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学生とヨゾラ

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「じゃ、終わるくらいにまたここで待ってんから」

  学校の校門に横付けした車から降りたヨゾラに、楼依はそう声を掛けた。

「……すみません、ご迷惑ばかり」
「気にすんなよ。俺を生かしてくれたのはお前の知識があったからだし」
「俺はただ自分の知識を試したかったからかも知れないですよ」

  ヨゾラは困った様に笑った。

「それでも俺は生きてんだ。自信持てよ」

  楼依のその言葉に、ヨゾラは小さく頷く。

「おー!浅霧っ!おはよーっ!」

  御手洗が手を振ってヨゾラに近づいて来た。
  そして、楼依に気付く。

「この人は?」
「えー、と……」

  何て紹介したら良いか分からない。 
  チラッとヨゾラは楼依を見た。

「コイツの義理の兄ちゃんだ」

  すかさず楼依はそう答えた。

「とりあえず、何かあったら連絡しろ。すぐにゃ解決出来ねぇかもだが」
「はい、……すみません」
「んじゃ、また放課後な」

  そう言って楼依は助手席の窓を閉めると、ゆっくりとアクセルを踏んだ。
  進み出した車を見る生徒の中に、何となく違う視線を感じた気がした。

「へー、凄いイケメンなお兄さんだな」

  車をヨゾラと見送った御手洗がポツリと言った。

「ここのOBなんだって」 

  校門を潜り抜けると、ヨゾラはそう答えた。 

「OBなんだ。あんなカッコイイ兄ちゃん、羨ましいなっ」

  そうか?とヨゾラは聞いた。
  楼依と言い千皇と言い、イケメンがそばに居るのは悪い気はしない。

「俺さぁ、姉ちゃんと妹だから兄ちゃんって憧れる。女共に挟まれたらパシられるしさ」
「そうなんだ。俺は男兄弟だから分かんねぇや」
「いいなぁー」
「いつまでも子供扱いされるから良くないよ」
「ファンシーショップとか買いに行かされるよりはマシだって」
「おーっす!!」

  玄関に上がると、富岡が二人の肩を抱いて来た。

「おはよ」
「なになに?何の話だよ」
「浅霧の兄弟とイケメンな義理の兄貴さんの話」
「へー、どんなイケメンか見たかったな」

  富岡はヨゾラの方を向いた。

「放課後迎えに来るらしいぞ」
「俺達放課後部活じゃん?」

  富岡は二人から身体を離した。
  そして三人で3階までの階段を上がり始めた時、三年とすれ違った。
  一瞬ヨゾラと目が合った。
  三年はニヤッと笑って目を逸らした。

「放課後って言えば、昨日は大丈夫だったのか?」

  御手洗が聞いて来た。

「浅霧ってヤクザと関係ないかってしつこく聞かれただけだよ。だから義理の兄さんが心配して送ってくれたんだ」

  ヨゾラの答えに、二人は安堵したようだ。

「まぁ、浅霧が無事で良かったよ。やっぱ、ヤクザって聞いたら心配だしさ」

   カグヤが弾と繋がって居る限りは、無関係とは言えないが、カグヤが黒槌の頭と寝たのがバレるのは時間の問題だろう。
  まだ、どうするか考えがまとまっていない。
  教室に着くと、自分の席に行き鞄を下ろした。

「おはよ、浅霧君」

  唐島に声を掛けられた。

「おはよう」

  ヨゾラは唐島に向いてそう返した。
  椅子に座ると鞄から必要な物を取り出して、横に掛ける。

「昨日さ……」

  ポツリと唐島が話しかけて来た。

「うん」
「真幸と何を話してたの?」

  そう聞かれた。
  ヨゾラは小さく首を傾げる。

「旧校舎で腕を掴まれていただろう?真幸、何か怒ってたしさ」

  昨日、常磐に呼び出された後の事だろう。
  唐島に見られていたのには気が付かなかった。

「あそこには近付くなって言われただけ。怒ってる理由は俺が知りたい」

  ヨゾラはそう答えた。

「まぁ、旧校舎は3年のナワバリだからね。心配したんだよ」
「自分だって行ってる。俺は呼び出されただけだし」
「真幸には事情があるんだ。ただでさえ、先輩方には逆らえないし、真幸の言う事は聞いた方が良いよ」

  逆らえないと言う事は、真幸も性的な要求をされているのだろうか。
  それならば、中出ししてみたいと言うくだらない理由で、ヨゾラやカグヤを要求するとは思えない。
  ヨゾラの眉間に皺が寄った。
  
「事情があるなら話してくれたってさ……」

  ボソッとヨゾラはむくれた様に言った。

「浅霧君だって知られたくない事情とかあるだろ?」
「……そうだけど」

  ニンゲンでは無い事は、知られたくない。
  そう言えば、ヨゾラの黒い羽はどうしただろうか。
  あっても役には立たないだろうが、出来れば持っていて欲しい。
  しかし、自分に構うなと言われたんだ。
  真幸の事はほおっておけばいい。
  とは思っても、気にはなる。
  ヨゾラは溜息を吐いた。
  お互い隠し事したって揉めるまでの間柄では無い。

「浅霧君は、真幸とどうやって知り合ったの?」

  ふと唐島君が聞いて来た。

「あー、初めてこっちに来た時に、変な連中に絡まれて助けてくれた。俺、世間知らずだからいろいろ教えてくれた。……そんだけ」
「……ふーん。真幸がねぇ……」


  唐島の呟きは、ちょっと意外そうだった。
  他人に興味があるのが唐島には気に入らないのか、少し苛立っているようにも見える。
  真幸の事になると、唐島の様子が可笑しい。
  
「真幸とどーなりたい?」
「どー、って?」

  意味が分からない。
  真幸はヨゾラに初めて出来た友達だ。
  まだまだ分からない事もあるし、相談だってしたい。
  美味いラーメンも食べに行きたいし、そう言えば今度作ってやる、と言ってから作って貰っていない。
  ギターも聴きたい。
   
「普通の友達?」

  ヨゾラは疑問形で答えた。

「そっかぁ。……それ、難しいね」
「難しい?」
「真幸は、他人と群れたりするのが嫌いだから。家庭の事情も複雑だし。浅霧君を助けたのだって気まぐれだろうしね」

  唐島は真幸を何処まで知っているんだろう。
  他人と群れるのが嫌いな奴が、あんなにころころ表情を変えるだろうか。
  知らない事をちゃんと教えたり、ヨゾラの要望に付き合ってくれたりとしてくれたのだろうか。

「……そうかな」
「真幸が浅霧君にいろいろしたのは、浅霧君が何も知らないから仕方なくだと思うよ」 

  仕方なくで、連絡取り合っただろうか。
  
「それに……、真幸は人を好きにならないから」

  ヨゾラは眉間に皺を寄せた。
  真幸を否定するよりは、何だか牽制している様な言い方だ。
  まるで唐島が真幸に執着している様に見える。
  ただ、友達として付き合おうとしているだけなのに、何故そんな風に言うのだろう。
  疑問が増える。
  しかし、自分に関わるなと言った真幸の本心も気にはなる。
  
「……唐島君は、真幸の事は好きなんだろう?」

  ヨゾラはポツリと聞いた。
  唐島の目が丸くなり、何となく頬が赤くなった。
  ルシカに楼依の話題を振った時の様な、そんな感覚を覚えた。
  あ……、とヨゾラは何かを悟った。

「人としての真幸の事をさ」

  と、取り繕う。

「……人として、ね」

  唐島は繰り返す様にそう返した。
  ヨゾラが真幸を見る目と、唐島が真幸を見る目が違う。
  それはヨゾラには理解出来るが、唐島は多分違う。
  
「俺に構うな、そう言われてんだ。……俺がどうしたくたって真幸がそんな態度だから、どーうも出来ないよ」

  ヨゾラは椅子に深く座ると、背を伸ばした。
  それを思い出すといささか腹が立つ。
  なら、常磐の事も真幸には頼らない、そう誓った。

「なぁなぁ、唐島は見た?」

  突如、富岡が話しかけて来た。

「何を?」
「来実あいの最新AV」
「そーゆーのは見ないの知ってるだろ」

  と、唐島は富岡の頭をチョップした。

「……えーぶい?」

  ヨゾラは首を傾げた。
  富岡はニタニタ笑う。

「またまたぁ~。分かんない振りしなくても大丈夫だってぇ~」
 
  ヨゾラは首を傾げたまま、眉間に皺を寄せた。

「本当に知らないのか?男として勿体ない」

  ニタニタ笑っていた富岡が、信じられないと言いたげな顔をした。
  
「知らないって、重要な事なのか?」
「当たり前だろー?彼女出来たらどーすんの?」
「辞めときなよ。そう言うのは自然に覚えるものだろ?」
  
  とりあえず唐島が間に入るも、富岡はイヤホンの片方をヨゾラに渡した。
  ヨゾラはイヤホンを片耳に付け、向けられた富岡のスマホの画面に視線を向けた。
  瞬間、ヨゾラの顔が真っ赤になると、イヤホンを慌てて外した。

「こ、こんなの……」
「いや、まだキスしてるだけじゃん」

  富岡はへらっと笑った。

「ひ、人に見せる行為じゃな……」

  チラッと富岡のスマホを見ると、画面はまだ男と女が口付けを交わしていた。
  男の顔は良く見えないが、左頬付近に薄ら傷痕の様な物が見えた気がした。

「この男の人って……」
「お、興味湧いた?」
「違うっ!」

  ヨゾラは慌てて否定した。

「今回、この男優は顔出して無いんだよな。一言も喋らないし。でも、来実あいの作品の中で一番あいちゃんが気持ち良さそなの」
「こんなの演技じゃん」

  富岡の話に、唐島が言った。

「でも、手マンはあったけど、クンニとかフェラとかなかったし、バックでガン掘りされてるくらいだぜ?そんなタンパクだったら演技も難しそうじゃね?」

  ヨゾラには何やら良く分からないワードが出て来た。

「でも、AVだ。分からないよ」
「そうだけどさ。これだけで女の子が満足するなら、羨ましー」
「……そんなもんかね」
「んな事言ってるからゲイ疑惑が出るんだよ、唐島は」

  フゥっと富岡は溜息を吐いた。

「別に俺は気にしてない」

  唐島はそう答えた。
  ゲイって何だろ、2人の会話を聞きながら、ふとそう思った。

「好きになったら男とか女とか関係ないだろ。恋愛対象がたまたま同性になる可能性もある訳だし」
「分からない訳じゃないよ。でも、男同士はなぁ……」

  男同士の性事情の事か、とヨゾラは理解した。
  それなら別に嫌悪するものでもない、そう思った。

「浅霧だって男同士は引かないか?」

  質問を振られた。

「……別に、当人同士が好きで幸せならいいんじゃないか?俺の兄さん、幸せそうだし」
「身内がゲイなのかっ!?あ、朝のイケメンの義理の兄ちゃんは……」
「うちの兄さんの恋人?」
「何故俺に聞く」

  男にしろ女にしろ、そう言う感情を持った事がないし、まだ良く分からない。
  ただ、ルシカの様に身体を許せるくらいならそうなのだろうと思っただけだ。
  同性の恋愛に理解がある、そんなヨゾラを唐島が冷たい目で睨んだのは、まだヨゾラは気付いていなかった。

  


 

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