なぜ同じ部屋になるんだ!

猫宮乾

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なぜ同じ部屋になるんだ!

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 学生時代、俺とバ会長の檜山は、犬猿の仲だった。

 元々風紀委員と生徒会の仲が悪かったというのもあるが、とにかく俺達の間には喧嘩が絶えなかった。

 卒業してもう二度と会わないだろうと思いながら、俺は外部の教育学部へと進んだ。だというのに何故なのか、大財閥の次男で家の仕事を継ぐために経営学部に行くとばかり思っていた檜山は、俺と同じ大学の、同じ教育学部にいて、時々講義がかぶる始末だった。

 その後俺は、母校の給料が非常に高い事に気づき、採用試験を受けた。

 今度こそ会う事は無いだろうと思っていたら、まさかの奴も母校に赴任。

 俺達は三年前にそろって新任教師となり、今年で三年目。

 俺は風紀委員会の顧問に、檜山は生徒会の顧問になった。

 なお、教師は基本的に寮の部屋は二人部屋だ。

 昨年まで俺は、生物教師の宮城先生と同じ部屋だったのだが、その宮城先生は、部屋替えを申し出た。保健医の五島先生と恋人同士だそうで、二人部屋を希望した結果だ。さてその五島先生と同じ部屋だったのが、檜山だ。最悪である。

「なんでお前と同じ部屋なんだ……」

 俺は目を据わらせた。

 先に来ていた檜山が、共有スペースのリビングのソファに陣取っている。

「俺だって、てめぇと同じ部屋なんて断りたくてたまらねぇ」
「はぁ……どちらの部屋を選んだんだ?」
「右だ」
「そうか。では俺は左を使わせてもらう」

 高級な缶ビールを開けている檜山は、煙草を吸っている。最近、ホスト教師なんてあだ名されている。担当は、数学だ。

 俺は自分の部屋に入って荷物を置きながら、リビングに積んである段ボールの移動をしなければならないと考える。ちなみに俺の担当は、英語だ。

 しばらくは持参した荷物の整理をし、その後俺はリビングに戻って、箱を室内に運ぶ作業をした。その間もずっと檜山はリビングにいた。それが落ち着いたので、俺は教材研究をするかと、机の前に座る。

 ノックの音がしたのは、その五分後だった。

「なんだ?」
『その……せ、せっかく同じ部屋になったわけだしなァ? し、親睦でも? と、その……俺様なりの気遣いだ』
「……」

 結構だと言いたかったが、今後、共同生活を送るのだと、頭に思い浮かべる。現在の俺たちは、職務上の同僚だ。上手くできるのならば、それに越したことはない。それに俺にも、聞いてみたい事が一つあった。

「今行く」

 こうして俺は扉を開けた。

 それからソファの前に行くと、高級そうなつまみがあり、檜山が俺に一本ビールの缶を冷蔵庫から取り出し、差し出してくれた。例を告げて、対面する席に座る。

「ところで檜山」
「あ?」
「――お前は何故教師になったんだ?」

 これが俺の聞いてみたかった事だ。

「まぁ今じゃ、生徒はかわいいが、別に俺は教師になりたかったわけじゃねぇよ」
「そうなのか? じゃあどうして教育学部に?」
「……好きな奴を追いかけて行っただけだ」
「へ? そうなのか? あの大学に、知り合いがいたのか?」
「……」
「付き合えたのか?」
「いや……」
「まぁいい。で? 何故ここに? 全寮制では、好きな相手にも会えないだろうに」
「……はぁ。なんで気づかねぇんだよ。宮城と五島を言いくるめて部屋替えまでさせた俺様の手腕は見事なはずなのに、どーして、どーして、どーして肝心の高遠は何も気づかないんだよ!」
「俺が何を気づかないというんだ?」
「そういうとこだぞ!」

 声を荒げてから、檜山が缶を呷った。俺も一口ビールを飲む。

 しかし学生時代からは考えられない。檜山とまさか、恋愛の話をする日が来るとは。人生とは分からないものである。

「その、た、高遠こそ、好きな奴とかいねぇのか?」
「いないが」
「だろうな。いる気配を察知していたら、とっくに俺が潰している」
「物騒だな。そんなに俺に恨みでもあるのか?」
「そういう意味じゃねぇよ! だ、だから……てめぇに恋人が出来たら嫌だって言ってんだよ」
「自分にいないのに、同室の相手にできたら惨めだとか、そういう事か?」
「全然違う! もういい、この際だからはっきり言う」
「ん?」
「俺はてめぇの事が好きなんだ!」

 突然の告白に、俺は目を見開いた。

「悪い、もう一回言ってくれ」
「高遠が好きだ」
「酔ってるのか?」
「いいや? 俺様はこの程度じゃ酔わねぇよ」
「……本当だとして、一体いつから?」
「てめぇが中等部から外部入学してきて、その……俺様と対等だというのを見ていたら、気が付いたら気になっていて」
「対等? 常に俺が勝利していたが?」
「黙って聞け! と、とにかく。俺は中等部の一年の時から、ずっとお前が好きだ」

 僅かに檜山の頬が赤い。とても嘘を言っているようには見えない。
 しばしの間、俺は茫然としていた。

「返事、寄越せよ」
「あ、ああ……悪い、そんなに前から……? 全く気付かなかった……てっきりお前は俺が嫌いなんだとばかり……」
「俺様も子供だったからな。素直になれなかったんだよ。今もまぁ、そういう部分はあるが」
「……あ……ええと、考えさせてもらえないか?」
「即答でお断りでなくて幸いだ。ああ。じゃあ一週間待ってやる」
「ん、ああ……」

 ちょっと期限が短い気はしたが、俺はこの場では断らないつもりだったので了承した。少なくとも俺だったら、10年以上の片思いを、よく考えずに振られたら、泣いてしまう。

 それに、俺は檜山を恋愛対象として考えた事は一度もないので、考えるくらいはしてもいいと思っていた。




 ――翌日から、俺は檜山を観察した。

 確かに大人になったようで、昔より人の話を聞く。生徒からの人望もある。特に教え方はわかりやすいと評判だ。同僚としても、客観的に見れば尊敬できるところはたくさんあった。俺はこれまで、嫌いだとしてみていたから、気が付かなかった。逆に言えば、俺も相当檜山を、ある意味意識して生きてきていたらしい。

 檜山はさすがは元抱かれたいランキング1位だけはあり、今も絶大な人気を誇っている。整った容姿と、自信に満ちた言動。それこそ客観的に見れば、人気が出ない方がおかしいだろう。特に、大人になって落ち着いてきた、今は。

 そんなある日だった。

 放課後、俺は生徒に質問を受けて楽しそうにしている檜山を見つけた。囲んでいる生徒たちは、控えめに言っても檜山に恋をしているようにしか見えなかった。その輪が解散してから、俺は檜山に歩み寄った。

「おい」
「あ?」
「なにを、生徒にチヤホヤされてテンションをあげているんだ」

 正直俺はモヤっとしていた。

「お前は俺を好きなんじゃなかったのか?」
「なんだよ、嫉妬か? あ?」

 するとニヤリと笑われたから、俺は不機嫌をそのままに頷いた。

「そうだ」
「! えっ?」
「俺を好きなら、俺だけを見ていろ」

 そう告げて俺が歩き始めると、慌てたように檜山が俺の隣に追いついてきた。

「そ、それって……」

 俺はもう自分の気持ちに気が付いている。

「一度だけ言ってやる。俺も、お前が好きらしい」
「!」
「恋人になってやる。だから、きちんとしろ」
「――おう。幸せにする」

 すると檜山が満面の笑みになった。俺は檜山の心からの笑みや、こんなにうれしそうな顔を見るのが初めてで、なんだか虚を突かれた。

「早速今夜は寝かせねぇ」
「即物的だな」
「風紀委員会顧問様はお堅いねぇ」
「黙れ。さっさと職員室に戻るぞ」

 これが、俺達の契機となった。俺が檜山に抱かれるまで、もう少し。





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