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【十六】塗り替えられるⅠ
しおりを挟む翌日、風の国に到着した。気だるい体で、俺はラッセルの後ろを歩いていた。何処へ行くのだろう。漠然とそれを考えていた。昨夜言われた『最適な仕事』という言葉が、頭の中に浮かんでくる。もう、抵抗する気力が起きないくらい、媚薬の熱が残っている体が熱い。
「せっかくの魔力持ちだからな。恩を感じてくれよぉ?」
そう言いながら、ラッセルは、俺を街外れの小さな邸宅の前に案内した。そして木製の扉を叩く。すると音もなく扉が開いた。そこへラッセルに突き飛ばされた。
「じゃあな。また会えたら良いな」
満面の笑みでそう言うと、ラッセルが扉を閉めた。結果、俺は暗い邸宅の中に取り残された。暫しの間、俺は立っていた。すると、蝋燭の明かりが近づいてきた。見れば、深々とローブを被った人物が、歩み寄ってきた所だった。
「酷い熱に侵されているようだな」
テノールの声音は、淡々としていた。虚ろな視線を向けていると、燭台とは逆の手に杖を持っているその人物が、それを掲げた。
「暫くは毒抜きが必要か。黒薔薇の刻印の解除は無理だが、ある程度の封印は可能だ」
「!」
「ラッセルから体の話は聞いている。青の魔力を持つ不憫な冒険者がいるとな」
その人物が杖を振った瞬間、俺の体がスッと軽くなった。驚いて瞬きをする。
彼は目深に被っていたフードを取った。現れた端正な顔は、二十代後半くらいに見えた。切れ長の目をしていて、その色は翡翠色だった。まじまじと見ていると、彼が踵を返した。
「ついてこい。名前は?」
「……ネルス」
「そうか。俺はエガル。魔術師だ。丁度、性奴を探していた、が、あまりに快楽に弱くては面白みが無い」
「っ、性奴……俺は、奴隷なんかじゃ――」
「すぐに気が変わるだろう」
歩いて行くエガルに、俺はついていくしか出来ない。逃げ出すべきなのか、迷っていた。だが、体から熱が引いた衝撃が大きくて、もしも解放されるならばと希望を抱いてしまう。
連れられて向かった先の部屋には、魔導灯が光るシャンデリアが下がっていた。古めかしい部屋だが、調度品が高級だというのは、一目で分かった。テーブルには、柔らかそうなパンとスープが並んでいた。
「今日はゆっくり休むと良い。まだ、人として扱おう」
「……」
俺はその言葉を聞いた時には、テーブルに駆け寄っていた。思わずパンを手に取り、本能のままに囓っていた。ラッセルとの旅においても、ベリアス将軍の家にあっても、俺はまともな食事などしていなかったのだ。ラッセル、俺には魔法栄養薬を飲ませるだけだった。将軍の家では、食事不要の魔術をかけられていた。体が、目が、食事を求めていた。
パンの味を感じたら、俺の目から涙が零れた。そのまま座り、俺は温かいスープを飲んだ。美味しい。全身が、久方ぶりに快楽以外の幸福に支配されていく。エガルはそんな俺をじっと見ていた。そして食べ終えた時、言った。
「さて、食事代をもらうとするか。ついてこい」
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