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―― 第二章 ――

【十六】新生活の開始

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 昨日はあの後、シャワーを浴びてから、昼食や夕食はヨル様と共に口にした。その場でも様々な話を聞いたが、夢が覚める気配は無く、本日は新しい朝を迎えた。

 今日から僕の神子としての新生活が始まったといえる。
 社畜として激務に臨んでいた僕は、日が高く昇ってから目を覚まし、寝台の上で伸びをした。こんなにじっくり眠ったのは、一体いつ以来だろう。休日出勤がない週末の、死んだように眠っていた感覚とも異なり、熟睡して目を覚ました。僕は枕が変わっても眠れるタイプだ。寝つきも良い。

 王宮の侍従だという青年を伴い、今朝は九時頃ヨル様が僕に起床を促してくれた。
 それまで爆睡だった。
 なんでも軽食を朝の十時にとり、昼の十二時半に昼食、夕食は午後の六時から八時頃の間に口にするらしい。夕食の際は、誰かと食べる場合などで時間が前後するそうだった。昼食時は、可能な限りヨル様が顔を出してくれるらしいが、こちらも場合によっては他の誰かと食べると聞いた。

 ……例を挙げると、親睦を深めたい相手とらしい。

 今は朝食時――腕時計は、十時十五分を示している。
 基本的に侍従や護衛の騎士といった人々は部屋の外にいるらしく、僕は一人だ。現在ヨル様は、僕がこの世界に帰還する際に行われた儀式の後処理で多忙らしい。

 なお着替えの手伝いを申し出られたが、今日は断った。一度覚えてしまえば、着脱はそう困難では無かった。

「……でも、慣れないな」

 着心地は良いが、まだ、何もかもに慣れない。
 たとえば今、テーブルの上では、宙にティポットが浮かんでいる。これも星魔術らしい。そこからカップに紅茶が注がれている。カップが満ちると、ティポットの向きが変わり、それが静かにテーブルまで降下して、そこに鎮座した。

 料理自体は、トパーズ宮で食べた最初の物とは異なり、この王都フラムの食事は、それこそ僕が知る洋食らしい洋食が多い。

 本日はフワフワのパンと、バター。
 スープはコーンクリームでクルトンが浮かんでいる。サラダのレタスはみずみずしくて、星型に型抜きされたチーズや、千切りの人参やキャベツも入っている。メインは、カリカリに焼かれた厚切りのベーコンだった。ただ、いずれも少量だ。

 ナイフとフォークを手に、僕は朝食を口に運ぶ。
 味も美味で、こちらは僕の認識だと、ファミレスの朝食セットよりも少しばかり高級に思えた。

 ノックの音が響いたのは、そんな事を考えていた時の事だった。

「はい」

 視線を向けながら、僕は声をかけた。

『アルだけど、入っても良いか?』
「ああ、どうぞ」

 昨日顔を合わせた赤髪の青年を思い出しながら、僕は同意した。
 すると静かに扉が開き、見ていると明るい表情のアルが顔を覗かせた。

「おはよ! 食事中か?」
「おはよう。もう食べ終わるから大丈夫」

 僕が答えると、何度か頷き、アルが歩み寄ってきた。そしてテーブルを挟んで、僕の正面のソファに座した。

「昨日、案内するって話しただろ? 良かったら、まずはこの王宮からと思ってさ」
「良いの? 助かる」
「勿論。断られなくてこっちこそ良かった」
「正直、する事も無くて暇だし、本当に助かる」

 素直に僕が答えると、アルが笑み交じりの声を出した。

「神子なんだから、忙しくなったら、そんな事は言ってられなくなるんじゃないか?」
「そうは言うけど、僕に出来る事が、少なくとも今日は何も無いみたいで。朝顔を合わせた時、ヨル様にも『今日は休んでいて』と言われてさ。つまり、部屋で大人しくしてろって事だと思った」
「それは暇だな。じゃ、いっぱい案内するよ! 任せてくれ!」

 気さくな口調のアルの声音に、僕は嬉しくなった。その後アルは、僕が食べ終わるまでの間、雑談に付き合ってくれた。本当に彼とは良い友達になれる気がする。


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