だったらな、魔王。俺が責任を持ってお前を殺してやる」
「倒すんなら兎も角、君に僕は殺せない、分かってると思うけど僕は――……」
不老不死だと言おうとして、僕は言葉を止めた。
唇を掌で覆う。
自称神様は言っていた。
彼もまた、勇者特典を持っていると。そして時と場合によっては、一つか二つ、何らかの特典を持っているのだと。もしそれが――僕を殺せるというものだったならば? これまでに来た勇者には、その特典の持ち主はいなかった。それは――……本物の勇者ではなかったからではないのか? ともすれば目の前の彼、そうでなくとも今後召喚されるだろう本物の勇者は、その特典を持っていない方がおかしい。各世界に一人本物の勇者がいるのだとすれば、あのような条件を出そうとも、必ずその勇者は、この世界へとやってきて――僕を本当の意味で倒すはずだ。殺すはずだ。勇者と魔王の関係とは、元来そう言うものではないか。ならば、ここでオニキスの提案に従って、新しい勇者の召喚を待つなり、オニキスが本物の勇者だとするならば、機を見て殺されるよう仕向ける方が適作だ。
「……ちょっとロビンと相談してみるよ」
僕は短く答えた。
すると目の前で、勇者がホッとした顔をした。
0
お気に入りに追加
356
あなたにおすすめの小説
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
【R18】魔王様は勇者に倒されて早く魔界に帰りたいのに勇者が勝手に黒騎士になって護衛してくる
くろなが
BL
【第8回BL大賞にて奨励賞頂きました!!投票本当にありがとうございました!】
2022/02/03ユタカ×リスドォルの番外編を追加開始です。全3話17時頃更新予定です。
~内容紹介~
勇者に倒されないと魔界に帰れない魔王様が、異世界転移の高校生勇者に一目惚れされてしまった。しかも黒騎士となって護ると言われ、勝手に護衛を始めてしまう。
新しく投入される勇者を次々に倒して仲間にし、誰も魔王様を倒してくれない。魔王様は無事に魔界に帰ることができるのか!?高校生勇者×苦労人魔王
三章まで健全。四章からR18になります。ほのぼの大団円ハッピーエンドです。【本編完結済】
表紙は(@wrogig8)はゆるふ様から頂きました。
小説家になろう(R15)・ムーンライトノベルズ(R18)に掲載しています。
勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します
華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~
「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」
国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。
ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。
その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。
だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。
城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。
この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。
黒騎士はオメガの執事を溺愛する
金剛@キット
BL
レガロ伯爵邸でオメガのアスカルは先代当主の非嫡出子として生まれたが、養父の仕事を引き継ぎ執事となった。
そこへ黒騎士団の騎士団長アルファのグランデが、新しい当主レガロ伯爵となり、アスカルが勤める田舎の伯爵邸に訪れた。
アスカルは自分はベータだと嘘をつき、グランデに仕えるが… 領地にあらわれた魔獣退治中に運悪く魔道具が壊れ、発情の抑制魔法が使えなくなり、グランデの前で発情してしまう。
発情を抑えられないアスカルは、伯爵の寝室でグランデに抱かれ―――
※お話に都合の良いユルユル設定のオメガバースです。
😘溺愛イチャエロ濃いめのR18です! 苦手な方はご注意を!
ツッコミどころ満載で、誤字脱字が猛烈に多いですが、どうか暖かい心でご容赦を_(._.)_☆彡
第二王子に転生したら、当て馬キャラだった。
秋元智也
BL
大人気小説『星降る夜の聖なる乙女』のゲーム制作に
携わる事になった。
そこで配信前のゲームを不具合がないか確認する為に
自らプレイしてみる事になった。
制作段階からあまり寝る時間が取れず、やっと出来た
が、自分達で不具合確認をする為にプレイしていた。
全部のエンディングを見る為に徹夜でプレイしていた。
そして、最後の完全コンプリートエンディングを前に
コンビニ帰りに事故に遭ってしまう。
そして目覚めたら、当て馬キャラだった第二王子にな
っていたのだった。
攻略対象の一番近くで、聖女の邪魔をしていた邪魔な
キャラ。
もし、僕が聖女の邪魔をしなかったら?
そしたらもっと早くゲームは進むのでは?
しかし、物語は意外な展開に………。
あれ?こんなのってあり?
聖女がなんでこうなったんだ?
理解の追いつかない展開に、慌てる裕太だったが……。
もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、騎士見習の少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる