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淫魔の三兄弟

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  魔王の城、地下にある図書館の様な古びた本が沢山ある場所。
  松明の光が弱々しく、あちこちに灯されていた。
  この世界はなんでこんなに暗いんだ、と心で思いながら、ランプを片手にヨゾラは淫魔に関する書の前で考え込んだ。
  ここには色んな魔族の生体や歴史等を綴った書が置いてある。
  ヨゾラには疑問があった。
  別の魔族から淫魔にされた輩もいる訳で、全てが交尾を目的とした生き方をしているとは思えなかった。
  ルシカの様に交尾に嫌悪がある者が、淫魔として生きて行けるのか。
  他の種族だって、淫魔以上に交尾が好きな奴も居るのに、それなら淫魔もどうにかすれば精を食事としなくても何とかなるんじゃないか、と思っている。
  まだ、淫魔として開花している訳でもないが、交尾が悪い事ではないのが分かっている分、このモヤモヤした感情を中途半端にはしたくなかった。

『インキュバスが偉そうに勉強かよ』

  ヨゾラの背後で笑いながらそんな声が聞こえた。
  あぁ、またか、とヨゾラは溜息を吐いた。
  無視をして、適当に書に手を伸ばした。

『インキュバスの勉強なんて、交尾一択だろ?』
『俺らがお勉強に付き合ってやろうか?』

  ケラケラと笑い声が響く。
  それでもヨゾラは無視を決め込む。

『勉強なんて役に立たねぇだろぉー?お前だって兄貴等みてぇになるんだし、一緒にお勉強しようぜ?』

  書に手を伸ばしたヨゾラの手首を、一つ目の人型の魔族が掴んだ。
  
「……俺より上級の魔族が、俺みたいな下級魔族に欲求するなんて、上級魔族が聞いて呆れるな」

  ヨゾラは振り向きもせずに、その手を振り払った。

『お前の兄貴なんか、喜んでケツ振るぜー。お前もいづれはそうなるんだし、勿体ぶるなよ』
「だったら、カグ兄に声を掛ければ良いだろ。俺はお前らと違って忙しいんだ」

  ヨゾラは書を取らずに、別の本棚に歩き始めた。

「あ、声を掛けても相手されないのか。可哀想に」

  くくっとヨゾラは嘲笑う。
  一つ目の魔族と、オークの様な魔族の顔がみるみる真っ赤になった。
  
『交尾しか出来ねぇ下級魔族がイキってんじゃねぇぞっ!魔王様の甥のクセに下級なんざそれこそ魔王様が可哀想だ』
「下級下級うるせぇな……、その下級に欲情丸出しなのは何処の誰だよ」

  いくら近い将来正式に淫魔になるとしても、今はまだ誰ともまぐ合う気は全くない。
  
『下級は下級らしく、上級に従ってりゃ良いんだよっ!』

  オークの魔族は、ヨゾラの肩を掴もうとした。
  その瞬間、オークの身体が後ろに吹っ飛び、そこにあった机を破壊した。

「俺より強いなら、相手してやんよ」

  ヨゾラは鼻先で笑った。

『き、貴様っ!!』

  一つ目の魔族も懲りずにヨゾラに突っかかった。
  ヨゾラは、勢い良く突き出されたその魔族の手首を掴んだ。

「ここで暴れたら、魔王様に叱られるぞ。……下手したら、お前達も淫魔にされちまうかも」

  ペロッとヨゾラは舌を出した。

「俺なんかより、下半身の欲情丸出しのお前らの方が案外淫魔に合ってるかもな。腹に直接、飯を与えて貰えるんだ。性欲も食欲も一気に取れて、一石二鳥……」

  一つ目の魔族の耳元でふっと息を吹き掛け、人差し指でその魔族の腹の臍の上をなぞった。
  一つ目魔族の背筋がゾワゾワする。
  さすが魔王の妹の子供だけあってか、静かに威嚇するヨゾラのオーラは半端なく綺麗で禍々しい。 
  一つ目魔族はヨゾラの手を振り解き、耳を抑えた。

『き、貴様っ!覚えてろよっ!?いつか組み敷いてやるからな!』

  等の捨て台詞を吐いて、魔族達は逃げて行った。
  ヨゾラは一息ついた。

『やれやれ。ヨゾラ様のハジメテは私のモノとお約束をしていると言うのに』

  ヨゾラの背後から、背中を丸め杖をつき、シワシワの顔から長い鷲鼻が口許まで垂れ、耳が異様に尖った老人が静かに現れた。
  この書庫を守る魔族だ。
  老人は手を伸ばし、ヨゾラの尻を撫でた。

「いちいちケツを触るな」

  ヨゾラは老人の手を叩き落とす。

『良いではございませぬか、触るくらい。ヨゾラ様の全てはこのジジイのモノ。早く淫紋が出ないかと、老い先短い老人の儚い願いにございます』

  叩かれた手を撫でながら、老人はニンマリ笑った。
  ヨゾラはうんざりと肩を落とす。

『私と交わるまで、何人足りとも触らせてはなりませぬぞ』
「……分かってるよ。お陰でこの書庫には出入り自由だし」
『ヨゾラ様の綺麗な身体を頂けるなら、いくらでも手を貸しましょう』

  いやらしい老人の笑顔が気色悪い。
  しわくちゃな顔がさらにシワだらけになった。

「まぁ、俺は兄さん達と違って、魔王様のお気に入りじゃねぇからな。カグ兄程可愛くもねぇし、ルシ兄程美人でもねぇ。顔も母さんに似てねぇし」
『いや、美人よりは雄らしいと言った方がよろしいかと。中性的よりどちらか分かりやすいのも、また興奮するもの』
「……悪趣味」

  ヨゾラはポツリと呟いた。
  カグヤやルシカと違って、ヨゾラはキリッとした雄らしい顔付きをしている。
  
『安心して下さい、ヨゾラ様。ヨゾラ様も喘ぎ乱れる様になれば、カグヤ様を凌ぐ程にはなれるでしょう』
「……なってたまるかよ」
『ルシカ様に勝てる淫魔、いや、魔族は居ないでしょうな。ルシフェル様に似ていらっしゃるだけに、乱したいと思う輩は私以外にも大勢いらっしゃる事でしょう』
「テメェの相手は俺だろ……」

  ルシカの名前を出され、ヨゾラは眉間に皺を寄せた。

『ヤキモチですなかな?』
「そんな訳ねぇだろ。寒気がする。ルシ兄は特別だ。魔王様だって、相手ぐらい選ぶだろうよ、……いくらなんでも。それより、見つけたんだろうな……」
『えぇ、もちろん。こちらですが……』

  老人は表紙が破れかけたボロボロ真っ黒い書をヨゾラに見せた。
  ヨゾラがその書に手を伸ばすと、老人はさっとその書を上に上げた。
  ヨゾラは手を止めムッとするが、再びその書に手を伸ばす。
  再び老人はヨゾラの手から逃れる様に、書を右に左に取られないように動かした。 

「……」

  ヨゾラはイラッと老人を睨む。

『タダで手に入れ様とは思いますまい』

  老人はニタニタと笑う。

「契約してんだろ?」
『契約は契約です。これは別物。手に入れるだけでも苦労致しましたぞ。老人を労わってはくれないのですか?』

  苦労なんてしてないくせに、いっその事殴り飛ばそうか、と思うも、ヨゾラはグッと拳を収めた。
  利用価値はまだある、そう言い聞かせて、ランプを台に置くとヨゾラは黒い上着を脱ぎ捨てた。
  城に入る時はそれなりの服は着る。
  白い素肌に黒いズボン、背中には黒い翼と尻尾が揺らめく。
  適当に座ると、ヨゾラは両手を広げた。
  老人は満足気に笑うと、ヨゾラに近づいた。

『周りの輩は存じませぬが、金色の髪の毛に黒い角、真っ白な肌に黒い翼と何者にも触れさせていない桃色の乳首が何ともアンバランスで何とも美しい』
「さっとしろよ」
『その強気な態度がまたそそられますな』

  そう舌なめずりをすると、老人はそっとヨゾラに抱き着いた。

『吸い付く様な肌も瑞々しい……。私も若返りそうですぞ』

  感嘆の溜息を吐きながら、老人はヨゾラの素肌に頬を寄せた。
  気持ち悪くて鳥肌が立ちそうだ。
  両手を広げたにも関わらず、ヨゾラは抱き返そうとはしない。

『今すぐ、この何も無い柔肌に私のモノだと印をつけたい……』
「淫魔にんなもん付けたら、テメェが消されるぞ」
『淫魔なぞなる前に、私の味を知らしめる事も……』

  ヨゾラの胸に、老人はふっと息を吹き掛けた。
  冷たくて気持ち悪くて、思わず老人の頭を掴んで引き離した。

「もう満足だろ!?」
『ふむ、素直になられてもつまらないですからな』
「早くその書を渡せ」

  老人の頭を乱暴に突き放すと、ヨゾラはそう言った。

『仕方ありませぬな』

  老人は満更でもない表情で、ヨゾラに黒い書を渡した。
  ヨゾラは服を着て、その書を乱暴に取り上げる。

『ヨゾラ様は私のモノ……。淫魔となり、誰となりとも交わろうとも、生涯私が愛でていきます故』

  いやらしい笑い声を上げて、老人は書庫を去って行った。
  この書庫には入れるが、重要機密的な書はない。
  それを管理しているのが、さっきの老人であった。        
  この書庫には調べたい事にも限界がある。
  近付いて来たのは老人だった。
  下心丸見えなのはヨゾラにも分かっていたが、今の疑問だらけの状況を改善するには、上級魔族でさえ知らない事を知らねばならない。
  淫紋が出た時、初めての相手はあの老人と契約を結んだ。
  面倒ではあるが、淫魔になれば誰とでも交尾をする訳だし、最初がどうかとかあんまり問題でもなかった。
  嫌なものは嫌だが、どうせそんな事も気にしなくなるのだろう。 
  老人のスキンシップに慣れれば、他も直ぐに対応出来そうだ。
  矛盾はしているだろうが、矛盾なんて考えたらキリがない。
  書を持ち直すと、ランプの光を頼りに開いてみる。
  持ち出せれば良いが、重要な書は持ち出すのに危険だ。
  魔王の妹の子供達であるヨゾラ達を淫魔にする必要性は何処にあるのか。
  確かに殺されるよりはマシかもしれないが、何故淫魔なのだろうか。
  格下にされる場合どう言った理由なのか。
  この書に全てが記されているかは分からないけど、何か少しでも情報が得られれば良い。
  全てを読む時間はない。
  目次らしき頁から、それらしい頁を開いた。
  流す様に読み、ページを捲る。

「……これは」

  ヨゾラは目を丸くし、じっくりと読み始めた。
  淫魔の食欲について、そんな事が書かれていた。
  出来ればこの頁を破いて持って帰りたいくらいの内容だった。
  しかし、これは何処まで信用があるのか分からない。
  実験するにも今のヨゾラでは無理だし、カグヤに話しても交尾が好きなのだから無理だろう。
  それに、大事な兄弟を実験にするのは気が引ける。
  ヨゾラは頭を抱えた。
  この書だけだとイマイチ信用に欠けるし、自分が実験台になるのが一番だが、淫魔にならないと自由が利かない。
  ほんの少しだけならば何とかなるが、リスクがある。
  淫魔の食欲についてしか書いていない為、知りたい事の半分もないのだが。
  書庫に溜息が響いた。

     
  
   
    

  
 
    

  
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