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しおりを挟むクレープとリンゴジャムを食べながら、その後俺達はミスカから街の様子を聞いた。
「そうか、もう始まってるのか」
「ああ、リュート。酷いものだったぞ。食料の奪い合いからの――それこそデス・ゲームとしか言い様がない、俺から見れば殺人が至る所で発生している。暴力での奪い合いだ。混乱も手伝っているんだろうが、落ち着くまでこの場所を出ての単独行動は自殺行為だ。俺も運が悪ければ死んでいたかもしれない」
ミスカはそう言うと、リンゴジュースの揺れるグラスに手を添えた。
俺は現実感がわかなくて、ただ曖昧に頷くしかできない。
ジュースを一口飲んでから、ミスカが続けた。
「死ぬと現実でも死ぬのは確実だ。暴動の空にウィンドウが出現して、こちらで死んだ人間のリアルが映し出され、救急車で運ばれていく姿が映っていた。救急車自体は到着が早かったのではなく、現実側の体の保護のために、国策でVRを導入した国が手配したらしい――……一応VRはログイン時に接続情報が、国有の研究機関に保存されるから、全員に行き届くとは思う。そういった意味で現実の体は無事である可能性が高い。問題はやはりこちらだな」
その言葉に、フォークを手にしたまま、何度かリュートが頷いた。
「ちなみにミスカは、犯人に心当たりはないのか」
「無い」
「そうか。例の宗教団体の服を着てるって事しか不明って感じか?」
「その通りだ」
二人の声を聞きながら食べたクレープは、こんな時だというのにとても美味だった。
「しかし困ったな。ミスカの話を聞く限り、生産者ランキングに名前が出ている奴は、それだけで死の危険性が上がった。栽培をしている奴が多いからな」
「真面目な話、固まっていたほうが良いだろう――そこで、だ」
するとミスカが、長い鎖付きの手錠をひとつ取り出した。そして首をかしげた俺の右手首にはめた。
「へ?」
ガチャンという音を聞きながら、俺は手首の銀色を見る。
「これで迷子になる心配はないだろう」
「名案だな。さすがはミスカだ」
「だろう? 鍛冶スキルの腕の見せどころとなった」
ミスカはそう言うと、もう片方の手錠の端を、リュートの左手にはめた。
「おい、なんで俺にまで……」
「お前が見ていると言ったんだろう? ギルマスとして責任を持つとかなんとかと」
「それは、そうだけどな……これじゃあ、常に一緒だろうが! 風呂まで! トイレはVRだから行かなくて良いとしても」
「何を赤くなってるんだ?」
「ち、違う! 別に俺は……」
リュートが何故なのか頬を若干赤くして、鎖へと視線を向けた。それを辿って、そのまま俺の手首、そして俺の顔を見た。何故なのか照れているように見えたが、理由がよく分からない。
「もう良い。今日は疲れたから、取り敢えず休もう。後のことは後で考えるぞ」
このようにして、食事は終わりを告げた。
お風呂という言葉をリュートは出したが、鎖は長いから、浴室の外で片方が待っていれば良かった。扉の小窓から鎖を通せば大丈夫だった。上手い具合に隙間が空いていたのである。俺は食事の前にシャワーを浴びて体を綺麗にしていたので、リュートが上がるのを静かに待った。着替えの時には、まじまじとリュートの体を見ることになった。綺麗についた筋肉を、しっかりと見たのはこの日が初めてだった。
その夜は、俺とリュートが同じ寝台で、隣の寝台でミスカが眠る事になった。このギルドホームには、ベッドが二つしかない。それぞれが巨大だから、片方で三人寝られるサイズだ。横になると、リュートが俺を腕枕した。温かい。SEX無しで誰かと眠るのなど、いつ以来か思い出せない。アイツといた時にすら、腕枕されて寝入るなどという事は無かった。母もまた、俺のことはひとりで眠らせた。物心ついてからは、一度もないかも知れない。学校の修学旅行の時に、クラスメイトと同じ部屋で、隣のベッドで彼がいびきをたてていたのを思い出してみた。そのクラスメイトが今までで一番至近距離で寝たことがある人物かも知れない。つらつらとそんな事を考えているうちに、俺は眠った。
「起きろ」
翌朝、軽く揺すぶられて、俺は目を開けた。すると俺を覗き込んでいるリュートの顔があった。何か言おうと薄らと唇を開けた時、キスが降ってきた。舌を追い詰められ、甘く噛まれる。
「こちらにも我慢の限界というものがあるんだからな!」
リュートは唇を離すと、そう言って目元をこすった。
「眠れないのなんのって」
「――俺、寝相が悪かったか?」
「いいや。違う……ここまで無防備に、安心した顔で、信頼しているふうに眠られると、なんていうか――理性と衝動の戦いが発生するというか、いや、ようするに俺の問題だ」
俺には、リュートの言葉の意味が、よく分からなかった。
その日の朝の食事は、パンとジャムだった。ジャムは昨日の残りだが、パンは昨日から準備をしていて、今朝焼き上げたらしい。ミスカが作ったそうだった。ミスカもまた、生産の調理技能を伸ばしていてカンストに近いらしい。ふかふかの柔らかなパンは、とても美味しかった。
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