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―― 第二章:過去 …… 大日本帝国の人体実験と黙示 ――
【六】大日本帝国軍第666部隊の人体実験
しおりを挟む――その計画の開始は、2000年代初頭であったが、その『発見』自体は、戦前に遡る。時は第二次世界大戦の最中、軍部が密やかに設立した第666部隊の実験・研究室は雪深い北海道の果ての土地の、北方の領土の地下に存在した。他国からの監視や間諜の存在を恐れ、また国内にも反対者がいる事から、秘密裏に進められてきた研究である。
それは、不死身の兵士を人為的に生み出す事だった。
主席研究員は、紅朽葉院楓大佐。帝都において博士号を取得した人物だった。実を言えば、彼もまた、『反対者の一人』であった。だが、そうとは悟らせずに部隊に所属し、部隊長の位置まで登りつめたのだが、いかなる研究成果が出ようとも、軍上層部に上げる気は無かった。己の手でもみ消すためにこそ、必要な地位を得たと言える。
彼は太平洋戦争の早い終戦を願っていた。まさに世界は、黙示録の様相を呈していると、日々、部隊内の別の班が開発中だと言う感染症兵器や、超能力と呼ばれる技能研究に対して耳にする時、考えていた。
楓博士に与えられている仕事について簡単に説明するならば、まずは『不死』の因子を見つける事となる。まず、それが馬鹿げていると彼は考えていた。では、『不老』は? と、調べていき、細胞について研究する日々だった。
実際の歴史よりも数歩進んだ所を、紅朽葉院楓博士率いる研究班は、歩いていた。
だがその発見は、偶発的だった。
当初は、後にテロメアと呼称されるものについて調べていたのだが、その後、人体の解析をしていて、666部隊は不思議な事象に気づいた。ある感染症兵器を、ある長寿細胞を移植した人間に、用いた時の事である。盾と矛、長寿因子と致死性ウイルス、どちらが有用かの判断をする為の実験時だった。
「大佐……遺伝子が変異しています。見て下さい。このウイルスを感染させると、移植細胞を保持している人間を開腹した際、傷が勝手に塞がります」
隣室で、マジックミラー越しに、寝台に横たえられている人間を見ながら、楓博士はその報告を聞いていた。麻酔は用いていないから、拘束されているその人間は、悲鳴を上げながら、何度も開腹されている。血が都度、飛び散っていた。
「こちらもご覧下さい……! こ、これは……超能力測定画面に、非分類とするしかない――Otherと名付けている能力の発現が見られます。傷が塞がるのは、この力が理由だと考えられます」
結果として、その後分かった事がある。
666部隊が生み出した致死性ウイルスは、確かに感染症兵器の側面は持ち合わせてはいたが――ある種の、『ワクチン』だった。特定の細胞を持たない者にとっては、紛れもなく兵器となる。だが、こちらも666部隊が生み出した『細胞』を持つ者にとっては、特効薬の側面しか持たなかった。何に対する特効薬か……それは、ひとえに『封印されていた特殊能力を解放する品』と言える。明らかになった事として、人間という生物は、『人為的に超能力による自己回復を制限されている』と判明した。
どういう事、か。
調べていく内に、第666部隊は発見した。人間には、『人為的に遺伝子等を操作された形跡』が確かに存在していた。つまり現生人類は、自然発生したかは兎も角、その後、少なくとも『何者か』の手により、『手を加えられた人工生物』だと明らかになった。
同様の事を――不死身の兵士を、楓博士の部隊もまた、作ろうとしていたのだから、過去にそれが可能な存在がいたのならば、類似の行いをしても不思議はない。
インテリジェンス・デザイン、神による創造、そうした逸話は腐るほどある。何もそれは敵国で広がる宗教に由来しない。国家神道のイザナギとイザナミとて創造は行っている。
兎角、このようにして、被験体V-ア-1Lという不死かは兎も角、自己治癒能力を持つ存在が生み出された。元々の素性は、反戦論者であり、摘発された非国民と呼ばれる青年だった。思想は、紅朽葉院楓とそう大佐ないのだが、生まれが悪かった。一般の国民が唱えた時、容赦なく取り締まりがあった。思想を押し殺す事を幼少時より学び、耐え抜いて生きてきた楓博士から見ると、正しい事を述べてはいるのに罪とされた青年は憐憫の対象ですらあった。
その後、被験体V-ア-1Lには、様々な毒物の投与や、兵器を用いた実験が繰り返された。いずれの場合も、死に等しい苦しみを味わうのに、断末魔に聞こえる声と失神の直後、被験体V-ア-1Lは自己治癒し回復した。
「殺してくれ……」
ある日、ポツリと被験体V-ア-1Lが呟いた。その傍らでモニターを見ていた楓博士は、思わず声をかけた。
「名は?」
情を持たないようにと、上層部からは、『非国民』であるという情報しか得てはいなかった。
「……分からない」
度重なる実験の後遺症で、記憶が欠落しているというのは分かっていた。洗脳兵器研究や記憶消去研究も、この部隊は担っていたからだ。『名前』が何を指すのかといった記憶はあるようだったが、最早生前のエピソード記憶は欠如している様子だった。
「我々は、被験体V-ア-1L――だから、ヴァイルと呼んでいる」
「ヴァイル……?」
「もう少しの我慢だ。大日本帝国は、敗戦する。それまでの辛抱だ。生きるんだ。必ず――解放してやる」
「……貴方は?」
「私は、紅朽葉院楓という。君に酷い事をしているのは、私だ。恨むのならば、私を恨むと良い。それで耐えられるのならば、耐えてくれ。私を恨み、敗戦まで、耐えるんだ」
誰もいなかったから、そして被験体V-ア-1Lにはほぼ記憶能力などがないという研究報告を見た事もあったからなのか、楓博士は思わず心情を吐露した。許されがたい好意をしている自覚はあったし、こんな発言は利己的な、自己満足のための言葉だという罪悪感もあったのだが、言わずにはいられなかった。
その後、被験体V-ア-1Lは沈黙した。
意識を喪失した様子だと判断し、研究室から楓博士は外に出た。
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