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【21】卵

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 ――事後。
 体を綺麗にしてから、俺達は朝食へと向かった。腰に力が入らない。
 本日は、ユフェルは仕事へ行くらしい。

 俺は、今日はゆっくりと休む事に決めて、食後寝室へと戻る事にした。ゴロゴロと横になっていると……いやでも体を重ねてしまった事を思い出す。一人赤面しながら、俺は枕に顔を押し付けた。

 解毒薬の完成まで、あと六日。
 それまでは、毎夜、体を重ねるのだろうか? それとも……子供が出来るのだろうか? 嫌では無いが、正直怖い。そんな事を考えながら、悶々と過ごす内、俺は疲れていたのか、寝入ってしまった。

「――ルネ、カルネ」
「ん……」

 ユフェルに起こされたのは、夕方の事だった。俺は温かい何かを抱き枕にしていた。

「……?」

 何だろうかと思い目を開けると――そこには巨大な白い卵があった。

「え」

 狼狽えて、俺は飛び起きた。

「待ってくれ、こ、これは?」
「卵だな」

 ユフェルが淡々とした声で言った。俺は窓の外を一瞥する。既に日が落ちているが、昨日までのように、体は熱くならない。

「これ、え? は? え? 俺はどうすれば良いんだ?」
「無事に卵が出来たらしい事、まずは一安心だ」
「嘘だろ……えええ?」

 呆気にとられた俺は、何度も卵の表面を撫でた。子犬くらいの大きさだ。

「生まれるまでは、抱いて眠ると聞いている」
「……いつ生まれるんだ?」
「個人差があるらしい」

 それじゃあ全く分からない。というより、卵は一体何処から出てきたのだろうか? 混乱するばかりで、俺はどうして良いのかさっぱり分からない。

「卵は夜だけ抱けばいいのか?」
「いいや。可能な限り、終始抱いていて欲しい。俺も抱くが」
「う、うん……」

 反射的に頷いたものの、俺は動揺でいっぱいだった。


 こうして、俺が卵を抱きしめる生活が始まった。夕食を食べる時は、カゴに入れて、隣の椅子に置く。そして夜眠る時は、俺とユフェルの間に卵を置く事に決まった。巨大な卵は、ほんのりと温かい。不思議と心地の良い温度だ。

 一週間経つまでもなく、解毒薬は不要になってしまったのだが、一応約束の日に、俺は薬を取りに行った。その時は、ユフェルが卵を抱いて家にいた。

「お代も確かに! また機会がありましたら!」

 ランスにそう言われ、俺は解毒薬の瓶を受け取った。一応飲んでみたのだが、非常に苦かった。これでもう、俺は媚薬の熱からは解放されたはずである。

 が――正直、卵を挟んで眠っていると、たまに俺の体は熱くなって、ユフェルとの情事を思い出すようになってしまった。恥ずかしいのでそんな事は言えないが、時々俺はモノ欲しくなる。なお、ユフェルが俺に手を出してくる気配はゼロだ。それもそうか。もう卵という目的は達成したのだから……。

 この日も、俺はユフェルと卵と寝台に横になった。

「なぁ、ユフェル」

 そこで俺は、ずっと考えていた事を尋ねる事に決めた。

「ん? なんだ?」
「名前、どうする?」
「子供のか? そうだな……」

 俺の言葉に、ユフェルが思案するように瞳を揺らした。

「イゼルはどうだ?」
「うん。俺、思いつかないから、ユフェルが良いなら良いよ」
「では、そうしよう」

 イゼル、か。俺は心の中で繰り返しながら、卵を抱きしめた。愛が無い子供は可哀想だと数日前まで思っていたはずなのだが、今となっては早く生まれてきて欲しいと思うから不思議だ。


 ――卵にヒビが入ったのは、それから五日後の事だった。俺もユフェルも仕事を休んでつきっきりだった為、その異変にはすぐに気がついた。割れた部分からは、黄金の光が漏れている。

「生まれるな」
「そ、そうなのか!? え、え、ミルクとかいるのかな!?」
「準備はアーティに手配してもらい終わっているから、安心してくれ」

 ユフェルがそう言った時、卵が大きく割れた。そしてカラがパラパラと床に落ちていき、空中に一人の赤子が出現した。俺は目を見開いた。俺と同じ黒髪で、瞳の色はユフェルと同じ緑色をしている。

「生まれたか」

 ユフェルがそう言うと、赤子に手を伸ばし、抱きしめた。すると光が収束し、少ししてから室内に泣き声が谺した。俺は焦りながらユフェルに歩み寄り、赤子を覗き込んだ。

「本当に、生まれたんだな……」
「ああ。俺とカルネの子供だ」

 柔らかそうな肌をしている赤子を見て、俺は嬉しくなった。と、同時に少しだけ寂しくなった。これで、俺はもう用済みという事でもある。ユフェルはもう、俺を必要としないだろう。

「イゼル、か」

 そうは思ったが、赤子があんまりにも愛おしくて、俺は笑顔を浮かべた。

「俺も抱っこしたい」
「ほら」
「――意外と重いんだな」

 ユフェルの腕から赤子を引き取り、俺はニコニコしてしまった。するとそんな俺ごとユフェルが抱きしめた。

「これからは三人家族だな」
「……うん。けど……俺はいらないんじゃないのか?」
「それは冒険者の仕事に邁進したいという意味か?」
「そうじゃなくて……無事に子供も生まれたから……」
「いらないわけがないだろう」

 するとユフェルが怖い顔をした。そしてじっと俺を見た。

「カルネ。ずっとそばにいてくれ」
「ユフェル……」
「カルネがいなければ話にならない。君は俺の大切な伴侶だ。たった一人の」

 その言葉が無性に嬉しくて、俺は微笑んだ。
 この日から、俺とユフェルの関係も、新しくなったような気がする。
 何より、新しい家族が加わった。


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