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―― 本編 ――

【014】最推し(SIDE:夜宵)

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 さて、そんな夜宵であるが、静森が入ってきた瞬間から、ダラダラと冷や汗をかいていた。圧倒的な存在感が、その場を支配したからである。氷のような無表情で入ってきた和装の静森は、絶対美とでもいうほかない顔面造形の上に、とても冷ややかな眼差しを浮かべていた。ゆっくりと静森が瞬きをする度に、その場の威圧感が増す錯覚にすら襲われる。

 数分前までの夜宵は、やれる気でいた。
 いいや、一応今もやれる気ではいるのだが、気分だけで、対面しているだけで心が折れそうである。

 夜宵と静森の出会いは、六年前に遡る。
 夜宵が初めて【ファナティック・ムーン】を始めたのは、二十一歳の時だった。現在二十七歳の彼は、就職活動先の企業の一つが、【ファナティック・ムーン】の運営会社であったために、面接でのアピール材料を増やすべく、【ファナティック・ムーン】を始めた。

 理由は、会社説明会にいった時に、社員の立ち話を耳にしたからである。

『ほら、あそこにいる会長の孫の静森様。まだ大学生なのに自力で企業なさったらしいぞ』
『すごいよなぁ』
『うちのようなゲーム運営しかしてない会社にも、実家の手伝いで挨拶に来て下さるのに、その傍ら自分でも設立って、なんかやっぱ起業家って血筋なのか?』
『いやぁ、環境ってあるんじゃないか、やっぱ。あ、でも、静森様もさっき話してたけど、【ファナティック・ムーン】で遊んでらっしゃるんだろ?』

 その話を聞いた夜宵は、何気なく『静森様』と呼ばれている青年へと顔を向けた。
 そして目を見開いた。
 あんまりにものイケメンがそこに立っていたのである。

 ――え? あんなイケメンがゲームしてるの?

 これが第一印象であり、その後考えた。

 ――運営会社のさらに上、グループ会社の会長の孫と知り合えたら、もしかしたら就職に有利かも知れない。有利に働かなくてもあのイケメンとは接点が生まれる。あわよくば結婚とか出来たら人生も安泰。最高では?

 そのような邪な思惑で、その日帰宅してすぐに夜宵はゲームを始めた。
 すると運気が夜宵に味方した。
 一匹目のモンスターにすら苦戦していた夜宵は、ふらふらとマップを見て回ることにし、迷子になった。そして四阿に入り込み、生産品でお茶をしていた静森と悠迅に遭遇したのである。

『初心者か?』

 静森に声をかけられ、現実と変わらない外見を見た瞬間、夜宵は驚愕した。
 声まで麗しかった。
 その後お茶を振る舞われ、最初のモンスター討伐を一体だけ手伝ってもらった頃には、夜宵の中で、静森の存在感は増していた。横にいた悠迅のことは顔もよく覚えていない。

 ログアウト後。
 ヘッドセットを外した夜宵はガッツポーズをした。

「あんなん推すしかないじゃないすかー!」

 この日、夜宵の最推しが爆誕した。恋や愛ではなく、なんというか遠くから眺めて愛でたい最強の推しという表現が適切すぎるような存在、それが静森となった。

 以後は運気は味方しなかったので、再び会える機会を探して、その際にはフレになれるようにと、夜宵は【ファナティック・ムーン】で腕を磨いた。そして最強の魔術師と呼ばれる一人にまで成長を遂げた。

 現在二十七歳、今も夜宵の最推しは静森である。
 現実では結局は別の会社の営業職についたのだが、【ファナティック・ムーン】は続けていた。

 さてそれが、ログアウト不可となった現在。
 やはり静森の横には、静森に相応しい人物が並んでいるべきだと思っている。

 容姿の面で、自分が綺麗な顔立ちだと自覚している夜宵は、静森の横に置いておくなら自分は邪魔にならないし、そうなれば誰よりも近所から静森を観察できると考えていた。また実力面でも、魔術師同士で話も合うはずだ。静森が本当の最強のガチ勢であるのは間違いないが、夜宵だって他称では最強だし、それなりにやれると自負している。

 最推しの気に入る性格を演出することだって絶対にやれる!

 だから結婚しようと夜宵は思っていた。現実ではさすがに無理だが、この状況でならいけると踏んでいた。

 けれど――……。

「【Lark】の提示した条件には目を通した」
「はい」
「残念だが結婚の話は飲めない」
「……」

 断られるかとは思っていたが、説得する余地はあると夜宵は思っていた。しかし現在対面する席に座っている絶対零度の無表情の静森には、雑談をする隙を見つけることすら難しく見え……た、時のことであった。夜宵はハッとした。最推しの左手の薬指に指輪が嵌まっている。

「俺は結婚している」

 しかも直後、最推し本人からも決定的な言葉が放たれた。
 夜宵の脳内で、それまでの計画は崩れ果てたが、代わりに最推しの最新情報が分かるという高揚感でいっぱいになった。

「ど、どこのどなたですか?」
「お前に言う必要性を感じない」
「……」

 それはそうかもしれない。まともに会話をするのは、人生で二回目であり、静森が覚えているかも怪しいのだから。だが、気になる。最推しの横に、夜宵基準でダメな人物が据えられるのはまず嫌だ。嫌だが……静森が選んだ相手ならば、共に愛でることが出来なくは無いように思う。恋や愛ではなくあくまで推しなので、静森が結婚してもロスすることはない。

「応援致します。伺いたいのです。聞かせて下さい」

 夜宵は前のめりになった。そしてじっと静森を見る。思わず夜宵は手をギュッと握った。

「静森様のことが知りたいのです!」
「……?」

 すると静森が唖然としたような顔になった。初めての表情変化であった。

「最推し……あ、いえ。静森様の選んだお方です。きっと僕はその方の事も好きになれます!」
「……いや、好きになられては困る。砂月は俺のものだからな」
「砂月様と仰るのですね! 出会いは!?」

 夜宵はぐいぐいと食いついてしまった。それまでの清楚さは失踪した。

「夜宵。俺達は今、ギルドの連合の話をしていて――」
「ああ、ええ、はい! はい! でもそういう事でしたら、全然! 私はただ静森様のお役に立ちたいだけの熱烈な……ええと……ファ、ファンですので……! 持参品は差し上げます」
「持参品といえば、黒闇叡刻のローブの事なのだが――」
「そちらがご入り用なのですね!?」
「いや、そうではない。【Lark】が奪ってまわっていると耳にした。即刻返却すべきだ」

 静森が気を取り直したように冷たい声に戻った。それを聞いた夜宵は目を瞠る。

「僕のギルドが、ですか? え、それは僕は知らないんですが……あれでしょうか。『結納品でローブがあったら素敵かもしれません』とギルドホームで呟いたせいなのでしょうか……」

 夜宵は腕を組んだ。あり得る。なにせ夜宵は、絶大な人気を誇る、【ファナティック・ムーン】の姫だ。姫プレイをしているわけではないが、ただそこにいるだけで、周囲は色々と貢いでくれる。

「そこまでは関知していないが、ならば、返却するように周知してはどうだ?」
「ええ。静森様が仰るのならば、すぐにでも指示致します。それよりも……僕、静森様の伴侶の方について伺いたくて……」
「何故?」
「推せるか否かの問題です」
「推せるか……? 夜宵、俺は先程からお前の話が時々よく分からないんだが……そもそも何故結婚を条件にしていたんだ?」
「それはマリアナ海溝よりも深い事情があって。推しとは奥が深いのです」

 力説した夜宵の姿に、静森が目を据わらせた。

「……まず、先に明確にしておきたいのだが、ギルドの連合の話は無し。結婚はしない。よいか?」
「はい。ただ、攻略時必要があれば僕を含めて魔術師の精鋭がご助力致しますし、装備も返却しますがクリーンな品に関しては必要があれば提供致します」
「そうか」
「はい! な、なので! 聞かせ下さいませ! どんなお方なのですか!? その砂月様というお方は!」

 ハイテンションに変わった夜宵を、静森は怪訝そうに見た後、僅かに口元を綻ばせた。それまで無表情だった推しの尊い貴重な笑顔に、夜宵の胸が射貫かれる。最推しの笑顔は神々しかった。

「俺の最愛だ」



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