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―― 序章 ――

【十一】好きなコマンドとプレイ

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 その後は、塔の下へと戻った。そして普段いる事に決まっている二階のリビングルームへと向かった。長椅子に僕が座ると、クライヴ殿下が正面の席に座り、侍従が紅茶のカップとティースタンドを置いてから、部屋を出ていった。控えていないのは、クライヴ殿下が僕と二人にしてほしいと言ったからだ。

「ルイスは、どんな《命令》が好きだ?」

 不意にクライヴ殿下に問いかけられて、僕は陰鬱な気持ちになった。正直、《命令》される事を好きだと思った事は、一度も無い。体が、本能が、勝手に喜ぶだけで、意識的には、とても怖い。僕は《命令》に対して、『従いたくない』と思うか、諦めているかのどちらかだった。諦められる命令だったらまだマシな方で、心の底から嫌だと思う命令も多かった。だがヘルナンドは、僕にそんな命令をしながら、僕に対して『嬉しいだろう?』『喜んでいるんだろう?』と言っていた。実際、従う僕の本能は、命令を受け入れていたのかもしれない。

「……どうしたんだ? そんなに暗い瞳をして」
「っ」

 窺うようなクライヴ殿下の声に、息を呑んでから、僕は顔を上げた。いつも無表情の僕ではあるけれど、自分でも血の気が引いて顔が強張っているのが自覚できた。

 だが、たとえば僕が、『《命令》は嫌いだ』と素直に発言して、もしもクライヴ殿下の不興を買ったならば……離縁は貴族には滅多にないが、きっと僕は遠ざけられるか、実家に戻されるだろう。これ以上生家に迷惑をかけ、両親や兄を心配させるわけにはいかないし、僕が王都に戻ってきたと知れば、戯れにヘルナンドが顔を出す可能性もある。二度と会いたくない、会うのも怖い――ここにいれば安全で、僕は他に行くところもない。追い出されるわけにはいかない。

 クライヴ殿下は、一体どんな答えを望んでいるのだろう。じっくりと悩んでみたが、思いつかない。聞いてみようか。それは構わないだろうか。暫しの間悩んだが、僕はその考えを実行する事に決めた。

「く、クライヴ殿下は……どのような《命令》が好きですか?」
「俺? 俺か……そうだな、俺は愛があるプレイが好きだから、自然と《命令》もそういうものが増えるな」
「愛があるプレイ……」
「少し試してみるか?」

 実感がわかなかった僕に対し、優しい声がかかった。視線を上げて、僕は小さく頷いた。するとクライヴ殿下も両頬を持ち上げた。

「《俺の目を見てくれ》」
「……」

 力がこもる言葉に、僕は視線を向ける。惹きつけられたようになり、クライヴ殿下のアメジスト色の瞳から目が離せなくなる。何度かゆっくりと瞬きをしながら、僕はうっとりとしていた。この《命令》は、怖くない。

「《おいで》」

 優しい声が続いた。僕は気づくと立ち上がっていて、フラフラとクライヴ殿下の方へと歩み寄っていた。従うのが苦ではない。僕が斜め前に立つと、僕の左手首にクライヴ殿下が触れた。そして軽く握ると、僕を見てまた柔らかく笑った。

「《隣に座ってくれ》」

 僕はこくりと頷いてから、腕を軽く引かれるままに、クライヴ殿下の隣に座った。すると肩を抱かれた。僕の体がクライヴ殿下の方へと傾く。

「本当は『キスをしてくれ』とも命令したいが、それはまた今度にしよう。今日は俺からさせてくれ」

 そう言うと、クライヴ殿下が僕の頬に口づけをした。その柔らかな感触に目を瞠っていると、僕の肩を抱く手で、クライヴ殿下が僕の髪をゆっくりと撫でた。

「俺の好きな《命令》は、こういうものだ。基本的に、ルイスをそばに置きたいという事かもしれないな」

 僕はその言葉に、とても安堵し、目を伏せた。
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