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―― 第四章 ――
【第三十一話】救済
しおりを挟む観覧車のスタッフに、当日券を見せてから、昴が先にゴンドラに乗り込んだ。緊張しながら昼斗は、床を踏む。そして慌てて腰を下ろしたのだが、その姿を面白そうに昴が見ていた。向かい合って座ってから、昼斗は窓の外を見る。ゴンドラが、地上をゆっくりと離れ始める。
「ちょっと意外だった」
「え?」
子供っぽい選択をしたと思われたのかと考え、昼斗が昴に視線を向ける。するとそこでは、昴が両頬を持ち上げていた。
「義兄さんは、高い所には慣れていると思ってたから、珍しさもないだろうし。観覧車かぁ。まぁ同じ理由で絶叫系にも興味は示さないかとは思っていたんだけどね」
人型戦略機の話だと理解し、昼斗は瞳を揺らす。確かに空中戦に慣れているから、今となっては空の上から街や海を見下ろす事を、珍しいとは思わない。
「こういう場所に来るのが初めてでな。何に乗ったらいいか、分からなかったんだ」
素直に昼斗は答える事にした。僅かに苦笑が混じった声音を放ってから、改めて窓の外を見る。次第に街並みが見えるように変化し、海もよく見えるようになってきた。行きかう車や、歩道を歩く人々が、どんどん小さくなっていく。
「テーマパーク自体に初めて来たの?」
「そうだ」
「そっか。まぁ俺もそんなに来た事があるわけではないけどね。何度か姉さんに連れていってもらった事があるだけだよ。まだ一緒に暮らしていた頃に」
懐かしそうに昴が述べた。小さく昼斗は頷く。光莉とも、いつか遊園地に行きたいと、話した記憶があった。だが当時からそれは、〝叶わない夢〟のような話であったから、いざこうして観覧車に乗っても、現実味が薄い。
「こうしていると、世界の何処にもHoopなんていないように思えるな」
ポツリと昼斗が呟く。つかの間の平和を楽しむ権利は、誰にだってあるのだろうが、昼斗にとって、それは概念的なものでしかなくて、いざ己が休暇を楽しむとなると、本当に戸惑ってしまう。
「世界にHoopが存在するのは紛れもない事実だけれど、今、この北関東にはHoopはいない」
「そうだな」
人工島を昼斗が沈没させて以後、Hoopの反応は確認されていない。代わりに多くの人の命を奪った。そう思いだした昼斗の瞳が、僅かに暗さを増した。
「義兄さんが、守ったからだよ」
「――え?」
「見て、すごく綺麗な街だ。これも全部、そこに暮らすみんなも全員、昼斗が守ったんだよ。昼斗のおかげで、みんな今も生きていて、こうしてこのテーマパークも営業してる」
「……」
「昼斗が、救ったんだ」
つらつらと、なんでもない、実に当然の事実であるかのように、昴が述べた。
だがこれらの言葉を耳にした時、昼とは初めて、〝赦された〟ように感じた。
軍法会議の処罰は、結局昼斗を赦してくれはしなかったし、気を楽にしてくれる事も無かったが、今、昴の言葉が昼斗の胸に染み入ってくる。改めて窓の外を見る。胸がトクンと疼いた。これまでほとんど意識した事の無かった北関東の街並みは、確かに昴の言う通り、とても綺麗だ。それから昴を見れば、義弟はじっと窓の外を見据えていた。その端正な面持ちに、昼斗の目が惹きつけられる。昴は、昼斗の欲しかった言葉をくれた。昼斗の中で、この時、〝昴〟という人間が、特別に変化した。それはきっと、少しだけ赦された気がして、でも、その、『少し』ですら、過去には誰からも与えられなかったからだ。昼斗自身は、常に己を糾弾している。本人が本人を赦せない現在、そして周囲の他の誰もが赦してくれない日々において、昼斗から見ると、昴の言葉は、『特別』だった。その言葉を口にした昴本人の事も、『特別』になった瞬間だった。
「義兄さん? どうかした?」
昼斗が沈黙した事に気づき、昴が視線を向ける。慌てて首を振り、昼斗は――両頬を持ち上げ、唇で弧を描いた。自然と笑みが浮かんできた。
「なんでもない」
「そう?」
「ああ。本当に綺麗な街だと思っていただけだ」
「俺も本当にそう思うよ。だけど義兄さん、凄く嬉しそうだね。観覧車、気に入った?」
「……そうだな」
実際には昴の言葉が嬉しかっただけなのだが、昼斗は否定しなかった。
その後は、ゴンドラが地上につくまでの間、穏やかに雑談をしながら、街と海を見ていた。嫌いなはずの海も、今日は穏やかに見ていられる。
朝食が遅かったから、閉園まではその後テーマパークを楽しみ、二人はこの日は、外食をして、帰宅した。
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