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【一】

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 僕はエルレス公爵家に嫡男として生まれた。フェルナ・エルレスが僕の名前だ。
 すぐ下には妹、二つ下には弟がいる。
 父上はこの国の宰相を務めていて、母は王家の血を引いていた。

 血縁関係でいうと、僕と王太子・第二王子・第三王子の各殿下はまたいとこである。

 貴族社会というのも面倒なもので、僕は王太子殿下と同い年に生まれてしまったばっかりに、茶会デビュー前から、『お友達』になるべく、王宮に招かれていた。

 さてこの王太子――ジャックロフト・キースワード殿下であるが、正直僕は、この人物が嫌いだ。昨日は王宮の庭で一緒に駆けっこをさせられて、僕も我ながらプライドが高いため全力で臨み、結果敗北……そこで僕の放った捨て台詞、「手加減してやったんだ!」の一言が彼の心を抉ったらしく、ジャック様は号泣して、周囲は僕を怒った。

 とにかく怒りながら泣くから、たちが悪い。
 僕は口で攻撃するタイプだから、相性も悪い。

 ……と、ここまでが昨日の僕の本心であった。そしてまた本日も、行きたくないのに王宮へと招かれて、一緒に勉強をさせられていた。

 パリン、と。
 そんな音がしたものだから、僕は咄嗟に窓を見た。派手に剣が飛んできていた。後に分かったのだが、外で訓練していた騎士団のミスで、その剣は運悪く窓を突き破ったらしい。窓の前には、ジャック様が座っていて、目を見開いていた。そこからは、なんというか反射的に、僕は立ち上がり、ジャック様を抱きしめてかばった。僕の二の腕をかすってから、その剣は深々と壁に突き刺さった。

 このようにして王宮は大騒ぎとなった。
 僕の胸中も本当にすごい動悸だ。
 だが、何も恐怖からではなかった。僕はこの時の衝撃で、思い出してしまったのである。

 ここは――……前世で妹が繰り返し遊んでいた乙女ゲームの世界だ、と。
 大量の記憶が僕の脳裏を埋め尽くしていく。真正面にはまだ事態を理解できていない様子のジャック様がいる。僕はじっとジャック様の黒い髪と目を見て、それから……まずい、と思った。

 僕の役どころは、ジャック様が後に婚約する僕の妹――その後断罪され婚約破棄され、国外追放される妹セリアーナの……即ち悪役令嬢の兄だ……。僕の記憶が正しければ、妹の行いのせいで、公爵家は潰されるし、僕も一緒に国外に追放される。妹を擁護し、こちらも悪役として登場していた。

 本当に、これはまずい。
 断罪してくるのは、今僕の腕の中で、目にいっぱいの涙をため始めた、この子だ。
 すぐに号泣しだして、僕の服を掴んできたが、僕は腕の痛みが気にならないくらい、動揺で震えていた。剣の恐怖からではない。

 僕とジャック様の仲は、お世辞にも良好とはいえない。
 会えば喧嘩の日々だった。
 それって、ジャック様が将来的に僕の妹を断罪する際、僕の事も躊躇う事なく葬り去れるという、最悪の方向性ではないか……。

 ……。

 これからは、怒らせないようにしよう。あと、やはり王宮には来るべきではない。なるべくジャック様とは距離を取り、心象もよくし、な、なんとか……そう、なんとか、命だけでも助からなければ! 心象? しかし、そんなもの、既に地を這いつくばっているはずだ。今更一体、どうやって……? 僕はとりあえず作り笑いを浮かべた。すると、ジャック様がビクリとして、泣き止んだ。それからジャック様は暫く僕の顔をじっと見ていたのだが、ハッとしたように僕の腕の傷に気づくと、それまでが嘘のように、慌てた様子でこちらに来た侍従達に「医官を!」と指示を出した。

 そのあとの事を、僕はよく覚えていない。
 僕は気絶したそうだった。だから時系列も曖昧な部分のある記憶だが、とにかくこういう出来事があった。

 決して腕の傷のせいではないだろうが、その後僕は熱を出し、数日の間寝込んだ。
 次に目を覚ますと、僕はまだ王宮の離れにいた。

「……」

 現在僕は、七歳だ。乙女ゲームは、ジャック様が十八歳で王立学院に入学した時から始まる。王立学院は四年制で、二十二歳で卒業だ。同い年の僕であるから、あと丁度十年間くらいは余裕がある。

 まず僕のすべき事として、ジャック様と喧嘩をしない――のは無理なので、極力会わない。次に国外に追放された時に備えて外国語の習得をするしかないだろう。まだ六歳の妹がどのように成長するかは分からないが、僕は加担しないようにする。これも大切だろう。

「よし……生き抜くぞ」

 目覚めた日、こうして僕は一人決意をした。
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