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―― 本編 ――
【二】赴任
しおりを挟む魔術外科教室と呼ばれるユリズのように主に外科を担う医療魔術師の集う場所は、第三新塔の三階にあるとの話だった。鞄を片手に第三新塔に入ると、魔術薬を点滴している患者や魔導具の義足を嵌めている患者など、一階のフロアには多数の患者がいた。一階と二階が診察室で、四階が手術室、五階から上が入院病棟だというのは、ユリズもパンフレットで先に見ていた。
教室へと向かい扉の前へと立ち、ユリズは深呼吸をする。
そしてノックをしてから扉を開けると、中にいた面々がユリズを見て、一瞬手を止めた。奇妙な沈黙は居心地がいいとは言えない。そう考えつつ、ユリズは困ったように微苦笑した。
「本日付でお世話になる、ユリズ・ハートレイドと申します」
「あ、ガイル先生の部屋なら、そこの奥です」
すると一人が気を取り直したように言った。会釈をしてから、ユリズはそちらへと向かう。そしてコンコンとノックをすると返答があったので、ドアを開けて中へと入った。
「やぁ、よくきたね。ユリズ先生。私はこの魔術外科教室を主宰しているガイル・アーガストだ。宜しく頼むよ」
「ガイル先生、もったいないお言葉です」
「しかし学術機構からの希望赴任というのは珍しいね。君の論文をいくつか読んだが、臨床派だという印象は正直なかったよ。ただ、難易度の高い治験を成功させたというのは、この医療塔にも響いてきていた評判だがね」
ガイルはそう言うと、あごひげに触れる。
ユリズは笑顔を崩さなかったが、どうやら怪しまれている様子だとすぐに悟った。
「まぁ、まずは今日は、医療塔の中でも見て回るといい」
「ありがとうございます。特に手術に興味があります」
「手術ならば、ここの隣に、四階の各手術室の風景を映しだしている術式モニタリングルームがある。そこがおすすめだ」
「ありがとうございます」
こうして挨拶をしてから、ユリズは外へと出た。既に教室の人々は、自分の仕事に戻っている様子で、ユリズを見ない。自分の席は名札があったのですぐに分かり、ユリズはそこに鞄を置いてから、モニタリングルームへと向かった。中は閑散としていて、ユリズ以外に人はいない。
手術室は、第一手術室から第五手術室までがあるようだった。第一手術室というのが、大体の場合最も難しい手術が行われる場所なので、ユリズはそちらを見る。すると医療魔術師特有の、紫色のローブを纏っている医療魔術師が二名と、術式補助をする魔術看護技師が三名、結界の上に設置されている白いベッドに寝かせた患者を回復していた。音声を遠隔で聞く魔導具があったので、そのボリュームをユリズが上げる。
『お前はもう足手まといだから下がってろ、手を出すな、俺がやる』
すると一名がそう告げ、そばにいたもう一名の医療魔術師が震えながら後ずさる。幹部を見れば、肺の表面に黒い文様が確認できたので、黒蝶病だと分かった。黒蝶病は、臓器に独特の模様が浮かび、それを医療魔術師の術式で綺麗に消去しないと再発を繰り返す病だ。ここまではっきりと文様が出ている場合、医療魔術師はかなりの魔力を使って事に当たらなければ、患者は死ぬ。
随分と自信がある様子の片方が、術式を展開していく。臓器の表面から、黒い文様が浮かび上がるようにして、宙に溶けていく。
「早い……あの速度で膨大な魔力を開放して、あの医療魔術師は、体が持つのか?」
思わずユリズが呟く。本来であれば、二時間はかかりそうな術式の展開を、ものの五分でやってのけた医師に呆然としてしまう。これが、医療塔の医療魔術師の腕前、なのだろうか。だとすれば、天才の集まりとしか言えない。だが、片方は震えているのだから、今執刀と呼ばれる術式展開を行っている方の医師が優れているだけの可能性もある。
『完了』
『ロイ先生……すみませんでした』
『まったくだ。やる気ないなら、医療魔術師を名乗るな』
『や、やる気はあって……』
『じゃあ腕を磨け』
そう言うと、ロイと呼ばれた方が手術室を出て行く。残った方が、患者の腹部を魔術で縫い合わせて閉じていった。あとは、魔術看護技師達の仕事であり、手術室から患者を運んでいく。
「ただ……これだけなら、私にも出来た手術だ。もっと見極めなければ」
ユリズは、理論だけでなく術式を使う腕の方にもかなりの自負があるので、そう呟いた。それから、今日から泊まる自分の寮の部屋を見に行くことに決めた。
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