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暴君

01

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「……店にも出ねぇで、何をしてたかと思ったら」

  営業時間は終わり、キャストもスタッフも帰った。
  店には残っとけ、とメッセージを送られ楼依は残っていた。
  ミーティングルームにて、一人居残りして居たところに、千皇がまだグズグズしているカグヤを連れて来た。

「まぁ、これで大いに次男といちゃコケるんだ。感謝しろよ」
「……な、何で、……傍に居てやんねぇの」

  鼻をすすりながら、ソファーに座る千皇の膝に頭を突っ伏しながら、カグヤが言った。

「誰のせいだと思ってんだ」
「うぅ……、ゴメンなさい……」

  カグヤの謝罪に、楼依は溜息を吐いた。

「で、どうするつもりなんですか?弾さん、手放す気はねぇっしょ?」
「金でどうにかなるとは思ってねぇよ。もともと、コイツをおもちゃにしたのは俺が絡んでるだろう、って思ったからだろうし」
「先輩の顔だって、兄貴ってバレたら」
「……何してくるだろうな」

  二人のやり取りに、カグヤはゾッとする。
  そして、小動物の様に震える。

「今更だろうが……」

  千皇はポンポンとカグヤの背中を撫でた。

「……せっくすはね、良かったの、最初は」

  ぽつりと呟くカグヤに、千皇の手が止まり眉間に皺が寄る。

「アンタ……」

  楼依は呆れた。

「最初は、っつってんじゃん。……魔王様も加減しねぇけど、それ以上なんだもん……」
「先輩……、後悔しないで下さいよ」
「……もうしてる」

  千皇は溜息を吐いた。

「……失礼します」

  小さい声と共に、おずおずとルシカが入って来た。
  その声に、カグヤの背中がビクッと震えた。

「何で、お前……」

  入口を見上げた楼依が目を丸くする。

「佐藤さん?が、連れて来てくれてさ……」

  その後ろから、ヨゾラと真幸もいた。
  どうやら、仲直りはしたらしい。

「兄さん?」

  ルシカは千皇の膝に突っ伏するカグヤの後頭部に目を向けた。

「ほら、ちゃんと顔上げて謝れよ」

  千皇は乱暴にカグヤの襟首を掴むと、引っ張った。
  楼依は弟達を手招きすると、横に座らせる。
  向かい合わせになるものの、カグヤは目を合わせられない。
  チラッと縋る様に千皇を見るが、千皇は早くしろと言わんばかりの無言だ。
  カグヤは頭を搔いた。

「……あー、ルシカ、ヨゾラ……。……あんな事したくせに、……逃げてゴメンなさい……」

  途切れ途切れに、ポツリポツリとカグヤはそうだ言うと、頭を下げた。
  ルシカはヨゾラを見た。
  ヨゾラは黙って、小さく息を吐いた。

「……もう、逃げないなら良いよ。……楼依とは未遂だしさ。兄さんが落ち着くなら、それが一番……」
「むしろ、先輩さんに感謝しなよ。何だかんだで一番考えてくれてたんだ」
「フルオーダーの15倍払ったし」
「……金額、増えてんじゃねぇか」

  カグヤはむっとしながら、千皇を見た。

「後、関西にも謝れ。こいつが浅霧に絡まれなかったら、俺は20倍の金額を払ってまで迎えに行くか」
「ほら、また増えた」
「良いから謝れ」
「あー……、えぇねん。兄貴がどうなろうと知ったこっちゃなかったんは本音やし。話聞かんと逃げられたんは腹が立ったけど」

  真幸はチラッとヨゾラを見る。
  ヨゾラは苦笑いを浮かべた。

「……まぁ、逃げたのは事実だ。悪かった」
「兄貴が今後ちゃんと話せばえぇんちゃうか。俺は居候やねん、口出せへん事のが多いんし」
「……頑張ります」

  カグヤは肩を窄めた。

「あ、真幸には話しました。……俺達がニンゲンじゃない事」
「巻き込まれた」

  ヨゾラの言葉に、楼依が小さく笑いながら言った。

「ま、それなら早いんじゃね?」
「漫画やゲームの知識が役に立つとは思わへんけどな」
「それは、分からない。役に立つかも知れねぇし。で、これからどうしますか?」

  楼依はそう言いながら立ち上がると、千皇のデスクの横の冷蔵庫に行った。
  中から酒やらジュースやらを取り出そうとすると、慌ててルシカも立ち上がり、楼依に駆け寄った。

「末っ子は結界とか張れねぇの?この前、立派な魔法陣みたいの作れただろ?」

  ふと千皇が聞いた。

「……もし作れたとしても簡単に破られますよ。あの時だって、弱いから逃げられたでしょう」
「お前、いつの間に魔法陣なんて……」

  カグヤが目を丸くした。

「本で読んだの真似ただけ。兄さん達みたいに、誰かに魔力使った訳じゃないから、ちゃんとした魔族でもないし」

  ヨゾラはルシカからジュースを受け取りながら答えた。

「よぉ分からへんが、そー言うんて協力プレイで何とかなるんちゃう?みんなで力合わせたら強力なもんが作れたりするやろ」

  すんません、と真幸もルシカから受け取った。
 
「んー、……確かに兄さん達と作れば何とかなるかも。本には載ってなかったけど」
「そうか……。それならやってみる価値はある」

  千皇は目の前に置かれた缶ビールを開けると、一口飲んだ。

「結界なんてどうすんだよ」 

  カグヤはジュースのキャップを外すと、そう言いながら口に含んだ。

「とりあえず監禁する、お前を」
「……は?」

  カグヤの動きが止まる。
  
「でも、兄さんは精を取らねぇと……。それに、魔王様は誤魔化せないんじゃ……」
「向こうが俺をどうにかしねぇ限りは、コイツに手ぇだせねぇよ。精を取らねぇで次男は生きてんなら、コイツも大丈夫だろ。緩んだケツ、締め直さねぇと」
「俺は全然ガバガバじゃねぇぞ」

  カグヤはムッとした。
  ルシカは恥ずかしげに頬を赤くし、ヨゾラは呆れる。

「せやかて、黒槌はどうすんねん。兄貴隠したってヨゾラがおるやろ」
「それは何とかするし」

  真幸の言葉にヨゾラが即答する。

「出来とらんやろが」
「これから、何とかするし」
「アホな事考えんと、アソコに行かなえぇ」
「そう言う訳にも行かないし」
「阻止したる」
「大丈夫だって」

  ヨゾラと真幸のやり取りに、ルシカは溜息を吐いた。
  
「……それは、完璧に俺が悪いよな」

  ポツリとカグヤが言った。

「フラフラし過ぎだ」

  千皇が言った。

「いやいや、フラフラし過ぎてAV出る先輩も先輩でしょうよ」
「あれは仕方ねぇ。俺もどっかで発散させたかったのかもな」
「どうせ、何も感じねぇくせに」

  楼依がそう言うと、カグヤの胸の奥がズキッと痛む。
  
「兄貴は手ぇ出されねぇとして、だから、ルシカがって事にはならねぇだろうな」

  ルシカの肩がビクッと揺れる。
  
「どんなんか分からへんが、コイツも大丈夫なん?」

  真幸はヨゾラを指さした。

「末っ子はジジィだろ?」

  今度はヨゾラがビクッと揺れた。

「……お前、まさか」

  カグヤが怪訝な表情でヨゾラを見る。

「……してねぇって。けど、利用するだけしてるだけ」
「何や、ジジィて。相手は黒槌だけやないんかい」

  話がまだ着いていけてないのか、真幸はムッと口を尖らかせた。

「お前には関係ない」
「ここまで巻き込んどいて関係ないはないやろ」
「ニンゲンじゃないんだ。アイツこそ、俺がどうにかしねぇと」
「そのどうにかせんと、がアテになれへん」
「心配してんの?」
「心配やあらへん。巻き込むなら最後まで巻き込め言うとんねん」
「まだ知りたい事もあるんだ。どうにかする」
「横で変な事されとったら、嫌な気になるし気になるやろ」
「それはお前の都合だし」

  また始まった、とルシカは溜息を吐いた。
  
「お前等さ……」

  二人の言い合いに、楼依が口を挟み始めた。

「もう、付き合えば?」

  その言葉に、真幸があからさまな表情を浮かべた。

「……何故、そんな考えになるん」
「末っ子君が淫魔にならねぇで済むかもな」

  そう言う楼依に、カグヤもルシカもヨゾラも一斉に目線を向けた。
  真幸は何の事やらとより一層眉間に皺を寄せ、千皇は無表情だ。

「どう言う事だよ……?」

  カグヤは声を低くして聞いた。

「少なくとも、淫紋とやらが出たら誰かとセックスすんだろ?そっちの世界の奴等と。それをしねぇ限りは少なくとも淫魔とやらに近づけねぇわけだ」
「……楼依、何が言いたいの?」

  不安なのか、ルシカは楼依の手をキュッと握った。

「で、相手にも階級がある。兄貴とルシカの差は、そこだとしたら、まだ淫紋とやらが出てない末っ子君が、ただのニンゲンとセックスしたらどーなるのか、ってな」

  一通りの話を終えると、真幸はでっかいでっかい溜息を吐いた。

「一番マトモや思うとった姫神兄さんもアホやったとは……」
「馬鹿野郎、俺は常に真面目だ」
「純朴な高校生に不純同性交遊を薦める大人の何処が真面目や」 
「そうですよ、そう言うのって気持ちが一致しないとでしょ?」

  ヨゾラもそう言った。

「待て待て待て。ちょっと待て。根拠が分からねぇし」

  カグヤは額に手を当てた。

「事前に仕込まれたのは別として。お前が淫魔になった決定的な事は、淫紋完成された時の最初の相手は魔王とやらだろ」

  千皇はタバコを咥えながら聞いた。

「まぁ……、そうだけど……」
「魔王とやらは最上級なら、次男の相手は……」

  火を付けると、千皇は煙を吐いた。
  あ……、とカグヤはルシカを見ると、ルシカは俯いた。

「次男が中途半端なのは、それじゃねぇの?それが、故意か事故か……。もし、……淫紋とやらが出たとして、末っ子がジジィとやっちまったら……」
「兄貴仕込んだのは保険、ってジジィが言ってたからな……。それが当たり前って思い込ませりゃ、ルシカも簡単に淫魔に出来るって思ったらしい」

  楼依の手を握るルシカに力が入った。

「あ、そー言えば。痴情のもつれ中だったっけ?」

  安心させる様に楼依はルシカの手を握り返す。

「そんなんやない。……ったく嫌やな」
「同じ部屋に寝てるんだろうが」
「何何?同じ部屋ひ寝てんのかー」

  ニヤけた顔で、カグヤが食い付いた。

「それはルシ兄が……」
「ソファーで寝かせる訳には行かねぇだろ?」
「相手にゃ、関西君が末っ子君と一緒に住んでるの知ってるだろうが。なら、嘘でも付き合ってるていなら諦めるんじゃね?」
「そんな簡単やないねんに……」

 真幸は頭を抱えた。
 
「末っ子の相手が黒槌か、ジジィか……」
「その黒槌って奴は、俺を探してんだろ?……だったら、俺が……」
「お前は監禁するって言っただろ」
「弟にそう言う事させる訳には行かねぇよ」
「もし、関西が末っ子と付き合ってる、って上っ面だけでもしてたら、少なくとも黒槌の邪魔は出来るんじゃねぇの?」
「どやろな。見てくれが珍しいねん。浅霧と関係ないでも目は付けられたやろうし」
「まぁ、付き合う云々は別として、見張り役でも傍に居りゃ何とかなるだろ」
    
  千皇はタバコを揉み消した。

「……あー、分かったわ……。それくらいなら……」
「俺は自分で」

  ヨゾラは慌てて口を挟んだ。

「関西、名前は? 」
「……神崎真幸。『神』に『崎』に真実の『真』に、幸せの『幸』や」

  ふーん、と千皇は呟いた。

「末っ子、コイツに甘えとけ」
「何でっ!?」
「……ちょっと思う節が出来ただけ。俺の考えが確かなら、コイツは何とかしてくれる筈」

  千皇はじっと真幸を見た。

「プレッシャー、掛けるなや……。つーか、俺ら明日は学校やねん」
「暫くは仕方ねぇから俺がコイツを匿っとく。……奴らの目は誤魔化せねぇだろうが」
「いつ、結界を張りますか?」
「お前の都合が良い時でいい」
「分かりました。もう一度本を読んでおきます」

  ヨゾラはそう言った。
  巻き込まれた事を酷く後悔しながら、真幸はただただ肩を落とした。

  

 
  




  
  
  

  
  

  
  
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