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―― 本編 ――

【十五】結婚式と披露宴

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 それから数日後。

 朝の日差しを瞼の裏に感じて、私は目を覚ました。
 本日も約束通り、朝食はフェンネル様と食べる。
 身支度を整えて、私は朝食の用意された場に向かった。

「おはよう、マリーローズ」
「おはようございます」
「今日も君は綺麗だね」

 フェンネル様はそう言ってから、テーブルの上を見た。
 今日も美味しそうな朝食が並んでいる。

「さぁ、食べようか」
「いただきます」
「いただきます」

 和やかに朝食が始まった。

「いよいよ明日だね」
「はい……」

 明日、私達は結婚式をする。
 緊張しないと言えば嘘だ。

「今まで以上に、君の傍に居る権利を得られるようで、俺は嬉しいよ」
「そう考えると私も嬉しいんですけど……大丈夫かなぁ」
「大丈夫。マリーローズなら、上手くやれるよ。信じているよ」
「頑張ります」

 フェンネル様に励まされると、いつも以上に気合いが出てくる。
 フェンネル様のためにも、何より自分のためにも、精一杯頑張りたい。

「今日の午後は、ソレル師と最後の打ち合わせをするんだっけ?」
「はい。お茶の時間に最終調整を」
「そう。その時間は公務を抜けられないから、一緒に居てあげられなくてごめんね」
「大丈夫です。お仕事頑張って下さいね」

 私達の愛の誓いの立会人を、ソレル様が務めてくれる。
 ソレル様が居てくれるというのも、心強く思える。

「しっかりお話を聞いておきます」
「うん。夜には顔を出すから、その時に何かあったら、ううん、何も無くても話を聞かせて」

 フェンネル様の言葉に頷きながら、私は朝食を食べた。


 お茶の時間までの間は、クレソンに淹れてもらった紅茶を飲みながら、私は結婚式に関する書物を読みながら過ごした。

 立ち居振る舞いなどの指南書だ。
 もう何回も読んだけれど、何かしていないと落ち着かない。

「こんにちはー!」

 ソレル様がやってきたのは、丁度お茶の時間になった時だった。
 クレソンがすぐに紅茶の用意をしてくれた。

「こんにちは、ソレル様」
「いよいよ明日だね。体調や気分はどうだい?」
「元気なんですが、緊張してしまって……」
「基本的に一生に一度の大イベントだからね。無理も無いさ。ただ、あんまり気を張りすぎないように」
「有難うございます」
「私もついているし、精霊もついているよ。何も悩む事はない。自分達の幸せだけを追求して、幸せになる事だけを考えるようにね!」
「はい!」
「それじゃあ手順の最終確認をしようか。まずは――」

 こうしてソレル様による講義が始まった。
 私は真剣に耳を傾ける。
 失敗は許されない……よね?

 フェンネル様は優しいから許してくれるかもしれないけれど、私個人が、完璧に務めを果たしたい。フェンネル様の隣に立つ者として。

「――という形だね。何か質問はあるかい?」
「大丈夫だと思います」
「うんうん。後は肩の力を抜くだけだね! 緊張しすぎて転んだりしないように気をつけて」
「は、はい!」
「もし何かあれば、私だってフォローをするし、心配はいらないよ」
「有難うございます」
「独身最後の一日を、楽しんでね、今日は」

 まだピンと来ないけれど、言われてみれば確かにそうだ。
 だけど、楽しむって何だろう?
 フェンネル様と本当の家族になれる方が、私は楽しみなんだけれど。

「それじゃあ、また明日。今度は教会で」

 こうして打ち合わせは終了した。

 夜になり、夕食を食べた。
 刻一刻と、明日が近づいてくる。
 何度も時計を見てしまった。

「マリーローズ、遅くなってしまってごめんね」

 フェンネル様が訪れた時、私は我に返った。
 ぼんやりとしてしまっていた。

「いえ。ご公務お疲れ様です」
「有難う。ソレル師との打ち合わせはどうだった?」
「手順の再確認をしたりしました。多分大丈夫だと思います」
「そう。それは良かった」

 フェンネル様が私に歩み寄ってきた。
 静かにそちらを見上げると、フェンネル様が少し屈んだ。

「何も心配はいらないよ。俺がついている」

 フェンネル様が長い指で、私の顎を持ち上げた。

「必ず幸せにする」

 その言葉のすぐ後、フェンネル様の唇が降ってきた。
 突然のキスに、慌てて目を閉じる。
 柔らかな感触に浸りながら、私は既に幸せだと考えた。

「明日が待ち遠しい」
「っ、ぁ……」

 口腔に舌が入ってくる。
 濃厚なキスをされ、私はクラクラした。
 こんな口づけ、人生で初めてだ。

 キス自体、フェンネル様としかした事が無いのだけれど。

 呼吸が苦しくなりそうだと思った時には、巧みに息継ぎを促された。

「はぁ……っ」

 長いキスが終わり、私は目を開けた。

「愛しているよ」
「私も。私もフェンネル様を愛してる」

 フェンネル様は小さく頷いた。
 それから、私の隣に座った。

「不安があったら、何でも相談して欲しい」
「有難うございます」
「今夜は早めに眠って、ゆっくり休むようにね」
「フェンネル様も休んで下さいね?」
「ああ、そうだな。明日が楽しみすぎて、今日は眠れるか怪しいけどね。俺の場合は緊張と言うより、マリーローズが俺のものだってみんなに証明出来るのが嬉しいからなんだけどね」
「フェンネル様。それは私も嬉しいです!」
「絶対に幸せにする。俺にはその覚悟があるよ」

 その後、少しの間雑談をしてから、フェンネル様は帰っていった。



 ――結婚式当日が訪れた。
 早朝から侍女達に手伝ってもらい、私はウェディングドレスに着替えた。
 普段身に纏っているものとは異なる、前に作ってもらったドレスだ。

「お綺麗です」
「本当にお綺麗ですね」

 侍女達が声をかけてくれた。

「有難う」

 自然と笑顔が浮かんできた。気合いも入る。
 その時、ノックの音がした。フェンネル様が扉を開けたのは、その直後だ。

「準備は出来たかな?」
「はい!」
「それじゃあ行こうか」

 迎えに来てくれたフェンネル様と共に、私は教会へと向かった。

「緊張するけど頑張ります」
「俺も同じだよ」

 その後私達は、腕を組んで教会の中に入った。
 正面には、立会人のソレル様の姿が見える。

 縦長の絨毯の上を私達は進んだ。
 厳かな気配が漂う教会には、招待客がいる。
 皆、私達を祝福してくれているのだと思う。

「フェンネル殿下。貴方は生涯、マリーローズ嬢を愛する事を誓いますか?」
「誓います」
「マリーローズ嬢。貴女は生涯、フェンネル殿下を愛する事を誓いますか?」
「誓います」

 必死に言葉を発した私は、少し声が震えてしまった事に気付いた。
 やっぱり緊張しているみたいだ。

「それでは、誓いのキスを」

 ソレル様が述べると、フェンネル様が私の肩に触れた。
 私はじっとフェンネル様の目を見る。

 どんどんフェンネル様の顔が近づいてくる。
 私は静かに目を閉じた。

「……」

 フェンネル様の誓いのキスは、とても優しい。
 口づけが終わると、フェンネル様が囁いた。

「必ず幸せにすると誓うよ。愛してる」

 それを聞いたら、胸がみちあふれ、私は涙ぐみそうになった。
 幸せでならない。

 そのようにして、結婚式は粛々と進んでいった。

 無事に結婚式を終えると、今度は披露宴が始まる事となった。
 こちらには結婚式とは異なり、より多くの招待客がいる。

 様々な国から、そして国内からも、多くの人々を招いた。
 ある種の国家行事と外交の場でもあるみたいだ。

「おめでとうございます」

 挨拶に訪れてくれた人、一人一人に、私とフェンネル様は向き合った。

「有難うございます」
「こんな素敵な花嫁を迎えられて、フェンネル殿下が羨ましいぞ」
「でしょう?」
「ああ。本心だ」

 なんだか照れくさくなってしまうような事も、私は沢山言われた。
 そんな風にして挨拶を何度も繰り返しながら、何気なく私は会場を見渡した。

「あ」
「……」

 ルフの姿を見つけて目を丸くする。
 すると目が合い、ルフが優しい顔で頷いた。

 ――ルフも、私達を祝福してくれているように見える。
 そう感じられる。
 じんわりと心が温かくなった。

「どうかした?」
「……みんなが祝福してくれているのが分かって、嬉しくて」
「そうだね。一緒に幸せになろう、今まで以上にね」

 フェンネル様の言葉に、私は大きく頷いた。
 その後も挨拶を続け、多くの人に私達は言祝いでもらった。

 フェンネル様と二人なら、絶対にもっともっと幸せになれる。
 そう感じながら披露宴を過ごし、気付くと日付が変わっていた。

「そろそろ終わりだね」
「はい」
「疲れた?」
「少し……でも、それ以上に嬉しくて」

 私が笑うと、フェンネル様が頷いた。

「そうだね――今夜は、ゆっくりと眠って、休むと良い」

 このようにして、披露宴は終幕を迎えた。

 フェンネル様に送ってもらって、私は後宮の自室へと戻った。
 待っていた侍女達に手伝ってもらってウェディングドレスを脱ぐ。

 その後じっくりと湯浴みをした。
 ベッドに入る頃には、既に月が傾いていた。

「無事に終わって良かった」

 そう呟いてから、私は目を閉じた。
 これから数日間は、結婚式後の挨拶を兼ねた会食などの予定が詰まっている。
 ある意味、それもまた公務だ。

 翌朝、私は朝食の席に着くと、フェンネル様が訪れた。

「おはよう。よく眠れた?」
「はい」
「疲れはとれた?」
「平気です」
「良かった」

 笑顔のフェンネル様を見て、私は細く長く吐息した。
 まだ結婚したという実感がわかない。
 だけど、今日から私達は夫婦だ。

「……」

 こんなに幸せで良いのかな?
 世界が輝いて見える。

「数日間は、バタバタする事になるから、きちんと食べてね」
「は、はい!」

 気付くと、フォークを持つ手が止まっていた。
 慌てて私は食事を再開する。

「正妃としての公務が本格的に始まるわけだから、今までより大変になるとは思うけど、俺に出来る面でいつでも支えるから、頼って欲しい」
「有難うございます、頑張ります!」
「それと」
「はい?」
「毎朝食事を一緒にする以外にも、約束したい事があるんだ」
「なんですか?」
「毎日君にキスをしたい」

 それを聞いて、私は赤面した。
 俯きがちに、小さく頷いて返す。

「有難う、早速今日から実行させてもらおうかな」

 フェンネル様の声は、楽しそうだった。




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