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知識とハジメテと

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  カグヤはソファーで寝てしまった。
  ベッドは新調し、明日届く。
  千皇はキッチンの椅子に座り、パソコンの画面を見ては小さく一息着いた。
  魔族の事など、いくら調べても出てくる訳でも無く、天使やら悪魔やら調べたとてそれは人間の想像でしかないし、対処法なんか載っている訳でもない。
  宗教的な物まで調べてみたが、それが現実に当てはまる訳もない。
  そう言えば、客に霊感のある占い師が居た気がしたが、まともに相談するのが馬鹿らしい。
  当たり前だが、知らない事ばかりだ。
  翠親子の件も終わって居ない。
  魔王がまだ自分の目の前に現れない今のうちに、どうにかしたい。
  考えれば考える程、複雑だ。
  せめて、カグヤが自分の気持ちに気付いたら少しは楽だが、そこまではまだ掛かりそうだ。

(……ここまでしてんのにな)

  そう思うと、自分のしている事が滑稽で笑えて来てしまう。
  百戦錬磨と言われて来た男が、でっかい石につまづきまくっている訳だ。
  と言うより、今まで恋愛沙汰に何もして来なかったツケなのだろうか。
  外には出られないのだ、生活面で甘えてくれるのはカグヤにしてみれば仕方の無い事だ。
  千皇に甘えておかないと生きて行けない。
  でも、少しくらいは何故そこまでしてくれるかに気付いて欲しい気もする。
  本当に分からないのか、単に気持ちを認めたくないのか。
  言うのは簡単、伝えるのが難しい。
  どうなりたいのかは何となく分かる、が、自信がないのか、魔王の事を気にしているのか。
  調べてもないものは仕方ないのだが。
  千皇は左目に手を当てると、深くため息を吐いた。
  その時、インターホンが鳴った。
  面倒だし、カグヤは寝ているし、居留守を使おうとしたが、再びインターホンが鳴る。
  千皇は椅子から立ち上がると、リビングのモニターを覗いた。
  モニターには着物を着た翠の母親と、母親の腕にしがみついている翠が映っている。
  千皇は眉間に深い皺を寄せた。  
  小さくしたうちをすると、寝ているカグヤを見た。
  狭いソファーに羽を出したまま寝ている。
  それを見ると、また溜息が出た。
   千皇はクローゼットまで行くと、適当なジャージを掴んで寝ているカグヤに近づいた。
  背もたれに顔を向け、千皇がいつも使っているブランケットを抱き締める様に身体を丸めて寝ている。
  背中の羽も背中のラインに沿って居て、シッポは床に垂れ下がっている。
  千皇はカグヤの背後にしゃがみこむと、色白の項にかかる金色の髪の毛をそっと掻き分けた。

「……んっ」

  カグヤが小さく呻き声を上げると、ピクっと肩を窄める。
   次の瞬間。

「ぃいっ!?」

  カグヤが飛び起きた。

「な、何だよっ!?いきなりっ!?」

  カグヤは上半身を起こすと、涙目で千皇を睨んだ。

「起きて羽やらしまえ。そんで、これ着とけ」
「……起こすにしても、シッポ引っ張る事ねぇじゃん。結構痛いんだぞ」

  カグヤはブツブツ言いながらシッポの付け根をさすった。

「急いでんだ、仕方ねぇ」
「お前の都合じゃねぇか……」

  カグヤは肩を落とすと溜息を吐き、羽やらをしまうとジャージに袖を通した。
  三度、インターホンが鳴った。
  千皇が再び舌打ちをする。

「……客なら俺はベッドルームにでも行っとくけど」

  少し大きめのズボンを履きながら、カグヤは小さく呟いた。

「ベッドルームには行かせたくない」

  千皇も小さく答えた。

「……あー、……千皇の相手か」
「居るか、そんなもん。……まぁ、お前が横に居るならそれの方が良い」

  そう言うと、千皇はカグヤにヘアゴムを渡した。
  カグヤは不審に思いながら、渡されたヘアゴムで髪の毛を縛った。
  
「あんなベッド、気持ち悪ぃだろうが。……明日にゃ新しいのが届く、それだけだ」

  立ち上がる千皇に、そーですか、とカグヤは呟いた。
  千皇はそのままリビングを出た。
  しばらくすると、足音が3人分聞こえた。
  聞き覚えしかない千皇の足音、静かに歩幅の短い足音、軽くはあるが床を踏みしめる足音。
  リビングに入って来た人物を見上げると、カグヤは一瞬眉間に皺を寄せた。
  千皇の後ろを着いて来た翠の母親は、覇気のない様な眼差しでカグヤを見た。

「……どんな方かと思えば、貴方には似合いませんね」

  翠の母親は静かな口調でそう言った。

「そーでしょっ!?僕のが可愛いのにさ」

  母親の腕にしがみつきながら、翠はカグヤを睨んだ。
  カグヤは一息着くと、二人から目線をずらす。

「……何がしてぇんだよ」

  また、モヤモヤがカグヤの中で広がる。

「勝手に来たのはコイツら。外で話したら、またテメェがイジけるだろうが」

  そう千皇は言うと、カグヤの横に座った。
  
「いちいちイジけるか。お前が俺を一人にするなんて毎回じゃねぇか」
「だから、今回は行かねぇでいるだろ」

  横に座る千皇とは目を合わさず、カグヤはさらにそっぽを向いた。
  母親は横の丸椅子に、翠は千皇の正面の床に座った。

「貴方は……、ご自分以外興味が無いと思っていました」

  座ると同時に、母親はそう呟いた。

「それとも、翠にヤキモチをさせたいのですか?」
「ちー、コイツと2回もキスしたんだっ!僕には言ってもしてくれなかったのにっ!!」

  翠は涙目でカグヤを睨むと指を指した。 

「俺だって人を選ぶ」
「でも、僕とは契約してたじゃんっ!?」
「その気も起きねぇのにキスもへったくれもあるかよ」
「弾とだってしたって」
「アレは成り行きだ」

   翠の反論に、千皇は淡々と答えて行った。

「ちーが一番だって言ってるのに、何にもしてくれないじゃんっ!」
「俺の一番じゃねぇからな」
「キスだってフェラだって、ちーを気持ち良くさせられるのにっ!」
「テメェに突っ込むだけの棒だ。オモチャに感情なんざ要らねぇだろ」
「ちーはオモチャじゃないもんっ!」

  オモチャじゃない、翠のその言葉がカグヤの胸に刺さった。
  母親は小さく溜息を吐いた。

「……その方は、弾さんのセフレなのでしょう?弾さんだってお困りのご様子。返して差し上げなければ」
「そーだよっ!弾のお気に入りって言ってた」
「ならば、余計にお返しなさって下さい。他人の物を横取りなどしてはいけませんよ」
「弾のとこに戻れよっ!!先にちーに手を付けたのは僕なんだからっ!!」
 
  そんなに巻くし立てられても、千皇の部屋からは出られない。
  千皇に着いて行こうと決めたのは自分なのだし、千皇は翠に対して興味すらないと言った。
  
「……確か、弟さんがいらしましたね。貴方の様な髪の毛の色と、肌の色の……」

  母親の言葉にカグヤは目を丸くした。
  ルシカの事か?ヨゾラの事か?

「弟って奴も生意気だった。可愛くないし」
「アイツは辞めとけ。手でも出そうもんなら、地獄の果まで平気で追いかける奴がいる。俺よりもしつこくて、厄介だ」

  どっちの弟か頭がグルグルするが、カグヤの横で千皇がそう答えた。
  ルシカの事だろうか。
  
「弟には姫神がいる。心配すんな」

  ポツリと千皇がカグヤに言った。
  やっぱりルシカの事か、とカグヤは俯いた。

「貴方は何故、翠よりそちらの方を選ぼうとしているのですか?翠ならば、全てを含めて貴方を楽に生かせられるのに」

  カグヤを見る母親の目は冷たい。
  口調は静かだが、棘がある。
  生かせられる、との言葉には魔王の様な言い方に聞こえた。

「俺の人生、なんでテメェ等にやらなきゃならねぇんだ」

  千皇は不機嫌そうな表情を浮かべながら、テーブルの端にあるタバコに手を伸ばした。
   思わずカグヤも手を伸ばし、タバコを取ると千皇に渡した。

「あーっ!!」

  その時、翠の目がつり上がってテーブルに身を乗り出し、カグヤをじっと見詰めた。
  その目とカグヤの目が合うと、目を丸くする。

「翠、少しは落ち着きなさい。取り乱してばかりですと、舐められたままですよ」

  母親は静かに翠に言った。

「だってっ!!ちーは僕以外とセックスしたんだもんっ!!」

  翠の言葉にカグヤは驚いた。
  そして、そのまま千皇を見るも千皇は普通に無表情だ。
  
「首、キスマーク付いてるっ!!僕には付けてくれないのにっ!!」

  翠はカグヤの首を指さした。
  カグヤは慌てて首に手を当てた。
  この前、確かに抱かれたがそう言う事はされた記憶は無い。
   そもそも、その時に付けられたとしても、もう残っては居ないだろう。

「翠、落ち着きなさい」

  再び母親は静かに口を開いた。

「だって、お母さん……」

  翠は指を下ろすと、肩を落として母親を見た。
  お母さん……、カグヤはルシフェルを思い出した。
  ルシフェルも穏やかな口調で優しかった。
  時には厳しく、それでも兄弟達には甘くて、兄弟達に何かあれば叱りもし、褒めもし、抱き締め、頭を撫で優しい笑顔を見せてくれた。
  翠の母親には、子供を甘やかすも先程から笑顔がない。
  穏やかな口調であっても、冷たく感情がない気がした。
  魔王の妹であるルシフェルとは、大違いだ。

「……確かに、翠の相手は一人ではありません。ですから、貴方が誰を抱こうが構いません」
「……」 
「そこの貴方……」

  母親はカグヤの方に目線を向けた。

「貴方はこの方とどうなりたいのですか?」

  いきなりの質問にカグヤは言葉を失った。
  魔族から手出しされない様に監禁されているだけで、恋人でもペットでもない。
  考えてみれば、友達ですらない。

「何故、セックスをなさったのですか?」

  何故?と聞かれても、いきなりの一方的だった。
  こっちは心の準備すらしていなかった訳だし、抱かれるなんてまだまだ先だと思っていた。
  千皇とのセックスはしたかったが、あんな一方的なのは望んでいなかった。
  どう説明して良いか分からない。

「お母さんが質問してるだろ?ちゃんと答えろよ」

  言葉が整理出来ないカグヤに、翠は鼻先で笑った。

「セックスに関しては、俺がしたいから抱いただけ。コイツにその時の心情なんて聞いても無駄」

  答えられないカグヤを察してか、千皇がそう答えた。
  千皇からカグヤを抱いた、そう言った千皇に翠は信じられないと目を向けた。

「……この方の意志とは関係なく、貴方が一方的に無理矢理抱いた、と」
「そうだな」
「ただ、……貴方がしたかったから、ですか」
「ここに連れて来る前からコイツからの誘いはあったし、まぁ、コイツなら俺の本気も受け止めれるだろ」

  そうサラッと千皇は言いながら、戸惑うカグヤの頭を自分に引き寄せた。
  
「……ほ、んき?」

  翠の目付きが怒りに変わって行く。

「翠だと、……役不足、だと?」
「悪いけど、一度も興奮なんてしなかった。疲れなんたら以外は、薬で勃たせて早く終わらせる程な」

  カグヤの頭を抱いたまま、千皇はタバコを咥えた。
  翠は言葉が出ないのか、口をパクパクさせた。

「こんなに可愛いのに、……何故ですか?他の殿方は翠の可愛さに陶酔すると言うのに」
「他の奴らと一緒にすんな。俺は契約に従っていただけだし」
「私にはこの方に魅力があるとは思いません」
「俺にはアンタの息子に魅力があるとは思えん」

  少しだけ、母親の表情が歪んだ。

「それにこっちは最後にテメェの息子の茶番に付き合ったんだ。アレで分からねぇなら、余程だな」
「コイツだって感じてたじゃんか!声我慢してるフリしてさ」

  翠の指摘に胸が痛い。
  嫌だったのは本当だし、身体が反応してしまったのも本当だ。
  声だって、フリじゃない。
  見られたくなかったし、見たくもなかったし、聞かせたくも、聞きたくもなかった。
  それがカグヤの本心でも、翠にはきっと伝わらない。
  黙っていたら、肯定する事になるのも、分かっている。

「先程から黙ってばかりですね。言いたい事もないのなら、この方と離れて下さい。貴方はこの方の人生の足を引っ張りたくないでしょう?」

  千皇の足を引っ張って居るのは、分かりきっている。
  迷惑しか掛けていない事も、一番分かっている。
   
「……もちろん、タダとは言いません。お相手が欲しいなら、提供致しますよ」

  新しい相手なんて、要らない。
  もし、ここを出ても前の様な自分には戻れない。
  カグヤは俯いた。

「……お前は、コイツらが死んでも手に入れれねぇもんを手に入れたんだ。言いてぇ事、言ってやれ」

  ボソッと千皇が呟くと、カグヤの頭を撫でた。
  千皇がカグヤに優しくしているのは、わざと見せ付けているのだろうけど、カグヤとてここから追い出される訳には行かない。
  大きく一息着いた。

「……どうなりてぇかとか、まだ良く分かんねぇ」
「分からないなら、ちーを僕に返せよ」
「良く分かんねぇけど、……お前にも、下心ある奴は誰にも側に居て欲しくねぇ。何も分からないから、……足を引っ張る事しか、……出来ねぇけど。お前らを離す事に利用されるだけでも……、俺が行かないでって言って行ってしまっても、それでも俺は……、離れるのは、……嫌だ」

  ポツリポツリと、カグヤは言葉を繋げた。
  
「貴方が離れず、翠から離れるのならば……、貴方のせいでお店も……」
「テメェ等との契約書、兄貴んとこの顧問弁護士に預けてあんだ。……今からテメェ等が足掻いても、恥かくだけだぞ」

  千皇はそう言うとタバコに火を付けた。

「俺はしたいからするだけ。コイツの世話も、セックスも。だから、さっさと帰れ。俺はテメェ等みたいに暇じゃない」

  タバコの先から煙がゆっくり上がった。


  
  


 
  
 



    
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