上 下
31 / 67
―― 第四章 ――

【第三十一話】救済

しおりを挟む


 観覧車のスタッフに、当日券を見せてから、昴が先にゴンドラに乗り込んだ。緊張しながら昼斗は、床を踏む。そして慌てて腰を下ろしたのだが、その姿を面白そうに昴が見ていた。向かい合って座ってから、昼斗は窓の外を見る。ゴンドラが、地上をゆっくりと離れ始める。

「ちょっと意外だった」
「え?」

 子供っぽい選択をしたと思われたのかと考え、昼斗が昴に視線を向ける。するとそこでは、昴が両頬を持ち上げていた。

「義兄さんは、高い所には慣れていると思ってたから、珍しさもないだろうし。観覧車かぁ。まぁ同じ理由で絶叫系にも興味は示さないかとは思っていたんだけどね」

 人型戦略機の話だと理解し、昼斗は瞳を揺らす。確かに空中戦に慣れているから、今となっては空の上から街や海を見下ろす事を、珍しいとは思わない。

「こういう場所に来るのが初めてでな。何に乗ったらいいか、分からなかったんだ」

 素直に昼斗は答える事にした。僅かに苦笑が混じった声音を放ってから、改めて窓の外を見る。次第に街並みが見えるように変化し、海もよく見えるようになってきた。行きかう車や、歩道を歩く人々が、どんどん小さくなっていく。

「テーマパーク自体に初めて来たの?」
「そうだ」
「そっか。まぁ俺もそんなに来た事があるわけではないけどね。何度か姉さんに連れていってもらった事があるだけだよ。まだ一緒に暮らしていた頃に」

 懐かしそうに昴が述べた。小さく昼斗は頷く。光莉とも、いつか遊園地に行きたいと、話した記憶があった。だが当時からそれは、〝叶わない夢〟のような話であったから、いざこうして観覧車に乗っても、現実味が薄い。

「こうしていると、世界の何処にもHoopなんていないように思えるな」

 ポツリと昼斗が呟く。つかの間の平和を楽しむ権利は、誰にだってあるのだろうが、昼斗にとって、それは概念的なものでしかなくて、いざ己が休暇を楽しむとなると、本当に戸惑ってしまう。

「世界にHoopが存在するのは紛れもない事実だけれど、今、この北関東にはHoopはいない」
「そうだな」

 人工島を昼斗が沈没させて以後、Hoopの反応は確認されていない。代わりに多くの人の命を奪った。そう思いだした昼斗の瞳が、僅かに暗さを増した。

「義兄さんが、守ったからだよ」
「――え?」
「見て、すごく綺麗な街だ。これも全部、そこに暮らすみんなも全員、昼斗が守ったんだよ。昼斗のおかげで、みんな今も生きていて、こうしてこのテーマパークも営業してる」
「……」
「昼斗が、救ったんだ」

 つらつらと、なんでもない、実に当然の事実であるかのように、昴が述べた。
 だがこれらの言葉を耳にした時、昼とは初めて、〝赦された〟ように感じた。
 軍法会議の処罰は、結局昼斗を赦してくれはしなかったし、気を楽にしてくれる事も無かったが、今、昴の言葉が昼斗の胸に染み入ってくる。改めて窓の外を見る。胸がトクンと疼いた。これまでほとんど意識した事の無かった北関東の街並みは、確かに昴の言う通り、とても綺麗だ。それから昴を見れば、義弟はじっと窓の外を見据えていた。その端正な面持ちに、昼斗の目が惹きつけられる。昴は、昼斗の欲しかった言葉をくれた。昼斗の中で、この時、〝昴〟という人間が、特別に変化した。それはきっと、少しだけ赦された気がして、でも、その、『少し』ですら、過去には誰からも与えられなかったからだ。昼斗自身は、常に己を糾弾している。本人が本人を赦せない現在、そして周囲の他の誰もが赦してくれない日々において、昼斗から見ると、昴の言葉は、『特別』だった。その言葉を口にした昴本人の事も、『特別』になった瞬間だった。

「義兄さん? どうかした?」

 昼斗が沈黙した事に気づき、昴が視線を向ける。慌てて首を振り、昼斗は――両頬を持ち上げ、唇で弧を描いた。自然と笑みが浮かんできた。

「なんでもない」
「そう?」
「ああ。本当に綺麗な街だと思っていただけだ」
「俺も本当にそう思うよ。だけど義兄さん、凄く嬉しそうだね。観覧車、気に入った?」
「……そうだな」

 実際には昴の言葉が嬉しかっただけなのだが、昼斗は否定しなかった。
 その後は、ゴンドラが地上につくまでの間、穏やかに雑談をしながら、街と海を見ていた。嫌いなはずの海も、今日は穏やかに見ていられる。

 朝食が遅かったから、閉園まではその後テーマパークを楽しみ、二人はこの日は、外食をして、帰宅した。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

キラワレモノノ学園

Lara
BL
嫌悪、嫉妬、増悪、焦燥、恐怖、欲望、後悔、絶望――― そんなものが入り込み蜘蛛の巣となって新たに入ってくる者共を絡め取ろうと待ち構えている。 ここは学園。あらゆる場所から生徒達は送られてきてそこで学び、交流し、過ごしていく。 そこは一部の者達から王道学園と呼ばれていた。だが、そんな生易しいものではない。 華やかな欺瞞で貼り付けられた栄華の裏ではいろいろな理由で厄介払いされた者達が薄暗い感情を滾らせて貶め合う弱肉強食の世界。 そんな中で孤高に高貴に睥睨しているのは学園の生徒会会長。 崇拝と恋慕と寄せられている輝かしく華々しい彼だが、しかし頂点に立っている彼も暗く、悍ましく、闇が渦巻いていた。 そこは栄光のある素晴らしき学園 そこは闇が蔓延る嫌われ者の学園  * * * エブリスタ、小説家になろう、プリ小説にも連載中! 五の倍数の日に投稿予定☆その日以外も気分によって投稿しまっす☆

寝不足貴族は、翡翠の奴隷に癒される。

うさぎ
BL
市場の片隅で奴隷として売られるゾイは、やつれた貴族風の男に買われる。その日から、ゾイは貴族の使用人として広大な館で働くことに。平凡で何の特技もない自分を買った貴族を訝しむゾイだったが、彼には何か事情があるようで……。 スパダリ訳あり貴族×平凡奴隷の純愛です。作中に暴力の描写があります!該当話数には*をつけてますので、ご確認ください。 R15は保険です…。エロが書けないんだァ…。練習したいです。 書いてる間中、ん?これ面白いんか?と自分で分からなくなってしまいましたが、書き終えたので出します!書き終えることに意味がある!!!!

『ユキレラ』義妹に結婚寸前の彼氏を寝取られたど田舎者のオレが、泣きながら王都に出てきて運命を見つけたかもな話

真義あさひ
BL
尽くし男の永遠の片想い話。でも幸福。 ど田舎村出身の青年ユキレラは、結婚を翌月に控えた彼氏を義妹アデラに寝取られた。 確かにユキレラの物を何でも欲しがる妹だったが、まさかの婚約者まで奪われてはさすがに許せない。 絶縁状を叩きつけたその足でど田舎村を飛び出したユキレラは、王都を目指す。 そして夢いっぱいでやってきた王都に到着当日、酒場で安い酒を飲み過ぎて気づいたら翌朝、同じ寝台の中には裸の美少年が。 「えっ、嘘……これもしかして未成年じゃ……?」 冷や汗ダラダラでパニクっていたユキレラの前で、今まさに美少年が眠りから目覚めようとしていた。 ※「王弟カズンの冒険前夜」の番外編、「家出少年ルシウスNEXT」の続編 「異世界転移!?~俺だけかと思ったら廃村寸前の俺の田舎の村ごとだったやつ」のメインキャラたちの子孫が主人公です

英雄様を育てただけなのに《完結》

トキ
BL
俺、横谷満(よこたにみつる)は神様の手違いで突然異世界に飛ばされ、悲劇しかない英雄様を救ってほしいとお願いされた。英雄様が旅立つまで育ててくれたら元の世界へ帰すと言われ、俺は仕方なく奴隷市場に足を運び、処分寸前の未来の英雄様を奴隷商人から買って神様が用意してくれた屋敷へ連れ帰った。神様の力で悪趣味な太った中年貴族のような姿に変えられた俺を、未来の英雄様は警戒して敵視して、彼が青年となり英雄だと発覚しても嫌われたままだった。英雄様が仲間と共に旅立った直後、俺は魔獣に襲われて命を落とした。気が付くと俺は元の世界に帰っていた。全てが嫌になり疲れ果て、それでも無気力に生きていたけど俺はまた異世界に召喚された。今度は悪役の貴族ではなく、世界を救う神子として…… 奴隷だった英雄様×容姿を変えられていた不憫な青年のお話。満は英雄様に嫌われていると思い込んでいますが、英雄様は最初から満大好きで物凄く執着しています。ヤンデレですが旅の仲間達のお陰でぱっと見は満溺愛のスパダリ。 ※男性妊娠・出産可能な設定です。 R18には最後に「※」を表記しています。 この小説は自サイトと『小説家になろう』のムーンライトノベルズ様にも掲載しています。

番いのαから逃げたいΩくんの話

田舎
BL
八木唯は冴えない平凡な高校生だった。 ただオメガ故に地位が低く、オメガを嫌う母親にも愛されない。 そんな彼が密かに憧れ片思いしていたのは数学教師の新野俊哉。 ただ、見ている… それだけでよかったはずなのに… 執着スパダリ系α×逃げたい不憫Ω ※オメガの地位が低く16歳になれば結婚できるシステムです。 ※両思いですがどちらも拗らせてます ※最終的に妊娠描写はいるかも、です

【BL】齢1200の龍王と精を吸わないオタ淫魔

三崎こはく
BL
人間と魔族が共存する国ドラキス王国。その国の頂に立つは、世にも珍しいドラゴンの血を引く王。そしてその王の一番の友人は…本と魔法に目がないオタク淫魔(男)! 友人関係の2人が、もどかしいくらいにゆっくりと距離を縮めていくお話。 【第1章 緋糸たぐる御伽姫】「俺は縁談など御免!」王様のワガママにより2週間限りの婚約者を演じることとなったオタ淫魔ゼータ。王様の傍でにこにこ笑っているだけの簡単なお仕事かと思いきや、どうも無視できない陰謀が渦巻いている様子…? 【第2章 無垢と笑えよサイコパス】 監禁有、流血有のドキドキ新婚旅行編 【第3章 埋もれるほどの花びらを君に】 ほのぼの短編 【第4章 十字架、銀弾、濡羽のはおり】 ゼータの貞操を狙う危険な男、登場 【第5章 荒城の夜半に龍が啼く】 悪意の渦巻く隣国の城へ 【第6章 安らかに眠れ、恐ろしくも美しい緋色の龍よ】 貴方の骸を探して旅に出る 【第7章 はないちもんめ】 あなたが欲しい 【第8章 終章】 短編詰め合わせ ※表紙イラストは岡保佐優様に描いていただきました♪

嫌われてたはずなのに本読んでたらなんか美形伴侶に溺愛されてます 執着の騎士団長と言語オタクの俺

野良猫のらん
BL
「本を読むのに忙しいから」 自分の伴侶フランソワの言葉を聞いた騎士団長エルムートは己の耳を疑った。 伴侶は着飾ることにしか興味のない上っ面だけの人間だったはずだからだ。 彼は顔を合わせる度にあのアクセサリーが欲しいだのあの毛皮が欲しいだの言ってくる。 だから、嫌味に到底読めないだろう古代語の書物を贈ったのだ。 それが本を読むのに忙しいだと? 愛のない結婚だったはずなのに、突如として変貌したフランソワにエルムートはだんだんと惹かれていく。 まさかフランソワが言語オタクとしての前世の記憶に目覚めているとも知らずに。 ※R-18シーンの含まれる話には*マークを付けます。 書籍化決定! 2023/2/13刊行予定!

処理中です...