16 / 39
―― 第二章:爆弾事件 ――
【十六】構成物
しおりを挟む
マスクの退治を終え、昼食にすることになった。
西園寺がコンビニに三人分買いに行くというので、それに任せて梓藤と静間は公園に残っている。四阿のベンチに座して、それぞれ滑り台やブランコといった遊具で遊んでいる子供達を、どちらともなく眺める。砂場には、城を造っている小学生くらいの男子がいた。
「ねぇ、冬親ちゃん」
「そう呼ぶなと何度も言ってるだろう」
「廣瀬ちゃんのことを思い出すから?」
「違う、関係ない」
そう梓藤が断言すると、静間が苦笑した。そして愛用している排除刀へと、何気なく視線を落とす。梓藤はそんな静間にチラリと視線を向けた。泣きぼくろを一瞥する。
静間は二年前に配属されてきたのだが、すぐに第一係に適合し順応した。時々遅刻をしてくる癖があるが、仕事には熱心だ。見た目が嘘のように、的確に仕事をこなしている。
「伊月ちゃんはまだ配属されたばっかりだったから、正直俺は、亡くなってもそんなにダメージは受けなかったけど、廣瀬ちゃんは別じゃない? 俺はショックすぎる。時々思い出して、ああ……もういないんだなぁって思うほどだよ」
すると梓藤が、追憶に耽るような、透き通るような瞳をした。
「人間は誰だっていつかは死ぬ」
「だからといって、遺された人間がすぐにそれを受け入れられるわけじゃないじゃん。冬親ちゃん。本当に顔色が酷いよ。寝てないんじゃないの? 上の階の医務室に行った方がいいんじゃない?」
「俺は平気だ」
梓藤がきっぱりと断言した時、公園の入り口から、西園寺が戻ってくるのが見えた。
すると静間が口を噤む。その後両頬を持ち上げて、口元を綻ばせた。
「おかえり、色ちゃん」
静間がそう声をかけると、頷きながらパンや弁当を、西園寺が四阿に中央のテーブルに置いた。それを見ながら、梓藤は、確かに胸が痛むことは事実で、静間の言葉は正しいと考える。
笑顔を浮かべ西園寺に話を振り、先程の会話など無かったかのように振るまう静間の態度が、梓藤には心地よかった。
その日、梓藤は直帰した。
そしてエントラスの灰色の扉と鍵を閉めた瞬間、その場に頽れた。
平気だと、いくら職場の人間の前では取り繕っても、一人になればもう駄目だった。
左手の指を口元に当て、右手では零れ落ちてくる涙を拭う。
思い出すのは、当然斑目の事だ。
未だ梓藤の中では生きているといえる。斑目の存在を、過去の思い出にする事など、決して出来ない。梓藤の中で、斑目の姿が風化することなどあり得ない。なのにどうして、今、自分は独りで泣いているのか、訳が分からない。今度は両手で顔を覆う。温水が両手の指を濡らしていく。
「なんで死んだよ。本当にバカな奴だな」
そう言って梓藤は唇の両端を持ち上げて、嘲笑しようとした。だが失敗し、泣きながら、歪な表情でなんとか笑うだけに変わった。
そうして、梓藤は泣きじゃくった。嗚咽がひっきりなしに響き渡る。
息が出来ないほどだった。
梓藤はその後なんとか立ちあがり、靴を脱いでフラフラとリビング行く。そして座りながら、斑目がいつも淹れてくれた珈琲を思い出した。勝手知ったる様子で、笑顔を向けて。脳裏をその光景が過る。しかし左を見ても、右を見ても、アイランドキッチンの向こうにも、正面にも、後ろ側にも、斑目の姿はない。当然だ、あの暗がりで、斧で切られて頭部だけになったのだから。首から緩慢に流れていた血に己の掌が濡れた事を思い出す。そうだ、斑目は頭部だけになったのだ。だから、何処にもいるはずがない。探すだけ無駄なはずなのに、それでも涙で歪んだ表情で、斑目の気配を探さずにはいられない。死んだという現実を受け止めきれない。脳裏には確かに頭部が過るというのに。
斑目の存在は、自分を構築する一部だったらしい。それも、大切な構成物だ。己は斑目の存在に依存していたと痛感する。
「斑目。お前のせいで眠れなくなっただろ。お前の夢ばっかり見てるんだぞ」
梓藤は泣きながら笑った。
この夜も、梓藤は飛び起きた。笑っている斑目が、目の前で首を刎ねられる悪夢、胴体を喰われていく光景。斑目は、どんなに恐怖を感じ、辛かったのだろうか。夢の中でそう思った時、斧を持った斑目が笑って夢の中では無事な肢体で立ち上がる。そして梓藤が大好きだった柔和な笑顔で斧を持ち上げると、それを笑顔のまま自分に向かって振り下ろし――……そこで梓藤は飛び起きた。全身にはびっしりと汗をかいていた、呼吸が荒い。掛け布団を握りしめ、暫しの間、梓藤は自分が殺されかけた悪夢に震えていた。時計を一瞥すれば、十分程度しか眠っていなかったが、寝直す気分では無かった。
朝になり、夜が明けてから、梓藤は朝食にとトーストを作った。
それを噛んでみるが味がせず、あまりにも眠くて、それが邪魔をし食欲が出ない。
朦朧とした思考のまま、黒いネクタイを締め、ネクタイピンを一瞥する。これだけは、いつも共に在る斑目の残り香だ。
「確かに重傷だな。静間の言う通り、俺は医務室に行くべきだろう」
苦笑しながらも、とっくに限界だった自分のことをよく分かっている梓藤は、適切な判断を下した。仕事に行く前と、仕事中だけは、表情を保ち、思考を雑務やマスクに集中させることが可能だ。現在職務は、斑目についての感情を一時的に抑えてくれるから、非常に優しいものと変わっていた。
西園寺がコンビニに三人分買いに行くというので、それに任せて梓藤と静間は公園に残っている。四阿のベンチに座して、それぞれ滑り台やブランコといった遊具で遊んでいる子供達を、どちらともなく眺める。砂場には、城を造っている小学生くらいの男子がいた。
「ねぇ、冬親ちゃん」
「そう呼ぶなと何度も言ってるだろう」
「廣瀬ちゃんのことを思い出すから?」
「違う、関係ない」
そう梓藤が断言すると、静間が苦笑した。そして愛用している排除刀へと、何気なく視線を落とす。梓藤はそんな静間にチラリと視線を向けた。泣きぼくろを一瞥する。
静間は二年前に配属されてきたのだが、すぐに第一係に適合し順応した。時々遅刻をしてくる癖があるが、仕事には熱心だ。見た目が嘘のように、的確に仕事をこなしている。
「伊月ちゃんはまだ配属されたばっかりだったから、正直俺は、亡くなってもそんなにダメージは受けなかったけど、廣瀬ちゃんは別じゃない? 俺はショックすぎる。時々思い出して、ああ……もういないんだなぁって思うほどだよ」
すると梓藤が、追憶に耽るような、透き通るような瞳をした。
「人間は誰だっていつかは死ぬ」
「だからといって、遺された人間がすぐにそれを受け入れられるわけじゃないじゃん。冬親ちゃん。本当に顔色が酷いよ。寝てないんじゃないの? 上の階の医務室に行った方がいいんじゃない?」
「俺は平気だ」
梓藤がきっぱりと断言した時、公園の入り口から、西園寺が戻ってくるのが見えた。
すると静間が口を噤む。その後両頬を持ち上げて、口元を綻ばせた。
「おかえり、色ちゃん」
静間がそう声をかけると、頷きながらパンや弁当を、西園寺が四阿に中央のテーブルに置いた。それを見ながら、梓藤は、確かに胸が痛むことは事実で、静間の言葉は正しいと考える。
笑顔を浮かべ西園寺に話を振り、先程の会話など無かったかのように振るまう静間の態度が、梓藤には心地よかった。
その日、梓藤は直帰した。
そしてエントラスの灰色の扉と鍵を閉めた瞬間、その場に頽れた。
平気だと、いくら職場の人間の前では取り繕っても、一人になればもう駄目だった。
左手の指を口元に当て、右手では零れ落ちてくる涙を拭う。
思い出すのは、当然斑目の事だ。
未だ梓藤の中では生きているといえる。斑目の存在を、過去の思い出にする事など、決して出来ない。梓藤の中で、斑目の姿が風化することなどあり得ない。なのにどうして、今、自分は独りで泣いているのか、訳が分からない。今度は両手で顔を覆う。温水が両手の指を濡らしていく。
「なんで死んだよ。本当にバカな奴だな」
そう言って梓藤は唇の両端を持ち上げて、嘲笑しようとした。だが失敗し、泣きながら、歪な表情でなんとか笑うだけに変わった。
そうして、梓藤は泣きじゃくった。嗚咽がひっきりなしに響き渡る。
息が出来ないほどだった。
梓藤はその後なんとか立ちあがり、靴を脱いでフラフラとリビング行く。そして座りながら、斑目がいつも淹れてくれた珈琲を思い出した。勝手知ったる様子で、笑顔を向けて。脳裏をその光景が過る。しかし左を見ても、右を見ても、アイランドキッチンの向こうにも、正面にも、後ろ側にも、斑目の姿はない。当然だ、あの暗がりで、斧で切られて頭部だけになったのだから。首から緩慢に流れていた血に己の掌が濡れた事を思い出す。そうだ、斑目は頭部だけになったのだ。だから、何処にもいるはずがない。探すだけ無駄なはずなのに、それでも涙で歪んだ表情で、斑目の気配を探さずにはいられない。死んだという現実を受け止めきれない。脳裏には確かに頭部が過るというのに。
斑目の存在は、自分を構築する一部だったらしい。それも、大切な構成物だ。己は斑目の存在に依存していたと痛感する。
「斑目。お前のせいで眠れなくなっただろ。お前の夢ばっかり見てるんだぞ」
梓藤は泣きながら笑った。
この夜も、梓藤は飛び起きた。笑っている斑目が、目の前で首を刎ねられる悪夢、胴体を喰われていく光景。斑目は、どんなに恐怖を感じ、辛かったのだろうか。夢の中でそう思った時、斧を持った斑目が笑って夢の中では無事な肢体で立ち上がる。そして梓藤が大好きだった柔和な笑顔で斧を持ち上げると、それを笑顔のまま自分に向かって振り下ろし――……そこで梓藤は飛び起きた。全身にはびっしりと汗をかいていた、呼吸が荒い。掛け布団を握りしめ、暫しの間、梓藤は自分が殺されかけた悪夢に震えていた。時計を一瞥すれば、十分程度しか眠っていなかったが、寝直す気分では無かった。
朝になり、夜が明けてから、梓藤は朝食にとトーストを作った。
それを噛んでみるが味がせず、あまりにも眠くて、それが邪魔をし食欲が出ない。
朦朧とした思考のまま、黒いネクタイを締め、ネクタイピンを一瞥する。これだけは、いつも共に在る斑目の残り香だ。
「確かに重傷だな。静間の言う通り、俺は医務室に行くべきだろう」
苦笑しながらも、とっくに限界だった自分のことをよく分かっている梓藤は、適切な判断を下した。仕事に行く前と、仕事中だけは、表情を保ち、思考を雑務やマスクに集中させることが可能だ。現在職務は、斑目についての感情を一時的に抑えてくれるから、非常に優しいものと変わっていた。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
すべて実話
さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。
友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。
長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる