58 / 71
―― 第三章 ――
【058】秘刀
しおりを挟む
あやかしと化した群がる人々を偲が躊躇無く手刀で床に伏せさせた合間を通り抜け、時生は澪を抱いて階段を駆け上がる。いつの間にか隣には灰野がいて、三人で礼瀬家にあてがわれた客室へと入った。鍵を開ける時は、手が震えていた。だが澪を助けなければと言う一心で、必死に扉を開けて中へと入り、内鍵を固く閉じたところで、やっと時生は息を吐き、澪をベッドに座らせた。
「一体何が起きて……」
時生がぽつりと呟くと、灰野が険しい顔で言う。
「牛鬼は、その妖力を人に注ぐことで、吸血魔の一種に出来るんだ」
「え?」
「最初は人のまま、牛鬼の妖力に指示された通りに、自我を失い動き始める。その後、全身に妖力がまわると、体に黒い茨の模様が出て、それらが腐食し始めると、人間は人間ではなく、あやかしになる。牛鬼が、人間の体を乗っ取る方法の亜種だ。西洋でも類似の存在がいて、それらは吸血鬼と呼ばれる」
灰野の説明に、時生は思わず両腕で体を抱く。
「屍となり、人体が腐りきるまで、あやかしと同じ存在になる。腐食は、十二時間で始まるとされる。丁度――明日の朝五時だ。この夜会の終わりの時間と同じだ。ああ……そうか。西洋の珍しい食事か。人肉ということだ。異国には、血を啜るあやかしがいるという。そんな上位の存在……鬼の一種となるんだな……」
いつも冷静沈着な灰野の瞳にも、不安が宿っているのが見えた。
灰野はそれから、チラリと部屋中に視線を這わし、ハッとした顔をした。
「あれは……礼瀬副隊長の……軍刀じゃ……?」
「う、うん」
「あれならば、牛鬼を傷つけられる。牛鬼さえ倒せば妖力は流れ込まなくなるはずだ。そうすれば、模様も消失する。っく、届けなければ」
灰野が慌てたようにチェストに歩みよる。そして手袋をはめた手を伸ばした時だった。
稲妻のような光と衝撃が走り、ビクリとした灰野が手を押さえて、その場にしゃがみ込んだ。
「灰野さん!?」
「……ダメだ。牛鬼の……魔の血が流れ、その力を宿す俺には、触れることすらできない」
灰野の声はどこか苦しそうだった。
駆け寄りしゃがんで灰野の背に触れた時生は、強い眼差しで軍刀を見る。
「僕が届けます。そうしたら、きっと偲様なら、牛鬼を倒してくれるから」
「で、でも礼瀬隊長は、お前だからご子息を任せたんだ。それを、牛鬼の血を引く俺と二人にするなど――」
「なにを言ってるんですか!? 灰野さんなら、必ず澪様を守ってくれる。だって僕達、仲間でしょう!?」
「時生……」
二人のやりとりを聞いていた澪がベッドから飛び降りると、灰野の腕を小さな体で抱きしめた。
「安心しろ! おれはお前と待っていても怖くなんかない! おれは、お父様の子供なんだぞ! なにかあったら、おれはおれも……お前のことも守ってやるんだからな! 時生、早くお父様のところに持っていってくれ! お、おれ……い、いい子でここにいる!」
涙で瞳を潤ませている澪の体は震えている。それに息を詰めてから、灰野が強く抱きしめ、そして澪の体を抱き上げた。
「分かった。俺は、必ず澪様をお守りする」
「うん。信じているというか、当然だよ。灰野さんがそうしないところなんて、僕は想像もつかないよ」
「――ああ。俺は友達との約束は必ず守る。だから、届けて牛鬼を止める手助けを。この前配布された護刀はあるか?」
「手放さないように言われていたから、きちんと持ってきたよ」
時生の声に、大きく灰野は頷いた。
そして扉を見る。
「俺もまた、時生ならば必ず礼瀬隊長に届けてくれると信じている。気をつけろ」
「うん!」
こうして立ち上がり、時生は礼瀬家の秘刀に手を伸ばした。
すると先程とは異なる眩い光が溢れ、時生が柄を握りしめた時、それが収束した。
「行ってきます!」
「一体何が起きて……」
時生がぽつりと呟くと、灰野が険しい顔で言う。
「牛鬼は、その妖力を人に注ぐことで、吸血魔の一種に出来るんだ」
「え?」
「最初は人のまま、牛鬼の妖力に指示された通りに、自我を失い動き始める。その後、全身に妖力がまわると、体に黒い茨の模様が出て、それらが腐食し始めると、人間は人間ではなく、あやかしになる。牛鬼が、人間の体を乗っ取る方法の亜種だ。西洋でも類似の存在がいて、それらは吸血鬼と呼ばれる」
灰野の説明に、時生は思わず両腕で体を抱く。
「屍となり、人体が腐りきるまで、あやかしと同じ存在になる。腐食は、十二時間で始まるとされる。丁度――明日の朝五時だ。この夜会の終わりの時間と同じだ。ああ……そうか。西洋の珍しい食事か。人肉ということだ。異国には、血を啜るあやかしがいるという。そんな上位の存在……鬼の一種となるんだな……」
いつも冷静沈着な灰野の瞳にも、不安が宿っているのが見えた。
灰野はそれから、チラリと部屋中に視線を這わし、ハッとした顔をした。
「あれは……礼瀬副隊長の……軍刀じゃ……?」
「う、うん」
「あれならば、牛鬼を傷つけられる。牛鬼さえ倒せば妖力は流れ込まなくなるはずだ。そうすれば、模様も消失する。っく、届けなければ」
灰野が慌てたようにチェストに歩みよる。そして手袋をはめた手を伸ばした時だった。
稲妻のような光と衝撃が走り、ビクリとした灰野が手を押さえて、その場にしゃがみ込んだ。
「灰野さん!?」
「……ダメだ。牛鬼の……魔の血が流れ、その力を宿す俺には、触れることすらできない」
灰野の声はどこか苦しそうだった。
駆け寄りしゃがんで灰野の背に触れた時生は、強い眼差しで軍刀を見る。
「僕が届けます。そうしたら、きっと偲様なら、牛鬼を倒してくれるから」
「で、でも礼瀬隊長は、お前だからご子息を任せたんだ。それを、牛鬼の血を引く俺と二人にするなど――」
「なにを言ってるんですか!? 灰野さんなら、必ず澪様を守ってくれる。だって僕達、仲間でしょう!?」
「時生……」
二人のやりとりを聞いていた澪がベッドから飛び降りると、灰野の腕を小さな体で抱きしめた。
「安心しろ! おれはお前と待っていても怖くなんかない! おれは、お父様の子供なんだぞ! なにかあったら、おれはおれも……お前のことも守ってやるんだからな! 時生、早くお父様のところに持っていってくれ! お、おれ……い、いい子でここにいる!」
涙で瞳を潤ませている澪の体は震えている。それに息を詰めてから、灰野が強く抱きしめ、そして澪の体を抱き上げた。
「分かった。俺は、必ず澪様をお守りする」
「うん。信じているというか、当然だよ。灰野さんがそうしないところなんて、僕は想像もつかないよ」
「――ああ。俺は友達との約束は必ず守る。だから、届けて牛鬼を止める手助けを。この前配布された護刀はあるか?」
「手放さないように言われていたから、きちんと持ってきたよ」
時生の声に、大きく灰野は頷いた。
そして扉を見る。
「俺もまた、時生ならば必ず礼瀬隊長に届けてくれると信じている。気をつけろ」
「うん!」
こうして立ち上がり、時生は礼瀬家の秘刀に手を伸ばした。
すると先程とは異なる眩い光が溢れ、時生が柄を握りしめた時、それが収束した。
「行ってきます!」
11
お気に入りに追加
117
あなたにおすすめの小説
亡くなった夫の不義の子だと言われた子どもを引き取ったら亡くなった婚約者の子どもでした~この子は私が育てます。私は貴方を愛してるわ~
しましまにゃんこ
恋愛
ある日アルカナ公爵家に薄汚い身なりをした一人の娘が連れてこられた。娘の名前はライザ。夫であり、亡きアルカナ公爵の隠し子だと言う。娘の体には明らかに虐待された跡があった。けばけばしく着飾った男爵夫妻は、公爵家の血筋である証拠として、家宝のサファイヤの首飾りを差し出す。ライザはそのサファイヤを受け取ると、公爵令嬢を虐待した罪と、家宝のサファイヤを奪った罪で夫婦を屋敷から追い出すのだった。
ローズはライザに提案する。「私の娘にならない?」若く美しい未亡人のローズと、虐待されて育った娘ライザ。それから二人の奇妙な同居生活が始まる。しかし、ライザの出生にはある大きな秘密が隠されていて。闇属性と光属性を持つライザの本当の両親とは?ローズがライザを引き取って育てる真意とは?
虐げられて育った娘が本当の家族の愛を知り、幸せになるハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
素敵な表紙イラストは、みこと。様から頂きました。(「悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ!10」「とばり姫は夜に微笑む」コミカライズ大好評発売中!)
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
小児科医、姪を引き取ることになりました。
sao miyui
キャラ文芸
おひさまこどもクリニックで働く小児科医の深沢太陽はある日事故死してしまった妹夫婦の小学1年生の娘日菜を引き取る事になった。
慣れない子育てだけど必死に向き合う太陽となかなか心を開こうとしない日菜の毎日の奮闘を描いたハートフルストーリー。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる