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「神代が姫神以外を引き連れるなんて珍し」

  浅霧組の事務所。
  いかにも高級なフカフカ過ぎるソファーは、座り心地が悪い。

「エルもジンも浅霧組でしょ?なーんで神代と一緒なの」

  その高級なソファーに、千皇を挟んでエルとジンが座っている。

「千皇さんと一緒のが楽しいだろうから」

  しれっとエルが答えた。
  エルとジンは浅霧の別宅で知り合った。
  エルは2歳の時に、母親に棄てられた。
  若かった母は未婚の17でエルを産み、19になって夜遊びを覚え、帰って来なくなった。
  借金を取り立てに来た当時の若頭、弾の父が 身体中糞尿まみれで、足には鎖が付けられていた。
 食べた菓子パンの袋は散乱し、雨戸も閉めっぱなしで少しでも音が漏れない様に、と扉や窓には目張りもしていた。
  エルは衰弱し、身体も骨と皮で、体重も10キロもなかった。
  感覚的に産まれたての赤ちゃんみたいに軽く、弾の父親はエルを引き取り自分の息子の一人として育てた。
  エルが5歳の頃、ジンが引き取られた。
  ジンの父親は友人の保証人にされ、数千万の借金を背負わされた。
  それでも、慎ましく借金は返して居たのだが、幼稚園でイジメをして来た相手が、金持ちの坊ちゃんだった。
  初めこそはジンも5歳児なりに我慢していたが、参観日の時に教室に飾る父親の絵を、イジメっ子坊ちゃんがみんなの前で破ったのだった。

『きたなくはたらくぱぱのえなんかかざるな』

 そう笑いながら言った相手に、ジンは飛び掛った。
  後は言うまでもないが、相手の親には罵られ、高額の慰謝料を請求された。
  運が良かった、と言えばジンの父親は弾の父親とは高校の同級生で仲が良かった。
  ジンを弾の父親に預け、そのまま姿を消してしまった。
  調べた訳では無いが、多分もうこの世には居ないだろう。
  エルとジンは、弾の兄弟として育てられたのだった。

「黒槌に連れて行かれた」

  千皇はそう言った。
  弾の眉がぴくっと動いた。

「頑張った、姫神が」
「そーだね、姫神が一番頑張ってたね。千皇さんの事なのに」

  エルが2、3度頷いた。

「やっぱり一緒に居たんじゃん。まぁ、分かってたけど……。カグヤちゃん、どーして神代と一緒に居たの?」

  弾がじっと千皇を見詰めた。
  いつもの笑顔はない。

「カグヤちゃんは俺の、って言ったよな?」

  千皇は腕を組むと、溜息を吐く。

「お前じゃアイツは手に負えねぇ。そもそも、黒槌に目ぇ付けられたのは、テメェが遊び過ぎたからだろーが」
「他人のせいにするんだ。神代だってずっと誤魔化してたじゃん」
「アイツが素直じゃなかっただけ」
「素直だよぉー、……カラダは」

  弾はニヤッと笑った。
  千皇は少しムッとする。
  が、下を向くと小さく笑った。

「確かに素直だな、カラダは。……笑えるくらいに」

  弾から笑顔が消えた。

「やっぱり、抱いたんだ」
「……さぁ?」
「でも、神代を意識しただけで勃つってさ、素直でちょーっと腹が立つ。イジメがいがあるよね」
「穴さえありゃいいんじゃなかったっけ?」

  鼻先で笑う千皇に、弾は苛立った。

「……アイツから手を引け。十分に遊んだだろ」
「カグヤちゃんは俺を頼って来たの。いくら神代でも横取りはダメだろ」
「横取りじゃねぇよ。……最初から気持ちはねぇんだ、アイツもお前も。……それに」

  千皇は腕を組んで、少し宙を見上げた。
  何か言いづらいのだろうか、宙を見詰めた千皇は目頭を抑えた。
  
「……」
「何だよ、困った顔しちゃって」
「……あー、……テメェだったら、捕まえて何する?」

  上を向きながら、千皇はポツリと聞いた。

「理由に寄るけど、嫌って言っても抱き潰すかなー……。チンコ見ただけで発狂するくらい?カグヤちゃんみたいな子とか、それくらいになってからじゃないと手放してあげられないし」
「……エル、黒槌は」
「んー、何のリストを盗んだって事になってるから、……媚薬祭り玩具祭り拘束祭りスワッピング祭り輪姦祭り、数々の祭りで最速廃人にしちゃうかも」

  そうか、と呟くと千皇はでっかい溜息を吐いた。
  訳が分からなくなって、うっかり羽やら角やら尻尾やら出されたら面倒だ。
  面白がって見世物にされるか、監禁されて玩具にされるか、淫魔とバレたら道具として使われるか、カグヤにとって地獄でしかない。
  一気に堕落させられれば良いのだが、大人数が堕落したとなれば大量殺人事件になってしまう。
  考えれば考える程、頭が痛くなる。
  
「まぁ、アレだ。……お前は手を引け」
「神代を抱かせてくれるなら、考える」
「断る」
「じゃぁ、無理」

  話が進む訳ない、とは思って居たが、案の定だ。
  
「弾さぁ、ただの性欲処理で飼ってんならアイツじゃなくても良くね?」
「ジンには関係ないだろー」
「確かにアレだけヤって壊れなかったのはハジメテだし、面白いのも分かるけどさ」
「勝手に返したけど、弾が生活させてた分はもうないからね」
「えー、嫌だよ。可愛いしー、気持ち良いしー。それに、カグヤちゃんみたいにNGナシでヤりまくってて、普通の恋愛って無理じゃん?」
「……まぁ、アイツと普通の恋愛は無理だな」

  溜息混じりに千皇はそう言うと、だろ?と弾も笑った。

「アイツ自身が普通じゃねぇから……」
「俺も色狂いはいろいろ見て来たけど、カグヤちゃんは別格だもんね。全然萎えないし」
「俺の顔、抉ったくらいだ。普通じゃねぇ」

  千皇はふと左眼に手を当てた。

「……やっぱりカグヤちゃんだったんだ。どーやってやったかは興味無いけど」
「だから、テメェには手に負えねぇ」
「出逢った頃から思ってたんだけど、不思議な子だよね、カグヤちゃんて。でも、余計に神代に独り占めさせたくないな。……綺麗な顔、傷付けらたし」
「欲しいと言うからくれてやっただけ」
「女に貢がれる事はあっても貢ぐ事がない神代がね……。そこまでカグヤちゃんが欲しいなら、奪ってみたらいーだろ?」

  弾の挑発に千皇は小さく息を吐く、と同時に少し違和感を感じた。
  左眼に触れていた手を見詰める。
  そして、再び左眼辺りを触れてみた。
  また、離す。
  また、触る。
  宙を見上げて繰り返す千皇の行動に、エルもジンも千皇越しに顔を見合わせた。

「千皇さん……?」

  エルが声を掛けると千皇は手の動きを止めた。

「……とりあえず、金が足りねぇなら出す。解放しろ」

  千皇は手を下ろすと、そう言った。

「お金じゃないってー。俺だって好きだもん、カグヤちゃんが」
「ヤらせりゃ誰でも良いのか……」
「セックスは重要だろ?あ、神代の事も変わらず好きなんだけど」
「俺はテメェが嫌いだ。とりあえず、アイツを寄越せ」
「嫌だって言ってんじゃん。神代が気に入ってるなら余計に」
「気に入ってねぇから寄越せ」
「えー、やーだー」

  弾はケラケラ笑った。
  千皇は溜息を吐き、エルは頭を抱える。
  ジンは、……特に何も無い。

「なあなあ、千皇さん」

  ふと、ジンが話しかけた。

「千皇さんは弾のセフレが好きなのか?」
「……どーだろな」
「でも、そこはちゃんとしましょーよ。二人とも中途半端じゃセフレ君だってどーしたら良いか分かんないし」
「俺で勃つなら、アイツの腹は決まってんだろ」
「そーかもだけどさ。ちゃんとしてやんないと、セフレ君が可哀想でしょ」
「……アイツの扱いは、他の奴より難しい」

 千皇は天井を向いた。

「千皇さんが手こずる相手……、面白そ……」

  呟いたエルがフフッと笑う。
  ジンはそれを見て、少しゾワッとした。

「手こずってるわけじゃねぇよ。いろいろ複雑過ぎんだ」
「押し倒したら良いと思う」
「今押し倒しても意味が無い」
「でも、結局行き着く先は弾と穴兄弟……」

  再びフフッと笑ったエルの「穴兄弟」との言葉に、ジンは噴き出した。
  千皇はムッとした。

「ねぇ、弾。セフレ君手放すのは惜しいかもだけど、『あの』千皇さんが振り回されるの、見たいな……」
「あ、それ面白そーだなっ!」
「弾だってさ、セックス以外の暇潰し、した方がいーよ」
「でもさぁ、カグヤちゃんめちゃくちゃ神代を意識してんだよ。……それを手篭めにするのって面白いんだよー」
「あのね、弾。みーんな弾みたいに穴がある可愛い子がいーってわけじゃないんだよ。せっかくの男同士のセックスなんだから、勃って欲しいってお客さん、何人も居るんだよ。売り上げだって下がっちゃうし」
「んー、だったら、カグヤちゃん勃たせたら半額セールでもしてみる?」
「そんな事したら、千皇さんの一人勝ちじゃん。それならすんなり渡しなさい」

  弾は千皇を見るとムッとする。

「なーんで、神代の肩を持つの。俺、エルとジンの上司じゃん。リーダーじゃん、キャプテンじゃん」
「だったらリーダーらしく、黒槌のシマ荒らしを阻止して」
「……この前、落とし前付けさせたんだけどなぁ」
「千皇さんなら、黒槌大人しく出来るって」

  エルと弾の会話に、ジンが口を挟んだ。
  千皇は腕を組むと、ジンを睨む。

「……一般市民に出来るわけねぇだろ」
「でもさ、しねぇと弾のセフレを手に出来ねぇでしょ。そしたら、弾だって大人しく手を引くだろうし?」

  ジンは千皇の肩を叩いた。
  千皇はジンを睨んで居たが、ふと何かを思い出した様だ。

「あー……、調教しがいのある野郎を紹介しようか?」
「んー?」
「面は可愛くねぇが、お前好みの生意気強気な奴。ケツはまぁ未開発だろうし、……アイツのハジメテを奪った野郎」
「……ふーん」

  弾は頬杖を着くと、少しだけ興味を示した。

「アイツを黒槌を売った張本人だが……、きっといろいろ楽しませるとは思う。そんで、躾は必要だろ?」
「……そうだね。顔が可愛くないのが気になるけど」
「どーする?」 

  千皇の提案に、弾は唸り出した。

「……散々カグヤちゃん隠してたのに、なーんで今更俺の所に来たかなぁ?まるでカグヤちゃんのパパみたいじゃん、俺」
「遅かれ早かれ、テメェとは話付けねぇととは思ってたんだが。……テメェとの喧嘩は厄介で面倒だからな」
「それだけじゃねぇだろう?」
「もう、無駄な我慢はさせたくねぇ……」

  そう言った時、千皇の視界が一瞬揺れた。
  視力も感覚もない眼帯で覆われた左眼が熱く、薄く傷の見える左頬に、一筋の水滴が流れる。
  背中に虫が這って居るような、ゾワゾワした感覚が走り、頭に不安と恐怖が過ぎった。
  手も小さく震え出した。

「……時間がねぇかも」

  そう千皇は呟くと、手の震えを止めるべく拳を握った。

「とりあえず、俺は話したい事は話した。黒槌から奪い返したら、アイツは連れて行く」
「……俺は諦めないよ。カグヤちゃんの可愛いおケツ」

  弾はニッと笑うと、手をヒラヒラさせた。  









  
  


  

  
  
   
 


 
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