60 / 61
【六十】夢の恐怖と導き手Ⅲ
しおりを挟む墓石の前で、俺は冬の風に吹かれている。
これは、誰の墓なのだろう。俺はそれを知らない。
人は、最後には、結局の所一人なのだ。だから、俺は不幸などではない。
「今度は俺を夢で殺したのか……まったく、よくやるよ、ネルスも」
背後から苦笑交じりに言われ、俺は振り返る。夢は、夢なのだ。もう俺は、現実と区別できる。
「どうやら俺は、不幸を求めているみたいだ」
「ああ、そうらしい――一つ提案がある。その力、もう潔く封じてしまったらどうだ?」
「そんな事が可能なのか?」
俺が目を丸くすると、エガルが腕輪を一つ取り出した。そして、結婚指輪がはまったままの、俺の左手を取った。
「樹の国の遺跡を探してきたんだ。ただし、これを身につければ、二度と外れない。願ってももう夢は視られなくなる」
「構わない。幸せな夢も、辛い夢もいらない。誰かの精神を操るような事もしたくない」
腕輪を奪うように受け取って、即座に俺は手首にはめた。
変化は、特に感じない。
「どうだ?」
「とりあえずエガルが生きているのが夢では無いと分かって心底安堵した」
「それは何よりだが、これで俺は、心置きなくお前を黄泉の国へと送る事が出来るようになったという事態でもあると理解しているか?」
溜息をついたエガルは、呆れたようにそう言ってから、クスクスと笑った。
それを見て、俺は笑った。
「試してみると良い。きっと俺は返り討つ」
「強気だな」
「俺は臆病だから、自ら死を選んだりはしないんだ」
「それは臆病とは似て異なる。生への執着は、命ある者の本能のようなものだ」
エガルの声に頷いてから、一緒に帰る事にした。歩きながら、ふとエガルを見た。
「エガルは不思議だな。何でも知っていて、何でも出来る。不死者だとは分かったが……元々は何者なんだ?」
するとエガルが、小さく吹き出した。
「ただのネルスの友人だ。それで良いだろう?」
深く追求する事はせず、俺の速度に合わせてくれるエガルと共に、帰路につく。その後、何気ない話をしながら、俺達は帰宅した。
そのようにして、その後の毎日も続いていった。俺達は、死が無いから終わらない。だが、俺の中の記憶の一頁は、既に閉じられ、別の頁が始まっている。そこには、もうエガル以外の懐かしい名前は一つも無いが、それは別離の結果ではなく、時の経過のせいだ。
腕輪と指輪を時折眺め、俺は日々を過ごしている。
「そういえば、あの墓標は、誰の墓だったんだろうな?」
ある日何気なく思い立ち、一人で墓地へと向かった。そして俺は、名前を確認した。そこにはラッセルと記載されていたが、俺は聞き覚えがある気がしたものの、誰の事なのか思い出せなかった。
「……もう、魔王の事以外は、あまり思い出せないな」
悠久の時が、廻っていく。次々と、歴史が紡がれていく。もう、俺は夢を見ない、それだけが、明確で――他の物事は、風化していく。
「会いたいな……」
俺の声が、空に溶けていった。
その後俺は、数年を経て、黄泉の国へと向かう決意をした。終始エガルは呆れていたが、俺を止める事は無かった。
0
お気に入りに追加
273
あなたにおすすめの小説
魔王様の小姓
さいとう みさき
BL
魔族は人を喰う。
厳密には人の魂の中にある魔力を吸い取る。
そして魔族の王たる魔王は飢えた魔族を引き連れ、今日も人族の領域に侵攻をするのだった。
ドリガー王国の北にあるサルバスの村。
ここには不幸にも事故で亡くなり、こちらの世界に転生した少年がいた。
名をユーリィと言い、前世では立派な料理人になることを夢見ていた。
そんな彼の村にもいま、魔族の魔の手が迫るのだった。
奴隷騎士のセックス修業
彩月野生
BL
魔族と手を組んだ闇の軍団に敗北した大国の騎士団。
その大国の騎士団長であるシュテオは、仲間の命を守る為、性奴隷になる事を受け入れる。
軍団の主力人物カールマーと、オークの戦士ドアルと共になぶられるシュテオ。
セックスが下手くそだと叱責され、仲間である副団長コンラウスにセックス指南を受けるようになるが、快楽に溺れていく。
主人公
シュテオ 大国の騎士団長、仲間と国を守るため性奴隷となる。
銀髪に青目。
敵勢力
カールマー 傭兵上がりの騎士。漆黒の髪に黒目、黒の鎧の男。
電撃系の攻撃魔術が使える。強欲で狡猾。
ドアル 横柄なオークの戦士。
シュテオの仲間
副団長コンラウス 金髪碧眼の騎士。女との噂が絶えない。
シュテオにセックスの指南をする。
(誤字脱字報告不要。時間が取れる際に定期的に見直してます。ご報告頂いても基本的に返答致しませんのでご理解ご了承下さいます様お願い致します。申し訳ありません)
田舎のヤバすぎる奇祭で調教される大学生
抹茶
BL
【特殊性癖もりもり注意】媚薬、拘束、無理矢理、睡姦、3Pなど、愛はあったりなかったり。大学生の澪は、サークルの先輩に誘われて、田舎の夏祭りの手伝いをすることに。そこでは子宝祈願の怪しすぎる儀式が受け継がれていた。境内に組まれた舞台の上で、衆目に晒されながら犯される……
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
部室強制監獄
裕光
BL
夜8時に毎日更新します!
高校2年生サッカー部所属の祐介。
先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。
ある日の夜。
剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう
気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた
現れたのは蓮ともう1人。
1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。
そして大野は裕介に向かって言った。
大野「お前も肉便器に改造してやる」
大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…
首輪 〜性奴隷 律の調教〜
M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。
R18です。
ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。
孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。
幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。
それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。
新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる