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―― 第一章 ――

【五】◆大学時代 ―― 一年 3 ――

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「なんか無駄に疲れた……」

 一人暮らしをしている学生向けのでデザイナーズマンションに戻った俺は、深々と吐息した。一つの階に三部屋が入っている。カードキーを取り出しながら、俺は扉の前に立った。その時、丁度隣の部屋の扉が開いた。挨拶などはしていない為、俺は驚いて隣人の顔を確かめるべく顔を向ける。

「あ」

 するとそこには、オリエンテーションで隣に座っていた学生が立っていた。向こうも俺に気づいたようで、小さく息を呑んだ。

「あ、オリエンテーションで、あの俺、灯里って言うんだ」
「席が隣だったな。部屋も隣か。俺は相馬。よろしくな」

 この時俺は、初めて相馬の微笑を見た。良い奴そうだなと、そんな印象を受けた。これから特に何事もないのであれば、四年間隣人となる予定だ。親しくできたら最高である。

「じゃあ、また。俺は、これからバイトの面接なんだ」
「あ、うん。頑張ってな」

 俺が笑顔を返すと、頷き相馬が歩き始めた。その背中を見送ってから、俺は自室へと入った。そして施錠すると、真っ直ぐにパソコンの前に向かった。小説を書くためだ。次の新人賞の締め切りまで、残り三ヶ月。小説研究会に入れてもらう事が叶わなくても、書く事は出来る。俺は文章を書くのが好きだから、今後も書き続けていきたい。野望を言うならば、大学在学中に目立つ成果が欲しい。文筆業一本で生きていけるとは思わないが、足がかりや道しるべが欲しい。

 この日、俺は遅くまで小説を書いていた。


 結果、翌日寝坊しかかった。慌ててシャワーを浴びて、身支度を整えてから、俺はバスに飛び乗った。初めての履修届は、誰に相談するでもなく、興味がある時間割を選んだものである。息を切らして窓際に立つと、すぐそばにいた相馬と目が合った。

 お互いに一限を選択していたらしい。俺がへらりと笑って返せば、小さく相馬が吹き出した。意外と表情が豊かなんだなぁと思いながら、大学に向かうバスの車内で俺は息を整えていた。

 ロータリーでバスを降りてすぐ、相馬が俺の横に立った。

「灯里は、何の講義だ?」
「対象関係論!」
「同じだ」
「だよな。この時間、他には別の学科の講義くらいだもんな」

 そんなやりとりをしながら、俺達は自然と二人で教室へと向かった。十号館の六階にある大きな講堂に入った俺達は、そのまま隣に座した。

「相馬は、サークルとかは決めたのか?」
「バイトがあるからまだ考えていないんだ」
「そういえば面接はどうだったんだ?」
「無事に定食屋の厨房に決まった」
「おめでとう! バイトかぁ。俺もやってみたいなぁ」

 小説家になるためには、経験や知識はいっぱいあった方が良いというのが、俺の持論だ。ちなみに……受け売りだが。もう亡くなっているのだが、俺の曽祖父が何冊か本を出していた。その曽祖父に、幼い頃に教わったのである。


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