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【三十二】残酷な優しさⅠ
しおりを挟むその日から、俺の寝室は、殿下の私室になった。殿下の私室には、五つの寝室があって、その内の一つを与えられたのだ。ミネス達は、神産みが行われるのだと信じているのだと、ユーガ殿下は笑っていた。
だが、ユーガ殿下は俺を無理に暴こうとはしなかった。俺は、初めて体を繋がない状態で、人の腕の中で眠った。当初は、震えるしか出来なくて、緊張して眠れなかった。だが、二日目、三日目と、腕枕をされる内、俺は、殿下の腕の中で眠れるようになった。
朝目が覚めると、殿下は必ず優しい顔で俺を見て、髪を撫でる。
「おはよう、ネルス殿下」
「……おはようございます」
「うん。今日の朝食は何だろうな?」
明るい表情で、殿下が言う。俺には、毎日、人間らしい食事が三度与えられるようになった。ネルス殿下は、日中は私室の隣の執務室に行く。その間、俺は俺のものになった寝室で、殿下が贈ってくれた本を読むようになった。活字に触れるのなど、久方ぶりだった。
仕事が終わると、殿下は戻ってきてすぐ、俺を抱きしめて額にキスをする。その温度が擽ったい。いつも俺は、それだけで泣きそうになってしまう。殿下は、俺をドロドロに甘やかす。その優しさが怖い。いつかきっとこんな幸福は、消えてしまうと思うからだ。俺は、常にどこかで怯えていた。
「また暗い顔になったな」
「……っ、その」
「まだ安心できないか? 何が不安だ?」
「……」
「ネルス殿下。教えてくれ。きちんとその、流麗な声で」
俺はギュッと目を閉じた。睫毛が震える。
「……ユーガ殿下がいなくなってしまったらと思うと、怖くて」
「そうか、嬉しいな。俺を想ってくれるようになったのか?」
「想う?」
「――貴方は、まだ愛を知らないようだからな。時間をかけなければならない」
「?」
俺には、殿下の言葉の意味が分からなかった。だから何度か瞬きをしていたら、俺を腕から解放し、片手で殿下が俺の腰を抱き寄せ、もう一方の手で頬に触れた。
「本当に綺麗だな、ネルス殿下は。一目で惹きつけられてしまったんだ、本当は」
「……? それは、俺を抱くというのとは、違うのか?」
「いつかは、そうしたいと思う。だが、俺が欲しいのは心だよ」
「心?」
「ネルス。俺に恋をしてくれないか?」
「恋……? それは、どんなものなんだ? どうすれば、俺は殿下の期待に応えられる?」
必死に俺は尋ねた。俺に出来る事ならば、なんでもしたい。すると小さくユーガ殿下が吹き出した。
「好きになって欲しいという事だ」
「俺は、ユーガ殿下が好きです」
「それは、まだ、ただの依存だ。俺しか、縋る者がいないだけだろう? あのな、ネルス。世界は、広い。貴方の味方は、大勢いる。俺が欲しているのは、貴方の気持ちだ。俺に恋い焦がれてくれるまでは、自制する」
俺は何も言えなかった。
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