失楽園の扉

猫宮乾

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―― 第二章:過去 …… 大日本帝国の人体実験と黙示 ――

【八】プロテクト解除された『新人類』

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 計画の後を引き継いだのは、長男だった紅朽葉院柊である。
 父からすべての話を聞いた彼は、娘と孫の観察を行いながら、その後も研究を続けた。普段の仕事は、『産婦人科の医師』である。

 なお――桜には、何も知らされてはいなかった。彼女は、自分が人為的に生み出された存在だとは知らない。

 紅朽葉院桜は、産婦人科医の祖父と、華道の先生をしている祖母、専業主婦の母、そして大学教授の父の元に生まれた、平均的な人物だと、自負していた。ただ、祖母と父は早くに没した事もあり、主に祖父と母に育てられたという記憶が根強い。共学の公立校で小中の義務教育課程を終えたのは、祖父が『産科医の少ない場所で働きたい』という信念があって引越しを決意した結果だと思っていた。実際には人目を避けた結果として、僻地が選ばれただけなのだが、それを桜は知らなかった。そこは、父の故郷であったから、周囲も不振には思わなかった。父方の祖父母は同居している。なお、そちら側の人々は何も知らなかった。

 高校からは、僻地の少年少女は、選択を迫られる。下宿し、進学校へ行くか否かだ。

「自由で良いんだよ」

 成績優秀な彼女に、周囲が声をかけた。なお、柊は、『経過観察』が仕事の一つでもあるから、桜に伴うべきだろうかと考えていた。その結果、好奇心旺盛な彼女は、次の年度から共学となると決まっている高校に進学すると決めた。それとなく、柊はついていく事とした。

 紅朽葉院桜は、ごく普通の少女だった。それは、『性格傾向』という意味合いにおいて。
 だが、とても普通とは言えない事柄がいくつもあった。

 まず、容姿と運動能力。
 ――身体表現性天才技能、とされる、魅力的で美しい顔の作り、仕草一つで見る者を引き付ける独特の雰囲気、何より運動能力にも長けていた。

 また、IQテストは、IQ200+までしか測定が困難であったが、秘密裏に用意した神試験をそれとなく受けさせれば、IQ3000+を叩き出す。

 ただ、人格矯正プログラムについての効力は分からなかったし、寿命に関してもまだ分からない。その中で、続いて判明したのは、PSY――超能力だ。彼女は、現在地球で確認されている、ありとあらゆる能力を使用できた。空中浮遊、サイコメトリー、治癒……それぞれ、PKとESPとOtherの代表例だが、これは生まれつき可能だった。周囲は、決して他社の前で使用しないようにと教え込んだ。それは引越し前であったから、父方の祖父母も知らない。研究所の人間と、母、そして観察研究中の柊が知る事柄だ。報告はしているから、米国やその関係各所も知っているのではあろうが。

 既にベルリンの壁が壊されて久しいが、その時の記憶は、幼かった桜にはほとんどない。次に彼女のプロテクト関連が明らかになったのは、2009年の事だった。大学に入学した2005年から、2009年までの間に、彼女には老化が見られなかったのだ。例えば爪や髪といったものは伸びるし、月経も存在している。だというのに、顔の皴一つ一つといったミクロな観点からの観察だと、『老化していない』と結論付ける事が可能だった。代謝は変わらないし、細胞分裂もそうであろうに、それらが劣化し老いる事は無いようだった。ここで一つ『寿命制限処置』のプロテクトの解除に成功した事もまた明らかになった。

 この段階で、『人格矯正プログラム』以外の四つ――『PSY封印処置』『寿命制限処置』『IQ低下コントロール』『身体表現性天才技能』に関しては、プロテクトの解除に人類は成功したと言えた。

 では――『人格矯正プログラム』とは何なのか?

 紅朽葉院楓博士が導出し、柊博士が研究を重ねた結果、特徴として二つは分かっていた。

 一つ目は、『神が実存する』という誤った信念だ。神などいない。
 二つ目は、『人間は人間を殺してはならない』――道徳及び本能的恐怖だった。

 特に西洋の人間ほど、唯一神を信じる傾向にあり、月からの兵器攻撃が強くなっていった。二つ目は、一見良さそうなものであるが……それは、『規定された事柄』だったと判明した。そのプログラムは、『戦争』といった状況下においては誤作動を起こし――逆にある意味で『正常』に戻ると判明した。元々、人間は人間を殺す生き物であり、食人すら厭わない生物であったが、月由来兵器攻撃による洗脳によって、『人間を殺してはならない』と刷り込まれていると判明した。

 ではこの部分、紅朽葉院桜はどうなのか?
 この事実が判明した時より、ずっと桜は、『人を殺害するか』という観察をされていた。
 結論から述べる。
 ――否、であった。
 洗脳など無くとも、『教育』で、人は学ぶ。痛みを推測する『心』もある。
 紅朽葉院桜が人を殺す事は無い。人間だけではなく、動物を殺める事もしない。

 高度な知性を持つ者には、相応の『心』も備わっているのではないか、これが柊博士が臨終間際に導出した結論だった。



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