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―― 第二章 ――
【三十一】亡霊の気配
しおりを挟む「今夜は、こちらで夕食をとるのでしょう?」
母上が穏やかな声を放ったので、僕は小さく頷いた。一泊する予定でいる。というのもクライヴ殿下が今宵は王太子殿下と兄弟水入らずで話すと聞いていたからだ。僕たちが現在暮らしている王領センベルトブルクは、このレゼルフォール王国においてもかなり重要な場所に位置しているから、政治面でのお話があるらしい。
「ええ」
「貴方のために、特別な子羊の肉を、シェフが牧場から取り寄せたのよ。楽しみましょうね」
温かな母の声を聴いたのは、僕が結婚式を終えて、旅立つ日の朝が最後だったから、途端に懐かしくなった。過去、僕は母上ともあまり言葉を交わさなかった。僕が自室にこもっていた時、母は時折茶会に誘ってくれたのだけれど、当時の僕には、ヘルナンドによる《外へ出るな》という《命令》があったから、いつも断っていた。
「今宵だけであることを切に願うが」
その時ぼそりと父上が言った。そちらを見ると、父はどこか沈んだような顔をしていた。
「人払いを」
父上は僕を一瞥すると、家令にそう命じた。使用人たちが部屋を後にし、応接間には家族だけが残った。兄は、何も言わずにその場を見守っている。ただ兄上も険しい顔をしているのは同じだった。
「レイラ、君も出ていなさい」
「まぁ、旦那様……どうしてですの?」
「いいから」
父の言葉に、母が困ったような顔をしてから立ち上がる。本日は青いドレスを身に纏っていて、飾りの花が揺れている。茶会の場でも、母のいで立ちは、注目を集めると聞いた事がある。母は僕と同じ色の瞳をしていて、僕は母によく似ている。
その後扉が閉まってから、父上が咳払いをした。
そしてじっと僕を見据えると、声を低める。
「ヘルナンド卿の事なのだが」
その名を耳にすると、僕の全身が冷えた。脳裏にヘルナンドの嘲笑するような顔がよぎっては消えていく。胸が苦しくなってきて、僕はそれをなんとか静めようと、カップを手にした。
「彼は非常に社交的で、現在の伴侶を連れては、シーズン以外も各地の夜会に参加している。そんな彼の口からは、ルイスについての噂話――いいや、真偽を私は知らないから、事実である可能性も残る言葉が放たれているのを確認している」
父の声に、僕は膝の上でぎゅっと手を握った。
「どのようなお話ですか……?」
恐る恐る僕が尋ねると、父が深々と吐息をした。その時、兄上が端的に述べた。
「――いかにルイスが、蔑むべきSubであるか。そういった趣旨の話だよ」
「っ」
「ルイス、お前がヘルナンド卿に、婚前交渉を迫り、それをヘルナンド卿は辟易しながら止めていたから、だから今、二人は国外追放されずに済んでいると、少なくともあちらは主張しているよ」
兄のまっすぐな声には、窺うような色が滲んでいた。
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