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―― 第三章 ――
【四十四】民間伝承とD/Sの記念日
しおりを挟むもうすぐ十一月が訪れる。すっかり湖面に映りこむ山々も赤や黄色の紅葉で色づき、収穫祭の行われる一日を前に、王領の人々は準備に追われているそうだ。冬への蓄えの確認、山がもたらす実りの収穫、様々な作業に民は多忙であり、その知らせを執務室で聞きながらまとめる僕も、冬の気配を間近に感じ始めている。
「ルイス」
本日は城にいるクライヴ殿下が、僕に声をかけた。
「一区切りついたのか?」
僕が置いた万年筆を一瞥している殿下の優しい声音に、静かに僕は頷いた。
「はい」
「では休憩に、少しこちらで紅茶はどうだ?」
「いただきます」
立ち上がり、僕が対面する席に移動すると、執事のバーナードが紅茶の用意をしてくれた。礼を言って、僕はカップを持ち上げる。
「収穫祭ももうすぐだが、十月最後の夜――前夜祭の方が、今年も賑わいを見せそうだな」
クライヴ殿下の声に、僕は首を傾げる。
「前夜祭ですか?」
「ああ。貴族にはあまり馴染みがないかもしれないが、民の特に若年層は前夜祭の逸話の方に心を躍らされるものだ」
「逸話? どのようなお話ですか?」
「黒神神話があるだろう? 月神セレスを攫っていった黒神ヴァラントのお伽噺だ」
「ええ」
「王国で初めてのSubであったセレスを、愛して離さなかった最初のDom――それが黒神だ。その日が、神話によれば、十月三十一日の夜、収穫祭の前日だったらしい。だから民間伝承において、十月三十一日は、D/Sの記念日とも呼ばれている。特別な第二性差がない民であっても、月神と黒神のパートナー関係になったその日を祝して、この日ばかりは盛り上がるようだ」
「そうなんですか……」
初めて耳にする『D/Sの記念日』という言葉を、僕は頭の中で反芻させる。神話はもちろん知っていたけれど、街に広がる民間伝承などを、僕はあまり知らない。まだまだ土地の人々の文化や風習には疎い。
「この夜は、首輪やリーシュを身に着けて、疑似的にDomとSubの気分を味わう恋人達も珍しくないんだ」
「全然知りませんでした」
「では、これから知ればいいさ。そうだ、たまには街を見に行ってみないか?」
「行きたいです」
「俺も、ルイスと共に、もっと様々な場所を回りたい。王領の事をより深く知ってほしいから――そうだな、たまには、お忍びで出てみるとするか?」
「お忍び?」
「ああ。俺とルイスの服装では目立ちすぎるからな。たまには民に紛れて、気楽に過ごすのもいいだろう。気づいても、お忍びだと分かれば領地の者は見て見ぬふりをしてくれるぞ」
楽しそうな声音で瞳を輝かせたクライヴ殿下に対し、僕は静かに頷いた。
「バーナード。俺とルイスに適した、街人風の服を用意してくれ」
「――畏まりました」
バーナードは僅かに呆れたような声をしていたが、異は唱えなかった。
部屋を出ていった執事を見送り、僕達はお茶を飲む。
街に行くのが、楽しみでならない。
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