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―― 序章 ――
【四】寮分け
しおりを挟む部屋へと戻ると、夕食が運ばれてきていた。他に真新しい制服と、ローブとしか言いがたい外套といった衣類と、『午前四時に寮分けを校庭で行う』と記載された案内状があった。
「随分と早い時間に行うんだな」
ぽつりと呟いてから、榛名は冷めている豆のスープを食べた。
その後シャワーを浴びてから、ベッドサイドにあった目覚まし時計を見る。何もなしに、午前四時に間に合うように起きる術を思いつかなかったので、榛名は目覚ましをセットした。そして早めに眠る。
結果として無事に、夜中に時計の音で起床した榛名は、制服一式を持って、姿見の前に立った。白いシャツの封を破って、ビシリと身につける。黒いブレザーは、縁取りが金色だ。ネクタイをしめて、焦げ茶色のローブを纏い、最後に白い布手袋を嵌める。
「行くか」
その後持参した僅かな荷物を手に、部屋を出て進んでいくと、昨日と同じように外に通じる扉が見えてきた。出て行く生徒達が見えるので、時間に記載ミスがあった様子もない。空にはまだ、星が輝いていた。大勢のうしろに続いて歩いていたので、寮分けが行われる場所まで迷うことも無かった。
「誰が最上階なんだろうね?」
立ち止まった時、前方の噂話が耳に入ってきた。
「根岸様じゃないの?」
「澄香様だろ?」
「山辺様も相当特訓したと聞いたけど?」
「確実に明日葉様だって。日本に戻られたそうじゃないか」
「ああ、明日葉様がいるなら間違いないかも」
明日葉、という名前には聞き覚えがあった。編入試験で一緒だったからだ。
「誰にしろ、政宗様の隣室になられる方は羨ましいなぁ」
続いて響いてきた声を聞いて、榛名は顔が引きつりそうになった。政宗という名前がそう多いわけではないと思うので、昨日の口論相手が自然と脳裏に浮かんできた。
「僕も政宗様に魔力を供給してみたいなぁ。いくらでもゲニウス渡しちゃう」
「無理無理。政宗様みたいな優れたフォルテッシモの方には、一般的なピアニッシモじゃ全然相手にしてもらえないって」
「分かってるけどさぁ……はぁ、カッコウイイよね」
前方の人々がよく分からない話題に入った頃、正面に灯りが出現した。
見ると生徒達が囲んでいる中央に、球体が出現していた。その横に、ローブ姿の眼鏡の青年が歩みよっている。先生のようだと思いながら、榛名はそちらを眺めていた。
「これより、寮分けを行う。監督は、私、魔法史担当の赤羽が行う。名前を呼ばれた生徒は前に出て、この寮分け球に手を翳すように。高等部入試成績順に名前を呼ぶ」
先生が声を放つと、その場が静かになった。
魔法史という聞いた事のない科目に、本当にここは魔法学園のようだと、改めて榛名は考える。
「一位、政宗幸親。満点」
その声を聞いて、榛名は驚いた。あの変態、頭がよかったのかと驚いてしまう。周囲には特に驚いたような気配は無い。
「同一位。榛名彩月。満点」
続いて聞こえた自分の名前に、榛名は息を飲みそうになった。
「両者、前へ」
その場にも奇妙な空気が漂いはじめた。だが政宗が歩きはじめたのを見て、榛名も気にしないことにして前に出る。一歩早く立ち止まった政宗は、榛名を見ると厳しい顔をした。
「政宗くんから順番に手を伸ばすように」
先生の指示を聞くと、無言で政宗が手を伸ばした。すると球体の色が、真っ黒に変化する。周囲が感嘆するように息を飲んでいるのが分かる。
「新月寮最上階」
先生が短く宣言すると、政宗が手を下ろした。チラリと政宗に視線を向けられて我に返った榛名は、続いて手を前に伸ばす。一度金色に戻っていた球体が、再び黒く染まった。
「新月寮最上階」
赤羽先生が淡々と確認するように言う。榛名は、どうやら政宗と寮が同じようだと認識した。
「寮が決まった者から、部屋へ行くように」
そう言われたが、寮の位置も分からない。知っていそうな政宗を見ると、不機嫌そうな顔のままで頷かれた。
「ついてこい。この俺が直々に案内してやる」
「悪いな、正直助かる」
特に荷物がある様子も無い政宗が歩き出したので、榛名は慌てて隣に追いついた。
新月寮は校舎の周囲に五芒星に描かくように広がっている路地の、星の頂点のような場所にあった。古めかしい塔の外観をしている。政宗が扉を開けて中に入ると、ところどころにあるランプに自然と灯りが点った。
「ここが新月寮だ」
「そうか。何階まであるんだ?」
「日によって階数は変化する」
とことん物理的な法則を無視しているなと考えながら、榛名は顔を引きつらせて頷いた。
「最上階には、黒色の魔力――新月の魔力の持ち主しか入れない。中等部の頃から、最上階は俺だけの部屋だった」
「寮だけでなく部屋も同じになるのか?」
「不満か? 俺の方が不満だが?」
「特に含みがあって言ったわけではない」
ギロリと睨まれたので、榛名は面倒くさい相手だなと感じた。
「そこのエレベーターだけが、最上階に直通だ」
「そうか」
「寮の部屋は、そこで過ごす人数で造りが変わるが、基本的に位置が大きく変わるわけじゃねぇ。寝室は一つだから、今後はベッドが二つになると言うことだ」
「なるほど。魔力の色はどうやって決まるんだ?」
「知識と練度と精神状態だ。疲労で色が薄まることも珍しくない。だが年に一度の球体による寮分けの結果で、一年間は過ごすことになる。はぁ、なんでお前と一緒なんだよ」
ブツブツ言いながら、政宗がエレベーターのパネルを操作した。
すぐに到着した最上階で、榛名は扉を開けた先に5LDKのマンションのような室内を視界に捉えた。顔を向けると扉の無い右手の部屋の先に、確かにベッドが二つ見える。
「榛名」
「なんだ?」
「お前、ピアニッシモだろ? 念のため、本当に念のために確認するが」
「? ああ、そう言われたが、それはそもそもなんなんだ? 音楽記号の方なら、義務教育程度の知識はある」
リビングのソファに鞄を置きながら、榛名が答えた。
「何も知らないのか?」
「知らないのか否かすら分からない状態だ」
冷蔵庫に向かった政宗は、そこからオレンジジュースを取り出すと、グラスに二つ注いだ。そして戻ってくると、一つを榛名の前に置いて、対面する席に座った。
「魔法使いは、基本的には自分の魔力を用いて魔法を使う。これはいいか?」
「初めて聞いた――……わけではない。そういう話が記載されている本を読んだことはある」
祖父の記していた本に、度々出てきた言葉だ。
「そうか。それで本人の力の他に、俺のようなフォルテッシモは、他者から魔力を供給してもらう事が可能になる。ピアニッシモは、他者に魔力を供給できるようになる。ようは、俺に榛名は、魔力を渡せると言うことだ」
政宗の説明を聞き、榛名は首を傾げた。
「なにかそれは、渡した俺に利点はあるのか?」
「まず、強いフォルテッシモに力を供給できるという時点で、名誉とされる」
「名誉?」
「ああ。そして次に、ピアニッシモはフォルテッシモに魔力を供給せず放置しておくと、魔力が増えすぎて体調を壊す。本来余剰となる魔力を、ピアニッシモはフォルテッシモに吸収してもらい、それをフォルテッシモが有効に活用するというのが、この供給関係だ」
「そうは言われても、俺は具合が悪くなったことなんて一度も無いが?」
「そこがまず理解できねぇ。魔法使いで、ピアニッシモとフォルテッシモの関係を知らない奴が存在してることに俺は驚愕してる」
その言葉を聞きつつ、榛名はジュースのグラスに手を伸ばす。そして礼を言ってから口をつけた。
「いいか? 俺に供給できるというのは、この学園で最高の名誉だ。ここでは、俺の供給者になりたいピアニッシモが大勢いる」
「そうか。つまりお前は、沢山の相手から供給して貰えて困ることはないということか」
「……、そ、それだけじゃねぇ。俺は政宗家の人間だ。魔法使いの結婚は、基本的には高等部を卒業した後が多い。それまで、全寮制のこの中に俺はいる。俺の伴侶になれる可能性が非常に高い。これにはピアニッシモだけでなくフォルテであっても希望者多数だ」
「? ここは全寮制の男子校だよな?」
「ああ、それが?」
「男同士で伴侶となる……?」
「おう。だから、それが?」
「男同士で結婚できるのか?」
「当然だろ。魔法使い間であれば、性別を問わずに妊娠が可能になって久しい。結婚制度もそれに応じて変わっただろう」
「えっ!?」
「どうして驚くんだ? まさかそれすら知らないんじゃ……――は?」
唖然としている榛名の姿に、政宗もまた驚愕した顔をした。
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