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―― 本編 ――

【012】惚気

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「砂月? お前色っぽくなったな?」

 翌日。
 砂月は遼雅と待ち合わせをしていた。待ち合わせ場所の酒場で隣り合わせにカウンター席に座って開口一番、遼雅が不意にそんな事を言ったものだから、砂月はモスコミュールを吹き出しそうになった。

「なっ、え、え? 色!?」
「動揺しすぎだろう。それになんだよその指輪。お前にもいたんだなぁ、恋人。いたとしても不思議はねぇが、お前が指輪を嵌めるタイプだとは思わなかった。バフ婚とかなら、終わったら外しておいてもいいわけだしな」

 遼雅が麦酒を飲みながら、若干にやっと笑った。

「砂月にも春が来たのか」
「……、……」
「いやぁ、いいな。式はするのか?」
「しない」
「いつ結婚するんだ? もうしたのか?」
「した」
「ほうほう。で、何処の誰と? 紹介しろよ! フレだろ!」

 遼雅が明るく笑ってから、ガンっとジョッキを置く。

「今日は俺のおごりだ。お祝いだな。好きなだけ飲め!」
「ありがとう。本当に遼雅くんって友達甲斐があるよね」

 砂月はなんとか表情を保ちながら、メニューを一瞥した。元を正せば、遼雅におにぎり弁当を渡そうという考えから、静森と出会ったと言える。間接的な愛のキューピットは、ある意味では遼雅だ。

「今度紹介しろよ?」
「そ、そうだね……その内ね」
「出会いは?」
「素材集めしてたら出会ったんだよ」
「へぇ? 生産者なのか?」
「生産もしてるみたいだけど、そういうわけではなさそう」

 カクテルを飲みながら砂月が答えるのを、楽しそうに遼雅が見ている。

「どんな奴なんだ?」
「ん。どんな、か。なんか余裕がある感じ。そこまで歳は違わないんだけど、大人」
「お前より大人? それは結構貴重じゃないのか?」
「そう? そうかも。なんか居心地がいいんだよねぇ」
「惚気ご馳走様です」
「ちっ、違っ!!」
「俺人の惚気聞くの好きだから、存分に語ってくれていいぞ」

 真っ赤になってしまった砂月に向かい、遼雅がニヤニヤと笑ってみせる。

「告白はどっちから?」
「あ、あっち……」
「なんて言われたんだ?」
「結婚してくれって……」
「告白について聞いてるんだぞ? え? 告白前にプロポーズか? 同時か?」
「同時」
「ふぅん。大胆な奴なんだなぁ。男? 女?」
「男」

 ぽつりぽつりと砂月が答えるのを、にこにこしながら遼雅が聞いていた。

「って、遼雅くん! 俺は結婚相手の話をしにここへ来たわけじゃないからね!」
「ああ、そうだったな。なんだっけ? 見合い話があるギルドの連合の話だったか?」

 遼雅は三杯目のビールのジョッキを受け取りながら、砂月を見た。

「そう。結構、お見合いの話があるギルドって多いの?」
「さぁ? 俺の所は少なくとも、そういうのはないぞ。連合の話も出てないが」
「ふぅん」
「あ、でも、【一番星】のサブマスと、【リヒャルテ】の執権が今度結婚するって話は聞いた」
「そうなの?」
「おう。ログアウト不可になってから知り合ったらしい。お互い一目惚れで熱烈に燃え上がったとかなんとか――そして意気投合して連戦に行ったらしいな。さすがはガチだよ」

 遼雅はそう言うと、ぐいっとビールを飲みこむ。

「最近じゃちらほらと結婚の話は聞くな」
「そうなんだ」
「おう。いやぁ俺は寂しい独り身だから肩身が狭い」
「嘘つき。遼雅くんめっちゃモテるじゃん」
「まぁな。モテるぞ? 俺良い奴だもん!」
「自画自賛は求めてない」
「モテるのは砂月も同じだっただろうが。でも俺とお前の決定的な違いは、お前は愛を見つけ、俺はまだ出会えてないってところだなぁ」

 ぐいぐいとビールを飲み込んだ遼雅が、それからまじまじと砂月を見た。

「幸せになれよ」
「今、とっても幸せで怖いほど」
「そりゃあなによりだ。で? 相手はお前が情報屋だって知ってんのか?」
「知るわけ……」
「あー。まぁ、隠し事をした愛も別にいいんじゃねぇの? 全てを誠実に話す必要も無いだろう。俺は嫌だけど」
「嫌なの?」
「おう。俺は相手の全てを知りたい方だからな」
「そういうもんなんだ」
「そこは人それぞれだろ」

 そう言って笑った遼雅の前に、先程適当に頼んだつまみが届き始める。ありがたく砂月はおごってもらう事にした。揚げたエビが特に美味しい。

「静森くんは、ね? あ、俺の結婚相手の名前」
「ほう」
「話したければ聞くし、嫌なら言わなくていいって言ってた」
「あー、そういう距離の取り方、砂月好きそうだもんな。相手、よっぽどお前の事好きらしいな」
「へ?」
「砂月の好みを演出したと見た。絶対に砂月を逃さない的な感じだったんじゃないか?」
「そ、そうかなぁ?」
「知らん。悪い。適当に言った」
「おい」

 結婚後初めて、それも静森について他者に語っているものだから、照れくさくて砂月もまた酒を飲むペースを上げて誤魔化し始める。

「どこのギルドの奴なんだ?」
「分からない」
「ふぅん。情報屋なのにお前こそ、相手の全てを知りたいわけじゃねぇのが意外」
「そ、それは! 静森くんが言いたいなら聞くし、というか……」
「言いたくないなら調べないのも嫌われたくないからだな?」
「……だって」
「うん?」
「好きなんだよ! 嫌われたら死んじゃう! 悪いか!」
「別に好きにすればいいと思うぞ。わぁ、砂月お前、変わったなぁ。変わったというか、お前も人間だったんだな」

 遼雅の楽しそうな声に、気恥ずかしくなりながら、砂月はモスコミュールを飲み干し、二杯目にはジントニックを頼んだ。

「しかしまぁ少なくとも、俺の知る限り【静森】って名前の奴は聞いた事がないな。ガチ勢じゃねぇのか?」
「それも分からない」
「ふぅん」
「お見合いの話は、じゃあとりあえずそんなには多くないのかな?」
「どうだろうな? 俺が知らないだけかもしれん」

 そんなやりとりをしていると、ふと遼雅が思い出した顔をした。

「そういえば今日、【Lark】と【エクエス】が会談したらしい。なんか知らないか?」
「――なんで?」
「いや? お前が見合いの話したんだろ? あそこの【トーマ】と、【Lark】の【夜宵】が今日見合いをしたって噂はすごいあるから」
「ふむ。結果、どうだったか知ってる?」
「砂月は知らないのか?」
「知ってるに決まってるじゃん」

 実は日中、砂月は悠迅から手紙で事の顛末を聞いていた。

「ですよねぇ……俺は、まぁ、まだ結果は知らない。というか、まだ会談中なんじゃないのか?」
「情報料」
「今日はお前におごるから金無ぇんだったわ。ほらほら、もっと飲め」

 こうしてこの夜は、砂月は遼雅のおごりで久しぶりに酒をいつもより多く飲んだ。
 だが静森と会う日がすぐなので、酔い潰れるようなことはなかった。



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