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―― 序章 ――
【一】祖父の死
しおりを挟むあまりにも呆気なく祖父が没し、家族葬を終えた現在、桐製の骨箱を手に持って、榛名彩月は呆然としていた。まだ全く実感がわかない。生まれつき青い瞳を、白い布で覆った骨箱へ向け、二週間前まで祖父と暮らしていた家へと戻ってきたところだ。
祖父を喪った悲しみが大きすぎるのか、涙すら出て来ない。
榛名の祖父、峰守章は、両親が亡くなってから、ずっと育ててきてくれた。幻想小説家をしていて、その執筆の傍ら、古武術の道場を開いていた。それが二週間ほど前、急に倒れたと思ったら、心筋梗塞で急逝してしまった。
現在は二月、来月には中学校を卒業する。
受験はこれからで、近隣の公立校を受験する予定だったが、天涯孤独となってしまった現在では、学費を払うあてもない。水道光熱費を支払う事を考えても、進学は無理だ。働くほかないだろう。
今、それらを相談する相手はいなくなってしまった。
祖父だけが、己の身寄りだったからだ。
「中に入らないのかい?」
その時、後ろから声がかかった。緩慢に榛名が首だけで振り返ると、そこには薄手のコートを纏った青年が立っていた。年の頃は、三十代前半だ。薄い茶色の髪を後ろに流していて、ストライプの入った灰色のスーツを着ている。
「貴方は?」
「私は眞田識文。お祖父様とは既知の仲でね。訃報を聞いて驚いた。急いで駆けつけてきたのだけれど、どうやら死に目には間に合わなかったようだ」
「そうでしたか……」
頷きつつ、内心で榛名は怪訝に思った。
祖父が倒れた事を、榛名は誰にも連絡していない。祖父は倒れてからずっと意識が無かったから、自分で余所に連絡が取れたとも思えない。果たしてこの眞田という人物は、一体何処で祖父について知ったのだろう。そう考えはしたが、祖父を思ってきてくれた人間は初めてであるから、追い返す気にはならない。
「実は、お祖父様から頼まれ事をしていてね」
「頼まれ事?」
「もし自分に万が一何かがあった時、君の後見人になってほしいと言われていたんだ。少しゆっくりと話がしたい。家の中に入れてもらえないかな?」
初めて聞く話に榛名は驚いたが、祖父の遺骨を仏壇に運びたいという思いもあったので、眞田に対して頷いた。
「どうぞ」
「失礼するよ」
二人で玄関を抜け、今に行く。その隣の仏間に、榛名は骨箱を置いた。
それから戻って、湯飲みに緑茶を二つ用意する。
「お構いなく」
眞田はそう言うと、持参していた鞄から白い大きな封筒を取り出した。
そしてB5サイズのパンフレットを取り出すと、黒い卓の上に置いた。
「私はね、ここで理事長をしているんだ」
「カルミネート魔法学園……?」
「そう。中高一貫制で全寮制の男子校だよ」
「魔法って……」
パンフレットの表紙に写っているまるで古城のような写真を見て、途端に榛名は胡散臭い気持ちになった。眞田が詐欺師か何かである可能性を、漸く考え始める。この現代日本において、魔法など存在しないフィクションの産物である事は衆知の沙汰だ。
「榛名くん。君の亡くなったご両親、そして勿論お祖父様も、実に優秀な魔法使いだった。それを君は知らないだろう?」
「はぁ……? そうですね。そんな職業は存在しませんし」
「魔力を持たない者が圧倒的多数の社会であるから、秘匿されているんだ」
「宗教の勧誘なら、お断りします」
「さて弱ったな。どうやって信じてもらおうか」
苦笑した眞田は、それから人差し指を立てると、くるくると回した。
「へ?」
すると急須が勝手に持ち上がり、湯飲みにお茶を注ぎ足し始める。
先程まで己が持っていた急須に、果たして手品のトリックを仕込む暇があったのか、榛名には判断が付かない。だが、急須が勝手に宙に浮かぶなど、手品でなければあり得ない。
「カルミネート魔法学園では、教養科目として国・数・英・理・社と、魔法科目としていくつかの特殊な講義を行っている。魔法使い養成校としては名門中の名門だ。入学資格自体が非常に厳しい。その上で、難しい入試を突破しなければ、入学は勿論編入も出来ない。だが、君ならばあるいは容易な試験かもしれないな」
眞田が指を鳴らすと、急須が卓の上に静かに降りた。
「お祖父様の執筆されていた書籍群は読んでいたんじゃないかな?」
「え、ええ……祖父の書いた幻想文学は、暗記するように言われていたので、全て記憶していますけど……?」
「そのタイトルは?」
「たとえば……魔法学概論だとか……」
「そう。それらをカルミネート魔法学園では教科書として採用している。お祖父様が書いておられたのは、教科書を含む重要な魔導書だった。決して小説作品ではないんだ。あれらを記憶しているとすれば、入試に難も無いだろう」
楽しそうな眞田の声に、困惑したまま榛名は視線を向ける。
「優秀な成績さえ維持すれば、カルミネート魔法学園日本校は学費も無料で、全寮制だから君はベッドと食事も手に入れられるだろう。外部編入試験を受けたまえ」
「でも」
「君にとって、悪い話では無いはずだ。魔法の真偽など高等部編入後に確かめればいいじゃないか。急須の浮遊で信じられないというのであればね。私は確かに君の後見人になりはするが、君が入学を拒否するというのであれば、いくつかの別の考えも持ち合わせている。それらは、君にとっては快くない選択肢となる可能性もある」
喉で笑っている眞田を見て、実際この提案を呑み合格すれば、取り急ぎ生活は保障されるだろうと考えた。他の選択肢は分からないが、ゆっくり考える時間が生まれるかもしれない。
「眞田さん」
「なんだい?」
「過去問とか、ありますか? 願書の提出期限や、受験の会場は?」
「私は物わかりのよい聡明な子には非常に好感を抱く。願書は提出しておくよ。過去問はこの封筒に入っている。受験の会場は、試験の前日に私が迎えに来るから心配ない」
こうして、榛名の進路が一つ決定した。
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