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―― 第二章:爆弾事件 ――
【十九】爆弾
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梓藤が倒れたのを目視した瞬間、最初に静間が思ったのは――あの梓藤が? という感想だった。そのくらい、梓藤が背後の気配に気がつかないなどという事態は想定外だった。静間が配属されてから、梓藤が隙を突かれた姿を見たのは、これが初めてだ。痛みをも一瞬忘れるほどで、目を見開いて凝視してしまう。
するとスタンガンを手にしたこちらも処理班の服の男が、ニタニタと笑ってから、完全に意識を喪失している梓藤の脇にしゃがんだ。
「私はグルメ家でね。いつもナイフとフォークを使うんだ」
しゃがんでいる男の手には、ナイフと呼ぶには少々無理がある刺身包丁が握られている。フォークは普通の品のようで、銀色に輝いている。呆気に取られて静間は見ていた。刺身包丁が意識のない梓藤のうなじにゆっくりとあてがわれる。この時まではまだ、梓藤が相手を罠に嵌めるために、気絶したフリの可能性を検討していた。
だが、梓藤の首の皮が一枚切れたようで、血がタラタラと流れたのを見た瞬間、その望みは捨てた。そしてエレベーターへと振り返る。こちらでは、相変わらずエレベーターの扉が自分の左腕を挟んでねじ切ろうとしており、その向こうにはマスクがいる。
静間は決意して、排除刀を抜いた。
「ん? 僕とやる気かなぁ? 往生際が悪いなぁ」
「まさか」
そう言って唇の両端を一度持ち上げてから、静間は排除刀で、エレベーターに挟まれていない部分から、己の腕を切り落とした。血が吹き出る。当然痛みもある。ただ断面は綺麗であるから、腕さえあれば接合可能かもしれなかったが――エレベーターが閉まり、腕はマスクの手にある。そうでなくとも、あのままだったら、遅いか早いかの問題で、左手は食べられていたのだから構わないではないかと必死で念じ、脂汗が浮いてくる中で、静間は、刀に巻き付けてあった紐を解いて、左腕の二の腕をきつく締めた。
刺身包丁を手にしているマスクは、まだ事態には全く気づいていない。高等知能のマスクであっても、一度食事を始めれば、そちらに集中するからだ。静間は、排除銃も携帯していたので、迷わずそれを右手で持ち、そのマスクの頭部を撃ち抜いた。飛び散った体液や骨、頭蓋骨の中身がびしょびしょと梓藤を濡らした。
慌てて静間が駆け寄ると、爆弾の解除にはまだ成功していなかった様子で、あと三分と表示されていた。静間は考える。この位置から入り口までであれば、一人であれば離脱可能だ。では、意識のない梓藤を連れていく場合は、どうなる? しかも現在、己は左腕が無く、痛みも出血も酷い。目もかすんでいる。
「……そんなのは決まっているけどさ」
溜息をついてから、静間は無理に梓藤を抱き起こして、半分程度は抱えるように腕を肩にかけて、時折引き摺りながら、シャッターの方角を目指した。あと一分くらいだろうか? それとも三十秒? 腕時計は左腕と共にエレベーターの向こうだ。爆発する恐怖に怯えながら進み、シャッターの光を確認した。助かる、と、そう思った瞬間――ピーっと音がした。一瞬だけ硬直した静間は、爆発音が響いた瞬間、反射的にシャッターから外へと出た。そして横に逸れた時、シャッターから黒煙と炎が吹き出し、見上げれば倉庫の上も爆煙が突き破ったようで、めらめらと燃えさかっていた。
「……た、助かった……」
間一髪という言葉が、今以上に相応しい局面を、静間は知らない。
ダラダラと汗をかきながら、その場に梓藤の体を下ろし、首を見てみると、絆創膏を貼っておけば治りそうな傷が見え、肩から力が抜けた。
「静間!」
そこへ声がかかり、見れば坂崎と西園寺が駆け寄ってくるところだった。
「なにがあった!?」
坂崎が問いかけている脇で、西園寺が救急隊に連絡をしている。
西園寺を一瞥してから、再び静間に向き直り坂崎がまた口を開く。
「お前その腕どうしたんだよ!? それに梓藤は、これは?」
「話すと長くなるんで……あとで。とりあえず俺、病院で痛み止めを死ぬほど大量に浴びたいくらい、今腕が痛くて……」
「あ、ああ。それはそうだろうな……」
それからすぐに、西園寺が呼んだ救急隊が着た。
万が一に備えて、近くに待機していたらしい。
「坂崎さん達の方はどうだったんですか?」
救急車の中で静間が聞くと、坂崎が苦笑した。
梓藤の付き添いには西園寺が、静間の付き添いは坂崎が担当することになった。
「こっちは西園寺が爆弾を解体したんだ」
「さすが……え? マスクが大量にいませんでした?」
「それがな、俺もそう気が長い方ではないが、西園寺もそうらしくて、二人で全滅させたぞ? いやあ、爆弾は解除していたとはいえ、倒しても倒してもわいてくるから、どうしようかと……ま、殺ったが」
「高等知能のマスクはいなかったんですか?」
「ん? 俺達の方にはいなかったと思うが、いたとしても、片っ端から撃ち殺していたから分からん」
当然だというように笑っている坂崎を見て、静間は次からは坂崎か西園寺と班を組みたいと心から願った。
――次があれば、だが。
するとスタンガンを手にしたこちらも処理班の服の男が、ニタニタと笑ってから、完全に意識を喪失している梓藤の脇にしゃがんだ。
「私はグルメ家でね。いつもナイフとフォークを使うんだ」
しゃがんでいる男の手には、ナイフと呼ぶには少々無理がある刺身包丁が握られている。フォークは普通の品のようで、銀色に輝いている。呆気に取られて静間は見ていた。刺身包丁が意識のない梓藤のうなじにゆっくりとあてがわれる。この時まではまだ、梓藤が相手を罠に嵌めるために、気絶したフリの可能性を検討していた。
だが、梓藤の首の皮が一枚切れたようで、血がタラタラと流れたのを見た瞬間、その望みは捨てた。そしてエレベーターへと振り返る。こちらでは、相変わらずエレベーターの扉が自分の左腕を挟んでねじ切ろうとしており、その向こうにはマスクがいる。
静間は決意して、排除刀を抜いた。
「ん? 僕とやる気かなぁ? 往生際が悪いなぁ」
「まさか」
そう言って唇の両端を一度持ち上げてから、静間は排除刀で、エレベーターに挟まれていない部分から、己の腕を切り落とした。血が吹き出る。当然痛みもある。ただ断面は綺麗であるから、腕さえあれば接合可能かもしれなかったが――エレベーターが閉まり、腕はマスクの手にある。そうでなくとも、あのままだったら、遅いか早いかの問題で、左手は食べられていたのだから構わないではないかと必死で念じ、脂汗が浮いてくる中で、静間は、刀に巻き付けてあった紐を解いて、左腕の二の腕をきつく締めた。
刺身包丁を手にしているマスクは、まだ事態には全く気づいていない。高等知能のマスクであっても、一度食事を始めれば、そちらに集中するからだ。静間は、排除銃も携帯していたので、迷わずそれを右手で持ち、そのマスクの頭部を撃ち抜いた。飛び散った体液や骨、頭蓋骨の中身がびしょびしょと梓藤を濡らした。
慌てて静間が駆け寄ると、爆弾の解除にはまだ成功していなかった様子で、あと三分と表示されていた。静間は考える。この位置から入り口までであれば、一人であれば離脱可能だ。では、意識のない梓藤を連れていく場合は、どうなる? しかも現在、己は左腕が無く、痛みも出血も酷い。目もかすんでいる。
「……そんなのは決まっているけどさ」
溜息をついてから、静間は無理に梓藤を抱き起こして、半分程度は抱えるように腕を肩にかけて、時折引き摺りながら、シャッターの方角を目指した。あと一分くらいだろうか? それとも三十秒? 腕時計は左腕と共にエレベーターの向こうだ。爆発する恐怖に怯えながら進み、シャッターの光を確認した。助かる、と、そう思った瞬間――ピーっと音がした。一瞬だけ硬直した静間は、爆発音が響いた瞬間、反射的にシャッターから外へと出た。そして横に逸れた時、シャッターから黒煙と炎が吹き出し、見上げれば倉庫の上も爆煙が突き破ったようで、めらめらと燃えさかっていた。
「……た、助かった……」
間一髪という言葉が、今以上に相応しい局面を、静間は知らない。
ダラダラと汗をかきながら、その場に梓藤の体を下ろし、首を見てみると、絆創膏を貼っておけば治りそうな傷が見え、肩から力が抜けた。
「静間!」
そこへ声がかかり、見れば坂崎と西園寺が駆け寄ってくるところだった。
「なにがあった!?」
坂崎が問いかけている脇で、西園寺が救急隊に連絡をしている。
西園寺を一瞥してから、再び静間に向き直り坂崎がまた口を開く。
「お前その腕どうしたんだよ!? それに梓藤は、これは?」
「話すと長くなるんで……あとで。とりあえず俺、病院で痛み止めを死ぬほど大量に浴びたいくらい、今腕が痛くて……」
「あ、ああ。それはそうだろうな……」
それからすぐに、西園寺が呼んだ救急隊が着た。
万が一に備えて、近くに待機していたらしい。
「坂崎さん達の方はどうだったんですか?」
救急車の中で静間が聞くと、坂崎が苦笑した。
梓藤の付き添いには西園寺が、静間の付き添いは坂崎が担当することになった。
「こっちは西園寺が爆弾を解体したんだ」
「さすが……え? マスクが大量にいませんでした?」
「それがな、俺もそう気が長い方ではないが、西園寺もそうらしくて、二人で全滅させたぞ? いやあ、爆弾は解除していたとはいえ、倒しても倒してもわいてくるから、どうしようかと……ま、殺ったが」
「高等知能のマスクはいなかったんですか?」
「ん? 俺達の方にはいなかったと思うが、いたとしても、片っ端から撃ち殺していたから分からん」
当然だというように笑っている坂崎を見て、静間は次からは坂崎か西園寺と班を組みたいと心から願った。
――次があれば、だが。
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