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【四十四】旅路Ⅰ
しおりを挟む「――入れ」
ラッセルに見送られた後、いつか滞在した家の前に立って扉をノックすると、懐かしい声がした。静かに扉を開けたが、木製の戸は軋んだ音を立てた。
「久しぶりだな、ネルス」
「……そうだな」
「何をしに来た? ラッセルからの手紙では、用件があるとしか書いていなかったが」
「熱を……体の熱を、取って欲しいんだ。満月が来ても、熱くならないように」
「逆に満月にしか熱くならないように緩和してやったんだが……それまで取れと? 随分と面倒な依頼だな」
歩きながらエガルが言う。嘗て見慣れていた事もある食卓へと案内され、俺は椅子に座った。目の前にお茶が置かれる。両手でカップに触れ、俺は俯いた。
「……眼球を一つ差し出せば、叶えてもらえると聞いた」
「確かに魔力を宿す人体部位は特別だが、俺は綺麗なものを傷つける趣味が無い。お前には、今となってはその美貌くらいしか取り柄は無いだろう? それを失い、どうやって生きていくんだ? 隻眼が醜いというつもりはないが、揃ってはまっている方が魅力的だと考えるぞ」
正面の席で、フードを取ったエガルが、俺を見ながらそう述べた。それからお茶を飲み込んで、再びカップを置く。
「快楽に飲まれてしまえば良いでは無いか」
「……もう、辛いんだ。それに、俺は死神なんだろう?」
「ラッセルの奴は口が軽くて困る。仮にも殺し屋だというのに、へらへらと」
「抱かれ、その相手や関係者が亡くなる姿も……もう見たくない」
「それは随分と善人だな。本心では、死んでせいせいしてるんじゃないのか?」
俺は口ごもった。その問いに、答えが見いだせなかった。自分の気持ちが分からない。果たして、そうなのだろうか?
「――一つ、解決策を教えてやろうか?」
「頼む」
沈黙していた俺を、気遣うようにエガルが見ていたから、反射的に答えた。
「黄泉の国が存在する。水の国でも占領できなかった秘境だ。何せ――死者の国だからな」
「黄泉の国?」
「ああ。黄泉の国には、死者の魂がいる。刻印を持つもの同士であれば、その魔力痕をたどって、伴侶に再会可能なはずだ」
「? それは……」
「黒薔薇の刻印をお前に刻んだ人間の魂に会って、刻印を消し去って貰うという手法となる」
「……」
「無償で俺が協力するのは、ここまでだ。黄泉の国は、太陽が沈む方角にあると言われている。行くのならば、好きにしろ」
そう言うと、エガルが俺を追い出すように手を振る仕草をした。お茶を飲み干し、俺は立ち上がった。そして小さく頷き、エガルを見た。
「有難う」
俺はそう述べてから、足を引きずって玄関へと向かった。
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