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【五十四】死Ⅰ
しおりを挟むしかし、最後まで俺は臆病だった。ナイフを持つ手が震えてしまい、喉にあてがった時には、魔王に手首を強く掴まれた。
「短絡的だな、お前は」
「っ、離――」
「黄泉の国に行っても、俺はお前を呼び戻せるんだぞ。刻印がある限り。お前に逃げ場などないんだ」
それを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。足下が崩れていく感覚がした。
「お前は、永遠に俺に囚われる事に、もう決定しているんだ」
恐怖がこみ上げてきて、俺は震えた。何か言おうと唇を動かした時、不意に魔王が俺の唇を奪った。その感触が、温度が、どうしようもなく愛おしく思えて、俺は混乱した。違う。俺は、魔王を好きになったりはしないはずだ。キスが心地良いなどと、思うはずはないのだ。
「もう諦めろ。いい加減、俺のものになってしまえ」
「……絶対に、嫌だ。お前なんか……」
そう言いかけた時、正面から優しく抱きしめられて、俺は息を呑んだ。体温が、優しい。思わず魔王の胸元の服を掴む。
「ネルス。一度だけ言う。俺は、お前が好きだぞ」
ぴしりと、その優しく甘い言葉を聞いた瞬間、俺の心が砕け散った。
――ああ。
もう良いではないか。そう、何かが俺に囁いた。
「俺も……俺も本当は……好きだ」
「よく言えたな。良い子だ」
魔王が子供をあやすように、泣いている俺の背中を撫でた。ポロポロと泣きながら、俺は暫くその腕の中に収まっていた。この日を境に、俺は壊れた。もう罅の入ってしまった心が修繕できなかった。ただ、ただただ、魔王の時折見せる優しさに浸り、快楽に身を委ねた。
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