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―― 本編 ――

【013】お見合い(SIDE:静森)

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 砂月の家から帰ってきた翌日、静森は夜宵との会談という名の見合いを控えていた。玲瓏亭にて朝の五時、スキルの練習を終えてから砂月におはようの手紙をした時分、砂月のことを思い出せば顔が緩みそうになったが、そのほかのことが煩わしいため、静森は部下が淹れてくれた緑茶を飲みつつ、仏頂面で座っている。人払いをしたため、そこには今は他には悠迅しかいない。悠迅と顔を合わせるのは、四日ぶりだった。静森の方が多忙だったからだ。

「どういう事だ?」

 その結果、当日の朝である現在、静森は悠迅から黒闇叡刻のローブの件を聞いていた。

「ん。だから、情報屋から手紙でたれ込みがあって、こっちでも昨日さらっと調べて裏を取ったら、【Lark】の奴らがローブを、だな」
「……」
「断るついでに、返すように進言すべきじゃないかと俺は思った。どう思う?」
「それはそうだろう。事実ならば許せる話ではない。そもそも装備を条件に結婚すると思われたことすらも腹立たしい」

 ――俺には砂月がいるのに。
  と、言いかけたが、静森はそれは口には出さなかった。

「悠迅。それはそうと、情報屋とは?」
「ほ、本人がそう名乗ってた」
「実名は?」
「さ、さぁ?」
「信頼できるのか?」
「裏付けをこちらで取った限りは、できる! 俺はそう思うぞぉ! 少なくとも!」

 片腕の悠迅の声に、静森は腕を組む。
 閉鎖的なギルドの中にいる事もあり、静森はあまり横の繋がりは多くない。どちらかといえばギルドの外交窓口は悠迅だ。その悠迅が言うのならば適切だろうかと考えたが、少々気になる。

「まぁいい。今回は、【Lark】の出方の方に注意が必要だからな」
「おう。見合いまであと五時間だな」
「ああ。それまでにいくつか書類を片づける」
「ん」
「ところで」

 静森は卓上の書類を一瞥したままで、悠迅に問う。

「炊き出しは順調か?」
「そうだな。カレーの頻度が高いくらいじゃないか? 課題は。固形ルー以外の素材が簡単すぎて……量を作るとなると、どうしてもカレーになるんだろうな。生産スキルがある奴らがそう言ってる」
「そうか」
「でも炊き出しがあるだけで、この街は落ち着いてるのは間違いない。余所はまだまだ大混乱してる都市も多いしな」
「他にも炊き出しをしているギルドもあるのだろう?」

 さらりと静森が問いかけると、悠迅が腕を組んだ。

「この前、生産ギルド【Harvest】主催の炊き出し相談会議に出た感じだと、うちを含めて十カ所は、その話し合いで炊き出しを決定したな。近隣だと【ハーマ】とか【筑紫ちくし】あたりのガチギルドも炊き出しをしている」
「なるほど」
「もうちょっと広まると良いんだろうが、まだまだ途上だなぁ」

 悠迅の声に、静森が頷いた。砂月もそのいずれかの炊き出しを見たのだろうかと考える。

「【Harvest】といえば、【Genesis】とギルドの連合をするらしいな」
「【Genesis】と?」
「おう。あそこは火力勢が多いから、最初に攻略に乗り出さなかったのが少し意外だったけど、調整してたのかもな。ギルマスの【遼雅】がやり手だって聞くから、準備を万端にしてから乗り出すつもりだったんじゃないかぁ?」

 それを聞いて、静森は頷いた。
 【エクエス】と【Genesis】は、実力面で比較されることが過去に幾度か会った程度に、ギルメンの戦闘能力が拮抗している部分がある。そして【Genesis】は、率先してギルマスが動くと評判でもある。

「まぁ、俺達も連合するなら、まともな相手がいいよな。どこがまともなのかとか、この状況でおかしくなってるのかは、外からじゃ分からないにしろ」

 悠迅の声に頷きつつ、静森は書類仕事を始めた。


 こうして、午前十時が訪れた。
 静森は時間を守る方である。だが、十時になっても玲瓏亭の一室からは動かない。

「静し……【トーマ】様。そろそろ行かないんですか?」

 他の部下が入ってきたので悠迅が名前を言い直して呼びかけると、静森が顔も上げずに言った。

「待たせておけ。もうすぐ書類が終わる。優先する価値もない」

 と、こうして静森はその後十一時まで書類を片付けた。
 そして十一時半に、待ち合わせをしている流転都市トールリィの酒場へと向かった。語理かたり庵というその酒場は、酒類というよりは、主に食事を提供している、ある種の高級料亭だ。一方では職に困る者が多いご時世にあって、このように裕福な者専門の店も最近ではぽつぽつと出始めている。主にギルド同士の会議などで用いられる場所だ。

 その一つの個室に静森が入ると、俯いて座っていた夜宵が小さく顔を上げた。
 痩身で、174cm程度の身長なのだが、どちらかといえば華奢という表現が適切だろう。長い髪を本日は下ろしていて、服装は桜色の和服姿だ。左目の下の泣きぼくろが控えめに見える。麗人なのは間違いない。清楚なのにどこか艶のあるように見える外見だ。

「待たせたな」
「いえ。ご多忙なのは承知しております。お時間を割いてくださり、誠にありがとうございます」

 鈴の転がるような声音で、夜宵が答えた。微笑した彼の表情は、どこか儚く見える。
 桜色の薄い唇の端が、僅かに持ち上げられている。うっとりするように夜宵は静森を見て、再び深く頭を下げた。

「本日は、宜しくお願い致します」




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