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―― 第一章 ――
【七】腕時計
しおりを挟むその時、扉をノックする音が響いた。
「誰?」
『リジェクです。王宮から、ヨル様へと火急の知らせが』
「そう、すぐに行く」
僕に対してとは異なり、静かに答えたヨル様は、その後小さく一人頷いてからバルトを見上げた。
「少し出てくるから、カナタくんの事をお願いします」
「……ああ」
不愛想ながらも、バルトが頷いたのを確認すると、ヨル様が改めて僕を見た。
「じゃあ、また後で。他に分からない事があったら、バルト様に聞くと良いよ」
「分かりました」
首を縦に振った僕を見ると、微笑を零してから、ヨル様が部屋から出ていった。
扉の開閉音を聞いてから、僕は腕を組んだ。会社帰りのスーツ姿のままだ。コートは着ていない。分からない事は、聞いて良いんだったな。
「あの、僕が上に着ていたコートは何処に?」
「侍従が洗濯している」
「有難うございます」
養父母から貰った品なので、捨てられていなくて安堵した。
「意識を落としていた為、取り急ぎヨル様がこちらに寝かせたと聞いている」
「そうだったんですね」
「この部屋は、儀式を行ったサジテール領のペリドット宮の客室だ。一般的な貴族服なら用意させる事が出来る」
「確かに着替えたいかも……僕、どのくらい寝ていたんですか?」
「俺が戻ってきたのは二時間ほど前だ。その四時間は前、夜の零時を回った頃に、儀式が成功し、そしてすぐに保護をしてこちらへと帰還したはずだ」
「この世界にも時間概念はあって、それは僕が知ってる昼夜十二時間ずつ合計二十四時間で合ってますか?」
左腕の時計を見ながら、僕はそれとなく尋ねた。腕時計が正しく機能したままだとすれば、今は朝の六時半だ。普段であれば、とっくに始発に乗っている時刻である。
「箱庭世界の時間は、元々がこちらの大陸時間をモデルに創り出されたと聞いている。不死鳥神話の一節に出てくる」
「地軸とかあります?」
「それは、『科学』と呼ばれる知識か?」
「はい」
「無いはずだ。ここは惑星ではない。仮にそうであったならば、このサジテールの地にも、春や夏、見た事は無いが秋が訪れたはずだが、年中この領地は雪に覆われている」
「え? 惑星じゃない? とすると? ここは? 何の上に存在しているんですか?」
「火の国イグニスロギアの他、地・風・水の各国は、いずれも星庭の上に浮かぶ陸地に存在する」
「この部屋窓が無いので確認出来ないんですが、朝とか夜とかはありますか?」
「それは存在する。太陽と月、そして星が星庭の陸地の周囲を廻るからだ」
「つまり天動説?」
「天空や星の知識は、ソラノの一族の得意分野だ。俺には分からない。ヨル様に聞くと良い」
淡々とではあったが、バルトは答えてくれた。一応僕の腕時計は、太陽光で充電されるので、この世界でも問題無く機能しそうで安心した。
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