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【十五】結婚

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 あらかたの招待状も出し終わったその日、マリーウェザーは、待ち合わせをしている旧宮殿の二階を改築したレストランでジェフリーの来訪を待っていた。

 時間に少し遅れて顔を出したジェフリーは、帽子をとると、嘆息した。

「【駒鳥】――結界を」

 そして椅子に座すと同時にそう述べた。
 慣れてきたのでマリーウェザーも何も言わない。

「ああ、抱きしめてキスがしたい」
「はしたないです」
「――また一ヶ月も会えなかった。早く降嫁してくれ。毎日会いたい」
「っ」

 最近のジェフリーは、とにかく甘い。ジェフリーから見れば本音を口にしているだけなのだが、いちいちマリーウェザーは照れてしまう。

「……来月には、式ですね」
「早く終わってほしい。そうすれば、マリーウェザーは常に俺の事を家で出迎えてくれるのだろう? つまり毎日会える。会えない現状が憎い」

 ジェフリーはただ本音を述べているだけだ。だが、照れるなというほうが無理で、マリーウェザーは俯く。よくよく理解してみれば、ジェフリーは本当に素直だった。

「あ、明日は安息日ですね」

 気分を切り替えようと、マリーウェザーは話を変えた。するとジェフリーが大きくうなずいた。

「魔術植物園へと行く約束だったな」
「ええ」
「宇宙を模した植物水槽が広がっているという話だな」
「そのようですわね」

 そんなやりとりをしながら、二人はナイフとフォークで食事を切り分けた。



 翌朝。
 朝に極端に弱いジェフリーだったが、好きな相手とのデートの約束である。
 気合いで起きた。

「いってらっしゃい、兄さん」

 玄関まで一緒に出たギルバートを見て、目をこすりながらジェフリーが頷く。

「マリーウェザーを害するようなやつの排除は、本当に頼んだからな」
「既に対応済みだよ」
「……怖いから、仔細は聞かないが」

 そんなやりとりをした後、二人は別々の馬車に乗った。



 王宮の正門で、マリーウェザーはエインズワース侯爵家の馬車を待っていた。本当は来てから外に出ても良かったのだが、一刻も早く会いたいという思いがそこにはあった。

「マリーウェザー殿下」

 降りてきたジェフリーに声をかけられて、マリーウェザーは視線を一度下げた。その後顔を上げて、完璧な淑女然とした微笑を浮かべる。

「お待ちいたしておりました」
「これでも早く起きたんだぞ?」
「社交辞令です」

 そんなやりとりをしながら、馬車へと二人で乗り込む。
 そうして扉は閉まり、馬車が走りだした。ジェフリーはそれとなくマリーウェザーの手を見る。

「花が好きなのか?」
「嫌いではありません」
「そうか。しきりに前々回の晩餐の席で、植物園を褒めていたから喜ばせようと思ったのに残念だ」
「っ」
「もっとも俺は、マリーウェザーが横にいてくれたら、その顔を見ていればなんでも楽しいから、いっしょに行けるのならばどこでも良いがな」

 素直クールとは、この事をいうのであろうか。
 ジェフリーは本音を口にするだけであるのだが、マリーウェザーは胸がドキドキして仕方がない。

「わ、私だって、ジェフの横にいられたらそれで」
「漸く俺の名を愛称で呼んだな」
「っ、二人きりですので」
「今後はもっと二人きりになろう」
「で、ですから、はしたないと――」
「つまりさっさと結婚したらいいということだな」

 はぁとジェフリーが溜息をついた。早く一緒にいたいという気持ちは、マリーウェザーも同じだった。



 ――このようにして、二人の結婚式の日取りが訪れた。
 その日は、よく晴れていた。

「死がふたりを分かつまで、互いを愛する事を誓いますか?」

 聖職者の言葉に、二人は顔を見合わせる。紫色のジェフリーの瞳と、蒼いマリーウェザーの瞳が重なった。

「誓います」
「誓います」

 定型文だ。そう述べたのち、誓いのキスをする事になった。マリーウェザーの後頭部に手をまわした時、ジェフリーが小声で言った。

「実際には誓わないが」
「え?」

 驚いてマリーウェザーが聞き返す。するとジェフリーが口角を持ち上げた。

「死んでも絶対手放さん。分かたれても、俺はお前だけを愛するし、マリーウェザーが俺以外を愛するのは認めない」
「!」
「愛してる」

 そう小声で述べてから、ジェフリーはマリーウェザーの唇を奪ったのだった。



 ――これが、三年前の記憶である。
 その後、迎えた初夜ですぐに二人は、第一子を授かった。長子のレグルスは、マリーウェザーによく似た髪の色と、ジェフリーによく似た紫の瞳をしている。

 二人の間に第一子が生まれてすぐ、先国王グレイルは崩御し、現在はエドワードが即位した。そして昨年、それに合わせて、ジェフリーも宰相位についた。





 歌劇を見た翌朝、マリーウェザーはジェフリーの腕の中で目を覚ました。

「ん……」

 麗しいそんな妻の姿を、若き宰相となったジェフリーは先に起きて見つめていた。結婚してから、低血圧がだいぶ良くなった。

「マリーウェザー」
「っ」

 愛する妻の唇を奪ったジェフリーは、両腕に力を込めて、隣からマリーウェザーを抱きしめる。

 このような顛末があったのだが、世間の人々はそれを知らない。
 よって二人は今でもなお、政略結婚だったと噂されている。 

「まだ五時だ」
「ジェフ……」
「お前が欲しい」

 ジェフリーが、マリーウェザーの体にのしかかる。目を覚ましたエインズワース侯爵夫人は、息をのんでから破顔した。

「私も」

 それから二人は啄むように唇を重ねたのだった。



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