もしも生まれ変わったら異世界へと思っていたら、転生先も俺でした。

【2】もしかしなくても生まれ変わった俺の幼少期。

　俺は今世で意識を持ってから、最初に魔力が制御できるか確認した。
　無事にできた(生後半日ほどで)。

「ものすごく莫大な魔力を感じて馳せ参じたのですが……気のせいだったようです」

　前世で俺を最初に天才だと讃えたらしい賢者がやって来たのは、生後3日目だった。
　響いてきた声に安堵で力が抜けたことをよく覚えている。

　そう、そうなのだ。
　俺は生まれつき莫大な魔力を持っていたらしいのだ。

　それも悪かったんだろうな。俺にできないことはあまりなかったから、俺自身も調子にのっていたのかもしれない。前世では、魔力はあるにこしたことはないと思っていたが、決してそんなことはないのだ。魔力などいらないのだ。平穏で幸せない毎日を送ることができればそれで良いのだ。


　それから二歳になるまでの間、俺は必死に考えた。


　どうすれば幸せに生きられる？
　まず、王位継承戦争に巻き込まれたら終わる。俺は優しい母の腕の中で思案した。
　この母も前世の通りだと、あと2年ほどで亡くなってしまう。俺は人生でこれほどまでに愛された覚えがないから、正直その現実もできれば回避したい。というかそもそも父上が若くして急逝しなければ継承権争いなんて起きなかったわけで……！

　そこで俺は閃いた。

　母も病死だったと聞いているし、父もそうだ。
　母がなんの病だったのかは残念ながら分からないが、父上のは分かる。父の死後、2年ほどした頃に、特効薬となる薬草が判明したのだ。幸い俺には医術知識もそこそこある。

　そうか、そうだよ、そうだろ！ 薬を作っておけばいいんだよ！

　これで最大の懸念材料は一旦消えた。
　父が死ななければ俺が兄と争う未来は絶対的に遠のく。

「フフフ、はは、はっはっは！」

　俺は声を出して笑った。なんだ実に単純なことではないか！
　すると穏やかに母が微笑し首をかしげた。いけないいけない、明らかに不審に思われている。俺はまだ2歳児なのだ。それらしく！

　決して前世のように神童など呼ばれるわけにはいかないのだ。


　その後俺は順調に育った。無事に3歳となり、体の動作が大分楽になった。
　今では一人でひっそりと裏庭に出ることもできる。
　王族の子女は、6歳の誕生日までは母方の領地で過ごすことが多く、俺も例にもれずバネット侯爵領で育てられている。生誕祭の3日後、俺は、かねてからの計画通り、母や乳母、侍女たちの目をかいくぐり、一人で庭に出た。

　この日のために何度も外に出る練習をしてきたのだ。そう、俺は決意していた。今世で初めて、魔術を使おうと！

　俺の最終目標は、自然に触れながらまったりと暮らすことだ。そのためには、最低限一人で生きて行ける程度の魔力は欲しい。

　また、基本的に王家の血筋に連なる者は魔力を持つため、俺が一切使えなかったら母が不貞を疑われる可能性もあるので、それも回避したい。

　下の下レベルの魔力を使える設定で行きたい。

　そのためには、魔力量を正確に把握して、どの程度出力すれば良いかを、自由がきく今のうちに知っておきたかった。幸い、呪文も魔法陣も頭の中に入っている。ちなみに生前の俺は、風の魔術が一番好きだったが、得意な魔術は火だったな。

「我が声に応え顕現せよ、風！」

　裏庭で早速俺は呪文を唱えた。結果。
　直後轟音がして、視界が白く染まった。え？
　唖然とした俺は、何度か瞬きをしてから、ようやく気づいた。

　つい先ほどまで目の前にあった山の頂が消し飛んでいることに……。
　山があったはずの場所には、白い空が見える。

　魔力が……強くなってる……だと……？

　いやいやいやいや、さすがにこれは強すぎる力だ。明らかに前世で研鑽を重ねた俺の魔力と、今世で得た分がプラスされている。前世の俺よりも、今の俺の方が魔力があるのは間違いない。しかも俺、3歳だぞ？　魔力は年齢とともに増えるんだぞ……？

　我ながら末恐ろしくなって、嫌な汗をかいた。

「フェル！」

　そこへ母が走ってきた。そして俺をぎゅっと抱きしめて泣きはじめた。

「きっと魔族の襲来だわ。無事で良かった。早く中へ入りましょう」

　魔族と勘違いされるほどの俺の魔力。俺だって第三者なら魔族の仕業だと考えたと思う。母の腕の中で、俺は自身の動悸に苦しくなった。

　それでも目的は果たした。俺は、だいたいどの程度の魔力を放てば良いか感覚的に理解した。まぁ今後、滅多に使うことはないだろうが、必要に迫られてもなんとかなるだろう。そんなこんなで、俺は日々を過ごし、4歳になった。


　今年は、母が死んでしまうのだ……。


　考えただけで憂鬱になってくる。俺は侍女たちが話す病関連の噂話に敏感になった。

　祖父の生誕祭が行われることになったのは、真夏のある日のことだった。
　楽団や踊り子も招き、異国からの招待客も多い。
　母と手をつないで出席した俺は、王都から来たという商人夫人が、歩み寄ってきたのを見上げた。彼女は、母に杯を渡して妖艶に微笑んでいる。その時気づいた。独特の甘い匂いがしたのだ。ワーズワースの毒薬の香りだった。これは前世で俺が21歳の時に法的に規制されるまで野放しになっていた毒薬なのだ。飲めば約一ヶ月で衰弱死する。

　反射的に俺は、その杯を奪って中身をこぼした。

「フェル！ なにをするの？」

　心臓がばくばく言っていた。しかし、直感的に、これが母の命を奪ったものだと悟っていた。しかしまさかそんなことを口にするわけにもいかない。

「甘い香りがしたから飲んでみたくなったんです」

　無理やり笑顔を引っ張り出して俺は言った。思いっきり舌ったらずに喋った。
　なにも知らないふりだ。しかし俺が、甘い香り、と言った瞬間に商人夫人の顔色が変わったところは見逃さなかった。そのままそそくさと彼女は立ち去った。怖ぇよ、貴族社会！　よりにもよって毒殺だったのかよ！


　その年、母が没することはなかった。