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【9】技量精査空間
しおりを挟むCランクの依頼には、エリスの森の第二区画のモンスター討伐について記されている紙が多かった。俺が昨日採取を行ったのは、第一区画だ。第一区画は、冒険者証があれば入る事が可能だが、第二区画はCランクからでなければ入る事が出来無いという。これも登録証の魔力を感知して、判別しているようだ。大規模な結界魔術が展開されているらしい。
「うーん」
最も報酬が良いのは、【レッドスライム】の討伐と【ブルーゴブリン】の討伐だった。スライムとゴブリンの討伐は、初心者冒険者の主要な仕事であるとは、俺も聞いた事があった。しかし、ワルミーナ村には生息していなかったので、俺にとっては初の討伐対象となる。俺は赤いスライムの絵と、青いゴブリンの絵を交互に見た後、悩んだ結果、ゴブリンの依頼書を手に取った。
「これをよろしくお願いします」
「へーい」
受付にいた青年は、俺を見るでもなく手を伸ばすと、紙を受け取った。胸元には名札があって、ガゼルと書いてある。ガゼルはすぐに、依頼受諾の許可をくれた。
依頼書を俺は、村時代から用いている簡素な鞄にしまい、肩からかけた。ぴったりと体に身につけられるこの鞄も祖父が譲ってくれた品で、剣を揮う時に邪魔になる事も無い。
石畳の路を歩き、昨日同様、エリスの森へと向かう。大小が様々な木々の合間を抜けて、俺は第二区画を目指した。緑色の柵が区画と区画の中間に並んでいる。扉に手で触れると、腕輪型の冒険者証が輝き、それが開いた。俺は緊張しながら先に進む。
ブルーゴブリンを十体討伐するのが、本日の仕事だ。
ブルーゴブリンとレッドスライムには、すぐに遭遇した。扉を開けたら、正面にひしめいていたのだ。ブルーゴブリンは、青く大きな頭をしているが、背は低い。代わりに横幅が大きい。遠目から見ると岩に見える。レッドスライムは、ほぼそれと同じ大きさだが、ぷよぷよとしているようだった。
「よ、よし……!」
俺は気合いを入れて、剣の柄に手をかけた。そして抜き、すぐにしまった。
キン、と、音がした。
瞬間、十体のブルーゴブリンの体が斜めに裂けた。
「……」
魔獣は、倒すと光となって消える。十体分のブルーゴブリンのいた空間から、宙へと光が登っていく。その場には、倒すと残されるアイテムが代わりに出現した。ブルーゴブリンの場合は、『ゴブリンヘルメット』や『つるはし』、『硬い肉』と、500メルスだ。メルスというのは、このエステル王国の通貨である。
「……え、弱すぎないか?」
俺は、大根を剣で斬る場合を思い出した。一回に十体も斬れないし、完全に真っ二つにするためには、何度も剣を動かさなければ――つまり数擊を与えなければならない。しかしブルーゴブリンは一撃で良かった。動きも大根と違って鈍く、一瞬だった。
「……」
落ちているアイテムに歩み寄り、まずはメルス通貨をお財布に入れた。その他のアイテムも冒険者ギルドで換金可能なので、俺はそれぞれ袋に入れてから、鞄に突っ込んだ。見た目は小さい鞄だが、いくらでも品物が入る魔法アイテムである。それから依頼書を見ると、先程まで【0/10】と書かれていた場所が、無事に【10/10】となっていたので、あとはギルドで確認してもらうだけだと分かった。なんだこれ。簡単すぎないか?
俺は間違って倒したわけでも無いようだしなぁ……。
まだまだ沢山いる魔獣達を見ながら、俺は思案した。
これで良いなら、いくらでも倒せそうだ。
まだ午前中。俺は一度ギルドに戻る事にした。するとガゼル青年が、チラリと俺を見た。
「Cランクにしては早かったなー! 完了か?」
「ああ、見て欲しい」
俺はカウンターに、依頼書と、鞄から取り出した通貨以外を並べた。するとガゼルが小さく息を呑んでいた。黄土色の髪が揺れている。
「完璧だな。しかも早い。ええと、カルネさんだっけ?」
「うん、俺はカルネだ」
「ディアスさんから昨日から王都に来たって聞いてた。これだけ討伐が早いとすると、腕だけ磨いていて、依頼達成経験が少ない系だから冒険者ランクが低いと判断するしかないなぁ」
……。
大根としか格闘していないが、確かに依頼達成件数は少ない。
「依頼を沢山引き受けて、ランクを上げたいんだ」
「それもありだけどな、腕に自信があるんなら、技量精査空間で測定して、最低限のランクアップは可能ですよ」
「技量精査空間?」
「剣技と魔力の測定を、擬似モンスターで行う部屋。国内でも三ヶ所にしかないから珍しいかもしれないけどな。ここにはある。やってくかい?」
「お願いします!」
なんだその良い部屋は……! 俺が即答すると、ガゼルが微笑した。
そしてカウンターの奥から出てくると、俺を二階に案内してくれた。
「この部屋に入ると、擬似モンスターが出てくるから、好きなように倒してくれ。奥の部屋で俺は測定するから」
「分かった!」
ドキドキしながら、俺は部屋の扉を開けた。何も無い白い部屋で、床だけが木で出来ていた。中央には球体がある。それを眺めていると、少ししてから、青緑色に光り輝き始めた。緊張しながら、俺は剣に手をかける。
――そこへ、巨大な青緑色の竜が出現した。
え。
竜なんて初めて見たが、新聞の写真では目にした事があったから、そうなんだろうと判断するが……巨大だ。部屋いっぱいに、竜の体が広がっている。肌は硬いウロコで覆われていて、全身は草色だ。竜が呼吸をする度に、禍々しい風が吹き荒れ、背中の巨大な翼が動くと竜巻が発生している。足踏みをした場合には、部屋全体が振動する。な、なんだこれ。ちょっといきなりレベルが違うのではないのだろうか? 竜って、だって、Sランク以上が倒す存在だ。
冒険者ランクのS・A・B・C・D・Eは、一般人が到達可能なランクだ。この中で、Sになると、個人差がありすぎて、強くなる度に、SSやSSSと細分化されて評価されるらしいのだが、多くの冒険者は、Bになったら一人前、Aになったら凄腕とされて、Sにはなれたら良いなぁくらいで生きているというのに。
しかし、俺は王都で頑張るのだ。例え竜が測定相手であるとしても、頑張らなければ。それに擬似モンスターだと言っていたから、本物では無いだろう。
剣を抜き、俺はまず後ろに跳んだ。すると竜の手が迫ってくる。爪を剣で受け止めた俺は、冷や汗をダラダラとかきながら、どう倒すか思案した。基本的には、竜は首を落とすと倒れるらしい。しかしウロコが硬そうだ。果たして斬れるだろうか?
まずは、斬れるか、確かめよう!
俺は、爪を振り払ってから、今度は右に一度跳び、地を蹴って宙に舞った。両手で剣を握り締め、竜の首を睨めつける。そして試しに軽く剣を揮った。
「!」
すると、ズドンと音を立てて、竜の巨大な首が、床に落下した。え。皮膚一枚斬ってみるだけの予定だったんだけどな。あ、あれ? 見た目ほど硬く無かった?
着地した俺の前で、竜の体が光となって消え、部屋には元の通りの球体のみとなった。球体を見ると、青緑色の光は収束していた。
そこへ扉が開いてガゼルが入ってきた。
「す、すごい!」
「へ?」
「グリーンドラゴンを一撃で倒すなんて、SSSランクの冒険者と同等の腕前です。そこまでしか測定出来ないから、SSSRの可能性もあるけど」
「……」
「ただ、あくまでも擬似モンスターだから、実際にSランク以上になる為には、一定数の依頼をこなしてもらわないとならないのは間違いないんだけどな。それでもこの部屋の測定結果として、今日からカルネさんはAランクでオッケーです!」
「本当に? 俺が、A!?」
「本当、本当!」
俺は嬉しくなって満面の笑みを浮かべた。その後階下に戻り、俺は冒険者ランクをAランクにしてもらった。これで俺は、一応、『凄腕冒険者』を名乗って良い事になったのだ。また一つ、夢が叶った。だって俺はずっと、王都で凄腕冒険者になりたかったのだから。しかしどう考えてもあの竜の肌は、大根よりも柔らかかった……。
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