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―― 序章 ――

【九】翌日の安堵

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 翌朝、目が覚めると僕の体が綺麗になっていた。
 これは中を綺麗にする魔導具の効果だ。男性同士の結婚の際には、よく用いられる。養子縁組制度も根付いている。

「……」

 恐らく背中の傷は見られなかったと思う。僕はその事に安堵していた。
 裸のままで眠っていた僕にはシーツがかけられていて、隣の椅子の上には新しい服が用意されていた。既にクライヴ殿下の姿は無い。立ち上がって着替えてから、僕は寝室を出た。そして自室へと戻る。時刻は午前十一時だった。随分僕はゆっくりと眠っていたらしい。きっと起こさないように配慮してくれたのだと思う。

 長椅子に座った僕は、一人きりの室内で、細く長く吐息した。
 瞬きをすると、昨夜の事が甦ってくる。
 誰かと体を重ねるというのは、僕にとっては衝撃的な事だった。王族は閨の講義を受けると聞くから、クライヴ殿下は初めてではなかったのだろうと漠然と思った。なにせ――巧かったように思う。そう考えると、僕の頬が熱くなった。座ったままで、僕は暫くぼんやりと、昨夜のことを回想していた。

 ノックの音がしたのは十二時を少し過ぎた頃の事で、返事をすると扉が開いた。

「おはよう、ルイス」

 入ってきたクライヴ殿下は、僕を見ると微笑した。ぎこちなく僕は頷く。

「体は大丈夫か?」
「……はい」
「そうか。では、昼食を共に食べよう」
「……分かりました」

 頷き、僕は立ち上がった。自ら呼びに来てくれるとは、優しいと思う。その後二人で長い廊下を歩き、階段を下りた。食堂は一階にある。エントランスホールを横切って、西の方へ向かい、僕達は食堂に入った。そこに控えていた侍従達が、僕らのために椅子をひいてくれる。こうして僕達は、対面する席に座った。白いテーブルクロスがかけられている。

 本日のメニューは鶏肉の香草焼きだった。
 ナイフとフォークを手に、僕は切り分け、口へと運ぶ。飲み物は、切った檸檬が入った水だ。よく冷えていた。この国の主食はライスだ。四季がある温暖な気候で、米と小麦がよくとれる。そばもまた、多く収穫できる。一年には十二の月があり、午前と午後に分けられている時間も十二ずつで、合計二十四時間だ。今は、新年ニューイヤーから見て、一年の半分が過ぎた七月の頭である。

「ルイス、食が進んでいないな」
「僕は、元々あまり入らないんです」

 味がしないと思う毎日だったから、すっかり食事を楽しむという行為を、僕は忘れてしまっていた。すると小さくクライヴ殿下が頷いた。

「少し瘦せすぎているものな。少しずつでいいから、食べる量を増やすといい」
「……はい」
「食べやすいものや、好物を多く出すようにシェフには伝えておく」
「あ、あの、とても美味しいです」
「――そうか。別にシェフを罰したりはしない。優しいんだな、ルイスは」

 僕の言葉に、クライヴ殿下が苦笑した。
 ヘルナンドだったら、即刻クビにしていただろうと思ったから、僕の方こそクライヴ殿下の心の広さに驚いてしまった。高位の貴族が、Domに限らず威圧的な事が多いというのが、僕の印象だ。僕のように陰気な方が、少ないのだと思っていた。

「食事を終えたら、少し歩こうか。城の中を案内したい」
「はい……」

 僕は頷いてから、静かに水を飲んだ。
 クライヴ殿下はそんな僕を、終始優しい眼で見ていた。


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