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―― 本編 ――
【十三】特別な儀式
しおりを挟む「こんばんは」
身支度を終えて少しすると、ソレル様が訪れた。
「今日は宜しくお願いします」
「任せて。精霊に祈る大切な儀式だけど、あまり気を張らずにねぇ。やる事は単純に、王宮の礼拝堂で一晩一人で過ごすだけだし。ただ、誰も見てないからって寝ちゃわないようにね」
「気をつけます」
ソレル様の言葉に、私は思わず吹き出した。
「それじゃあ手順を話すね。まずは――」
ソレル様の説明は分かりやすい。
私は位置や、手の組み方などを教わった。
「――こんな感じかな。質問はあるかな?」
「大丈夫です」
「良かった。それじゃあ行こうか」
「護衛します」
その後私は、ソレル様とクレソンと共に、王宮の礼拝堂へと向かった。
厳かな気配がする扉の前に立つ。
「頑張ってね」
「頑張って下さい!」
「はい! 行ってきます!」
こうして私は、単身、王宮の礼拝堂の中へと入った。
既に夜だ。
「ここで一晩過ごすのかぁ……大丈夫。出来るはず」
一人で何度か、私は頷いた。
そしてソレル様に教えてもらった位置へと移動し、静かに座る。
それから両手の指を組んで、膝の上にのせた。
「精霊が、私を祝福してくれると良いんだけど」
勿論おとぎ話だとは思う。
ただこの儀式で、正妃となる女性は、精霊に認めてもらうらしい。
王家の伝統なのだと聞いた。
「この場所、なんだか神聖な気配がする気がする。不思議な場所……」
まるで本当に精霊がいるかのような感覚がしてくる。
こうして私の儀式の夜が始まった。
◆◇◆
「マリーローズ」
「!」
その時、不意に声をかけられて、私はビクリとした。
扉が開く音などはしなかった。
振り返ると、やはり閉まっている。
「……?」
改めて正面に視線を戻すと――そこには、ルフの姿があった。
「ルフ……? どうやってここに……」
「僕は何処にでもいるからね」
「?」
「それが精霊というものだよ。万物に宿る」
「精霊……?」
「僕は、君の祖先である風の精霊なんだ」
「え?」
「ずっとマリーローズの事を見守っていたんだよ」
それを聞いた時、私は不思議と否定する気持ちにはならなかった。
寧ろ、しっくりと来た。
「ルフは精霊だったのね」
「うん。君は僕の末裔でもある」
「……」
「僕はいつだって、子孫の幸せを願っているんだよ。君が一人だった時も、そして今も、ずっと見守ってる」
「有難う……」
「幸せになるんだよ。僕が愛したエルダー侯爵家の始祖の姫も、君によく似て無理をしがちだった。だからマリーローズは、もっと自分を大切にするようにね」
「私は今、とっても幸せなの。こんなに幸せで良いのか怖いくらいなの。だから、大丈夫。私に出来る事があるのなら、全力で頑張りたいの」
「そう。マリーローズがそう考えているのなら、僕はそれを応援する。いつでも君を見守っているし、力を貸すよ」
「有難う、ルフ」
「少し、話をしようか。一人では退屈でしょう?」
「だけど儀式は一人でって……」
「人間は一人だね。僕は精霊だから特別だよ」
ルフの声の調子が、少し明るくなった。
それを聞いて、私は両頬を持ち上げた。
「私もゆっくりルフとお話がしたい」
こうして、私とルフは話を始めた。
ルフのお話はとても面白かった。
私の生家であるエルダー侯爵家の各代の話から、精霊についてまで、色々と教えてくれた。
気がついたらすっかり、窓の外が白んでいた。
「――という感じだったんだよ」
「素敵」
「そろそろ朝だね」
「あっという間だった。ルフのおかげだよ」
「ううん。僕も久しぶりに人の子とゆっくり話せて楽しかった。そろそろ僕は戻るよ」
「何処へ戻るの?」
「自然に。風の中に、僕はいる。改めて言うけど、幸せにね」
「はい!」
私は笑顔で、大きく頷いた。
そして瞬きをすると、次の瞬間には、正面からルフの姿が消えていた。
「! ……」
キョロキョロと周囲を見渡してみたが、何処にも姿は無い。
先程まで漂っていた神聖な気配も無い。
「……」
私は不思議な気持ちになった。
一人きりの礼拝堂で、私は思案する。
「夢だったのかな……」
実体がある存在は、急に消えたり唐突に現れたりはしない。
扉を確認しても閉まっている。
ここには私が一人で居るだけだ。
「ううん」
私は首を振った。
ルフは、絶対にここにいた。
そして先程まで私と話してくれていた。
「夢じゃない。きっと違うよ。ルフは確かにいたんだから。けれど……精霊が実在するなんて、思ってもいなかったなぁ。だけど精霊だとすると、納得出来る事が沢山ある。これまでもいきなり現れたり消えたりしていたものね。ルフは、私の幸せを願ってくれてるんだ。精霊が祝福してくれているなんて、なんて素敵なんだろう」
その後、本格的に朝になるまでの間、私は幸せを噛みしめていた。
礼拝堂の扉がノックされたのは、朝の六時の鐘の音が聞こえてきた直後だった。
「マリーローズ」
「フェンネル様」
「儀式は終わりの時間だ。迎えに来たよ」
「有難うございます」
立ち上がり、私は礼拝堂から外に出た。
するとフェンネル様が立っていた。
「後宮へと送るよ。儀式はどうだった?」
「……神聖な気持ちになる夜でした」
私は、ルフの事を話そうか迷った。
だけど、なんて説明すれば良いのか思いつかない。
「精霊の力が濃い場所だと言われているからね」
「はい」
「ともかくこれで、結婚前の儀式は終わりだね。あとは式や披露宴か。まだもう少し、多忙な日々が続くけど、俺に出来る部分は支えるからね」
「頑張ります」
歩きながら、私達はそんなやりとりをした。
王宮の回廊を抜け、後宮へと向かう。
そして階段を上がり、私は自室へと戻った。
「少し眠ると良い。今夜はあいているから、一緒に食事をしよう」
「はい!」
私達は夕食の約束をしてから、その場で別れた。
着替えてから私は寝室に移動し、ベッドに体を預けた。
「ルフのおかげで緊張もほどけていたみたい、いつの間にか」
ポツリとそう呟いてから、私はすぐに睡魔に呑まれた。
次に目を覚ますと、窓からは夕日が差し込んでいた。
着替えて隣室に向かうと、クレソンが紅茶を淹れてくれた。
「もうすぐフェンネル様がお迎えにいらっしゃるそうですよ。楽しんできて下さいね」
「有難う」
カップを傾けながら、私は頷いた。
その後、暫く紅茶を飲んでいた。
部屋の扉がノックされたのは、夜の鐘が七回ほど鳴った頃の事だった。
「マリーローズ、迎えに来たよ」
「フェンネル様!」
「夕食に行こう」
こうして私は、フェンネル様と連れだって部屋を出た。
並んで歩いていたら、ルフの言葉を思い出した。
――『幸せに』。
「フェンネル様」
「どうかした?」
「私、今も幸せなんですが、フェンネル様と二人なら、幸せだという確信があって。フェンネル様が大好きです」
「嬉しいな。俺も同じ気持ちだよ。君と二人ならば、ずっと幸せでいられる気がする。マリーローズは、俺に幸せを運んできてくれたんだ」
歩きながら、フェンネル様が私の手を握った。
私のペースにあわせた歩幅で、ゆっくりと進んでいく。
「だから俺も、必ず君を幸せにする」
「繰り返しますが、今も幸せですからね?」
「もっと幸せにするよ」
そんなやりとりをしながら食堂に到着した。
二人で椅子に座り、料理を見る。
「例えば、マリーローズが何をしたら喜んでくれるのか、そういった事を俺はもっと知りたい」
「私だってフェンネル様が何をしたら喜んでくれるのか知りたいです」
「俺の場合は簡単だよ」
「マリーローズがそばにいてくれたら、それが一番幸せだからね」
「それは私も一緒です。フェンネル様が隣に居てくれると幸せだもの!」
私達は顔を見合わせて、それぞれ笑い合った。
本当にこのひとときが幸せだから、ルフに自信を持って伝えたい。
私は大丈夫だからと。
「フェンネル様がそばにいてくれる限り、私は精霊にも自慢出来るくらい幸せです!」
「精霊に自慢?」
「はい!」
「――任せて。精霊にも認めさせるぐらい、幸せにすると誓うから」
フェンネル様の声は明るくて、どこか楽しそうだった。
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