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―― 第一章 ――

【第九話】監視者の決定

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 そのまま、昼斗は監視者である情報将校と顔合わせをする事になった。別室へと促され、簡素な椅子に座る。処分には不満も何もない。寧ろ、刑事罰を受けた方が気は楽だったかもしれないなと、内心で光莉に話しかけていた昼斗は、ノックの音で顔を上げた。

 軋んだ音がして、扉が開く。

「っ」

 そこに現れた青年将校の姿を見て、昼斗は目を見開いた。薄茶色の髪と瞳、鮮烈な既視感がある色彩だった。顔の造形自体も、嘗て喪った婚約者によく似ている。胸元の階級章の脇の名札には、〝瑳灘昴〟と記されている。呆然としたままで見上げた昼斗は、身長がすらりと伸び、肩幅が広くなった昴と、〝再会〟を果たした。

「……二人にしてもらえる?」

 昴が冷たい声音を放つと、面会室から他の人間が出ていった。ガラス窓を挟む形で、昼斗は座ったままで、対面する場所にいる昴を見る。視線を合わせない昴の顔は冷酷で、薄茶色の睫毛が縁どるアーモンド型の瞳は、下を向いていた。

 ――恨まれているのだろう。
 昼斗は、そう確信していた。室内の張りつめているような空気も、当然の事のように思える。自分から何か声をかけるべきなのだろうかと考えて、けれど喉がつかえたようになってしまう。だから、昼斗はただ見ていた。

 すると昴が、ゆっくりと凍てつくような眼差しを昼斗へと向け、そして……不意に薄い唇の両端を、わずかに持ち上げた。瞬間的に室内の空気が和らいだ。

「久しぶりだね……義兄にいさん」
「っ」
「だって、そうだろう? 俺達は、義理の兄弟になるはずだったんだし。あ、気を悪くしたかな? すみません。粕谷大佐――……大尉、か。三月司令の命令で守っただけなんでしょう? 三月と俺、同期で親しいから、話は聞いてるんだ。三月も気を回して、監視というよりは、折角だから暫くの間、〝粕谷大佐にも休息してほしい〟って話していて、俺の事を派遣したんだよ。会えてよかった、嬉しいよ。お元気でした?」

 微笑してつらつらと語る昴の声は柔らかで、昼斗には、その場に花が舞ったように見えた。自分よりも身長も体格も良くなっているのは明らかだったが、優し気な印象を与える物腰穏やかな昴の姿を見て、昼斗は最初に、胸が満ちた。光莉に、見せてあげたいと想った。同時に、光莉に似た優しさが、昴から溢れだしているように思えた。

「粕谷大佐?」
「……」
「昼斗さん、って呼んでもいいかな?」

 沈黙している昼斗を一瞥し、昴が微苦笑しながら述べた。必死で頷くのが精一杯だった昼斗は、それから胸の動悸に気づいた。何故、笑顔が自分に向いているのか、理解が出来ないからだ。何せ、恨まれているはずである。己は、彼の姉を、殺害したに等しい。

 そう思うと同時に、人間の笑顔が自分に向くのを目にするのが久方ぶりすぎて、純粋に反応に困るとも思っていた。もう二ヶ月も、ほとんど誰にも笑顔を向けられなかったから、己の表情筋の動かし方も失念していたが、他者の〝表情〟も分からなくなっていた。距離感が不明瞭になり、掴めない。

「ダメ?」
「あ……い、いいや……好きに呼んでくれ」
「うん。それじゃあ――昼斗? 呼び捨てでもいいかな?」
「あ、ああ」

 昼斗より五歳年下の、二十三歳の青年は、顎を縦に動かした、嘗て義兄になるはずだった相手の仕草に、非常に満足したように、とても綺麗に笑ってみせた。

「監視、という名目があるからね。今日から、昼斗と俺は同じ家に住む事になる。元々家族になるはずだったんだし、そう変ではないかな」
「……」
「引っ越しの準備をしないとね。今日にでも、荷物をまとめられる?」

 急な言葉に、昼斗は目を丸くする。だが、会議の決定や監視者の行動に、異議を申し立てる権利は持ち合わせていない。仮に持っていたとしても、そうする気力もない。そう感じていたはずなのに、〝家族〟という語が胸に突き刺さり、苦しくなった。彼から大切な姉を奪ったのは、己なのだから。それは変わらない現実だ。

「業者の手配は終わっているよ。さぁ、行こうか。昼斗義兄さん」

 こうして、昼斗にとっての新生活が幕を開ける事となった。


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