黒薔薇の刻印

猫宮乾

文字の大きさ
上 下
57 / 61

【五十七】樹の神の力Ⅱ

しおりを挟む



「最近世間では、二つのお伽噺が人気だそうだ」
「お伽噺?」
「一つは、昔から大人気の、死神の話だ。黒薔薇の紋章を肌に刻んだ死神が、神の力が宿る王族達を根絶やしにしていき、魔王の妃となる悪役譚だ」
「……そうか」
「そしてもう一つ。最近生まれたお伽噺だ。お前の子孫が広めたのだろうな」
「え?」
「――攫われ、囚われの身となり、子を孕ませられた悲劇の王子と、攫ったはずが心を最後には奪われた魔王の話だという。既に魔王討伐劇から十数年が経過しているからな。魔王を別の観点から捉える物書きも現れたようだ」
「酷い冗談だな。俺が、魔王の心を奪ったなどという法螺話は、死神の物語より先に消えて欲しい」

 短く俺が吹き出すと、エガルが首を捻った。

「案外的を射ているのかもしれない。お前には辛い日々だったのだろうが、周囲から見ると、幸せもあったのでは無いかと考えさせられた」
「だから、俺は辛いだけじゃ無く、確かに幸せで――」
「ならばその幸せの記憶を、お前以外も目撃していたという事だ。良かったな」

 思わず息を呑む。いつか、俺を抱きしめてくれた魔王の腕の温もりが、甦ってきた気がした。

 ――俺は、それが嫌では無い。

「なぁ、エガル」
「なんだ?」
「とても幸せだと気づかされた。だから、黄泉の国に行こうと思うんだ」
「だから魔王の復活などやめておけと――」
「いいや、そうじゃない。俺を殺してくれ」

 もう、俺は満足だ。ただ、今では愛おしいと思えるようになった相手のそばで、過ごしたい。幸せを知った今だからこそ、悔いはない。やっと、臆病な心から、俺は解放されるようだ。

 驚いた顔をした後、すいとエガルが視線を逸らした。

「断る」
「友情を感じてくれているのならば――」
「違う。お前に害をなせば、死神の力で俺まで黄泉の国に行く羽目になるかもしれない」
「もう呪いなどないし、そんなお伽噺は……」
「まだ気づいていないのか? 結局の所、お前自身が全ての手を下しているに等しいんだぞ」
「……え?」
「お前は、樹の神の力を生まれながらに持っている。樹の神の力の本質は、脳の支配だ。お前が放っている魔力を感知し、お前に害なした者を屠るのに最適な存在が選び出され、そしてお前を救出しては、敵を滅ぼしている」

 初め、俺は何を言われているのか、理解出来なかった。

「――それじゃあまるで、俺が魔王を殺めたみたいに……」
「結果だけ見れば、そうなるな」
「違う、俺は本当に魔王を愛して――」
「お前が愛そうとも、樹の神の愛は及ばなかったのだろうな」

 嘆息したエガルを見たまま、俺は暫しの間硬直していた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捜査員は柱の中央で絶頂を強制される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

市川先生の大人の補習授業

夢咲まゆ
BL
笹野夏樹は運動全般が大嫌い。ついでに、体育教師の市川慶喜のことも嫌いだった。 ある日、体育の成績がふるわないからと、市川に放課後の補習に出るよう言われてしまう。 「苦手なことから逃げるな」と挑発された夏樹は、嫌いな教師のマンツーマンレッスンを受ける羽目になるのだが……。 ◎美麗表紙イラスト:ずーちゃ(@zuchaBC) ※「*」がついている回は性描写が含まれております。

生意気な少年は男の遊び道具にされる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

俺は触手の巣でママをしている!〜卵をいっぱい産んじゃうよ!〜

ミクリ21
BL
触手の巣で、触手達の卵を産卵する青年の話。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

処理中です...