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―― 第二章 ――

【第十四話】食後の珈琲(時東&高砂①)

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 その後、ゼクスがシャワーを浴びにいったので、ダストボックスに夕食で出たゴミを捨ててから、高砂はリビングのソファへと振り返った。珈琲を二つ用意し、高砂はリビングへと戻る。

「ねぇ、時東」

 高砂はカップをそれとなく時東の前に置くと、斜め横に座った。

「なんだ?」
「この部屋、甘い匂いがしない?」
「それが?」
「それがって……もし壁に穴でも開いてたら、雨が降り始めたら俺達は死ぬけど、それがってどういう意味? どういう意図?」
「穴なんかあるはずがないだろ、俺とお前が最終チェックまでして」
「……それは、そうだけど。でも、俺だけじゃないって事だよね? 『それが?』って言うんだから」

 高砂はそう言ってから、己の分のカップを手に取った。するとしげしげとタブレットを見ていた時東が、それを高砂に向かって差し出した。

「英刻院総理から受け取った」
「それ、俺が見てもいい系の守秘義務の範囲内? 時東だけがあの後部屋に残されたのに」
「俺は根幹に関わっているから別だ。きちんとデジタルマーカーで、お前にも伝えろと記載されているから安心しろ。高砂ってたまに、変なところで心配性だよな」
「悪い? 俺はなるべく石橋は叩いて生きていきたいんだよ」
「叩き壊さないように気をつけろ」

 時東の言葉に頷いてから、高砂はタブレット端末のモニターを見た。

 ――極秘の判と共に、『番い判定書』という記載がある。
 その内容を視線で追い、高砂は眉を顰めた。

「なにこれ? ゼクスってオメガかつ俺と君の番いなの?」
「判定ではそうなってる。そしてこの判定に、間違いは考えられない」
「運命の番いって普通一人なんじゃないの?」
「俺はゼクスを運命の番いだと思ってるぞ」
「……へぇ」
「高砂は何か、直感とかは無いのか」
「……」

 心当たりがあるため無言になった高砂を見て、時東が吹き出すように笑った。

「ゼクスがオメガである事は疑わないんだな」
「これだけ甘い匂いがしていたら、納得するしかなくない?」
「まぁ、そうだな」
「だろ? 俺の気のせいでない限り、この部屋はピザの香りでもかき消せない匂いがする。ただ飲食物とそれは別の系統だというのも夕食で判断していたから、それこそ〝フェロモン〟と言われたら、納得するしかない。オメガ特有の甘い香りだからね」

 不機嫌そうな表情で高砂が言い切ると、時東が頷いた。

「どうする? 俺と争うか?」
「別に俺個人は、現時点でゼクスに対して運命を感じた事は無いよ。ただ、オメガなのかもしれないと直感はしてた。ただその曖昧な感覚を、〝運命〟と名付ける事には抵抗がある。それが本音」
「俺はゼクスを一目見た時から、頭の中に鐘の音がするから、〝運命の相手〟だと確信してる。別に番いになれるかどうかだとかは、どうでもいいんだ、この際。あれだな、即ち――」
「一目惚れ?」
「そう、それだ。中身はまだ知らん」
「……あ、うん。それは俺も同じだけどさ……可能性は何事もゼロではないし、今後俺がゼクスに惚れる日だってあるかもしれないから、今は明言は避けるけど、今後中身を知ったら俺だって惚れるかもしれないよ。時東こそ、俺と争う?」

 高砂がしらッとした顔をして、カップを傾ける。すると時東が今度こそ笑い始めた。

「お前と俺が今争ったら、箱舟が出航できない。俺はそのリスクと片想いの辛さを天秤にかけるならば、現時点なら生存を取るぞ。出航してから考えても遅くないだろ、俺達は二年間くらい海を漂流するんだからな」

 時東の言葉を聞いて、カップを置いてから、高砂が腕を組んだ。

「ゼクスが俺の事も時東の事も『生理的に無理嫌いイヤだ』って言いだす可能性もあるしね」
「まぁな。いくら子孫が必要だと言え、無理強いしたいとは思わん。何せ俺は今、ゼクスにときめいてるからな。好きな奴の幸せは祈りたい」
「ゼクスにはまだ伝えてないんでしょう? 戻ってきたら話す?」
「話す必要性を俺は感じてない」
「どうして? オメガ側にも自衛してもらった方がいいんじゃないの?」
「『俺か高砂がお前の伴侶だ』――なんて、この状況で告げて余計な混乱と恐怖を巻き起こして、逃亡でもされたらどうする? 箱舟の人員は、乗船リストのメンバー全員がいないと出航しないんだぞ。神が沈没させるんだろ?」
「……二千人もいるのに、たった二百人のリストメンバーの顔が識別できる神様ってすごいよねぇ」
「懐疑的なのか?」
「別に。神の存在を疑ってたら、今俺は、この箱舟に乗ってないよ」

 それから高砂は溜息をついた。

「そうだね。時東はゼクスに、『保護』と説明したけど、この近辺のフロアは、実質『監視』されているが正しいからね。千八百人の国が選んだ人間を避難させるには、国内から二百人乗せなければならなかったと換言出来る」
「その通りだ。ゼクスには、必要時まで告げる事はないだろ」
「――本人、抑制剤は飲んでるんだよね?」
「ドラッグストアでの購入履歴がある」
「怖い監視社会だと言いたいところだけど……それでこの香りじゃ、発情期が思いやられるよね」
「理性を失くしそうで怖いって?」
「時東は怖くないの?」
「別に? 嫌がって泣かれたら罪悪感はあるかもしれないが、早く噛みたいレベルだ」
「俺はまだ自制できるけど、君もきちんとラット抑制剤を服用したほうがいいよ」
「そんなもんは、してる。抑えるのが、それでも大変だ、少なくとも俺はな」
「……俺もだよ」

 二人がそんなやり取りをしていると、ゼクスが戻ってきた。高砂は素知らぬ振りで時東にタブレット端末を返却し、受け取った時東はその電源を落とした。


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