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第1章 南海の覇者
第8話 鎖国の足音
しおりを挟むソン川の戦いを終えた俺たちは、冬になって再び日本を目指した
今回はジャンク型唐船3隻に加えて、新造したガレオン船を旗艦として初の遠洋航海になる
通常のガレオン船と違い、太郎右衛門が進言してくれた縦帆を主帆に据えたスクーナー型だ
ジャンク型の特徴である風上への切り上がり能力を維持するため、大横帆が主流のガレオンにあえて縦帆を張った
その分、順風能力が落ちるので、上部帆に追加の横帆二枚を足し、前列マストから船首に向かって三角帆を三枚追加したトップスルスクーナー型の最新鋭艦だった
さらに船体にも東西の技術融合が図られ、竜骨を主とした船体はより耐久性が増したが、ジャンク型の特徴だった水密隔壁構造も取り入れ、多少船体に穴が空いた程度ではそうそう沈没しない不沈艦となっている
ジャンク型の大砲運用の弱点だった水しぶきや雨も、船倉中央に砲列甲板を設けることで天候に左右されない運用が可能になる
船大工たちが悲鳴を上げたのも無理はない
今まで作って来た船とは設計思想から根本的に違うのだからな
しかし、良い船だ。この船ならイスパニアと一戦しても十分に戦える
「言っておくが、イスパニア船と遭遇してもくれぐれも戦闘はするなよ」
「うぉっ! わかっている!今は華僑倭寇を駆逐するのが先だと言いたいのだろう」
「それもあるが、イスパニアと事を構えれば広南国に侵攻される恐れもある。南北に敵を抱える今、海からも敵に来られてはどうしようもなくなる。
イスパニアはオランダに任せて、お前はカンボジアやシャムの海を平定することに力を注げ」
福源陛下は先のソン川の戦いの折り、広南国へ侵攻の構えを見せていたクメール王朝に対し討伐軍を出していた
知政殿の活躍もあり連戦連勝を重ねた広南軍は、クメール王チェイチェッタ三世から講和の使者を迎えていた
チェイチェッタ三世は福源陛下の娘を妻に持つ縁戚で、この度の討伐軍を受けて正式に広南国に降ることを表明したそうだ
これで、広南国はアユタヤと国境を接することとなった
知政殿も気勢を上げていることだろう
長崎に到着した俺たちは、まず奉書の上書きの申請を長崎奉行に出した
奉書とは権現様の発行した朱印状を追認する老中の書状で、これを持っていないと海外渡航は出来ない決まりだ
広南国の交易官であると同時に、伊勢の廻船屋『角屋』の船でもあるので、日本の決まりは守らねばならない
しかし、長崎代官も長崎奉行も驚いていたな
見慣れたジャンク型和船じゃなく、イスパニアやオランダですら滅多に持っていないスクーナー型の最新鋭艦なんだから
ちょっとだけ鼻が高い気分だ
「生糸は糸割符の価格に従ってもらう。今年は生糸一貫あたり銀三十貫での取引となるがよろしいかな?」
「よろしいかなと言われても、それしかないのでしょう?」
「うむ。そうではあるが…」
日本人が持っているはずのない洋式艦だから少しビビってるのかな
今回も砂糖とジャガタライモが主な交易品だが、持ってくる荷が不足したため生糸と磁器・鹿の皮とカボチャも追加した
今回は4隻合わせて5000貫の銀が手に入った
やっぱり日本との交易は儲かるなぁ… オランダが必死こいて繋ぎとめようとするわけだよ
交易も一段落し、持ち帰りの荷を物色していたら長崎奉行から呼び出しがあった
「呼びたてて済まぬな。長崎奉行の今村である」
「いえ、何事がありましたか?」
「この度、某が長崎奉行に赴任するにあたって老中よりお下知を頂いておる。それによると、今後5年以上海外にて居住する者は内地への入港を認めぬというものだ。
原因はキリシタン禁令だ。朱印船に乗ってキリシタンが帰国しては困るのだ。
それゆえ、その方もあまり海外に長く居過ぎては入港を認められぬことになる。
よくよく注意して渡航されるがよろしかろう」
「…ご忠告かたじけなく」
―――5年以上海外に居住する者は、だって!?
じゃあ、太郎右衛門は…
「一つご確認したきことがございますが…」
「何であろう?」
「キリシタンを海外へ運ぶのは構いませぬか?海外にはキリシタンたちが住む町がありまする。内地に居場所がないならば、そこへ連れて行ってやりたいのですが」
「それは構わぬ。むしろありがたいというものだ」
「では、今回は荷に加えてキリシタンをかの地に運ぶことといたします」
驚きを抱えて長崎を出航した
どうやら本格的に海外渡航を制限する腹積もりのようだ
俺はどうするか…
「帰れない?知っているが?」
ホイアンに戻って太郎右衛門に事の次第を話すと、事も無げに返された
「知っているって… いいのかよ?八幡町に兄が居ると言っていただろう?」
「ああ、まあな… 兄上には申し訳ないが、俺には海の外でやらねばならん事があるからなぁ」
「覚悟はできているってわけだ… 俺はどうするかなぁ…」
「…悩んでるのか?」
「普通悩むだろう!二度と故郷に帰れないかもしれないんだぞ!」
「…七郎兵衛。一つ話をしてやろう。俺はここ広南を中心に様々な南海の国を巡った。
明を始め、ジャカルタやルソン・アユタヤの向こうのビルマ・天竺まで行ったことがある。
そこで目にしたのは、西洋人いわゆる南蛮人に奴隷の如く使役される日本人やアジアの人民だ」
「…」
「俺が今経営を始めているプランテーションもな、あれは本来奴隷を働かせるものなんだ」
「そうなのか!?しかし、お前は給金を出しているんじゃ…」
「それが俺の…いや、八幡商人の商売だからな。俺は西洋人にアジア人が使役される現状を変えたいと思っている。
その為には、アジアから強い国が出なければ駄目だ。イスパニアやオランダとも伍して戦っていけるような強い国がな」
「それが広南だと…?」
「正確には、お前だ」
「―――!」
「角屋の海軍力があれば、広南は海洋国家として西洋と伍して戦えるようになる。だが今のままじゃダメだ。もっと広南自体も強くなってもらわねばならんし、海軍力も増強しなければな…
その為に、クメール王朝を併合してもらった」
「…まさか、クメールに不穏の気配ありっていうのは…」
「真っ赤な嘘さ。クメールも突然の討伐軍でさぞ驚いたことだろう」
「太郎右衛門… お前…」
部屋の壁が迫ってくるような感覚がする
息苦しくなり、呼吸が荒くなった
目の前には太郎右衛門の冷たい顔があった
「お前の嘘で、一体何人死んだと思ってる!」
「戦いは綺麗ごとじゃない。今西洋と伍して戦える国がアジアになければ、この先アジアは西洋の奴隷としての未来が待っている。
本当は日本がその強国になってくれれば良かったのだがな… どうやらその目は薄いと海外から見て感じた。
だから、広南国に強くなってもらう」
言葉が出なかった
安南海軍に勝っていい気になっていたのかもしれない
冷や水を浴びせられた気分だ…
オランダやイスパニアと伍して戦うなどと…
「まあ、今すぐ決めるような話じゃない。角屋艦隊が駄目なら、次の手を考える。
だがな、お前が言う広大な海の向こうには、海の覇権を賭けて戦う大国が待っている。
海の果てを目指すという事は、そいつらを食って大きくなるということだ。
生半可な覚悟じゃ出来んことだということは忘れるな」
太郎右衛門が部屋を出て行った後には、すっかり冷えたコーヒーが残っていた
―――大国たちを食って大きくなる、か…
今まで考えたこともなかった
ただ、波と風の狭間でどこまでも旅に行けたらいいなと思っていただけだ
太郎右衛門の覚悟に比べて、どれだけ子供だったのか思い知らされた…
「ああ、分っているさ」
七郎兵衛の部屋を辞した太郎右衛門は誰に言うともなく独りで呟いていた
「今はそのくらいしか言えないんだよ。これ以上のことは、まだアイツには早い
これは失敗できない戦いなんだ」
周りから見たら奇異に映っただろう
太郎右衛門はまるで目の前に誰かが居るような口調で話していた
だが、その姿を見る者は誰もいなかった
翌日から、俺は新造スクーナーの七郎丸の調練を繰り返した
スクーナーは風上への切り上がり性能の高い機動力に富んだ船だ
その分、操帆や操舵にはバーク船以上の高い技術が必要になる
手足のように動かせれば強力な武器になる
「若、どうやら何か一つ吹っ切れたようですな」
「判るか。利左衛門」
「ええ、海の男の顔になって参りました」
逸平やグエンも同意する
「利左衛門。逸平たちも話がある。
俺は日本に戻れないかもしれない。しかし、それでも広南海軍として生きていきたいと思う。
二度と故郷の土は踏めないかもしれない。
それでも、俺に付いて来てくれるか?」
「何を仰るかと思えば、我らが居らねば若などまだまだひよっこでございましょう」
心底可笑しそうに利左衛門が笑う
逸平やグエン・宗助も笑った
周はニヤリとしただけだったな
「―――すまん。ありがとう」
涙で視界がにじんだ
こんな若造の俺に命を懸けて、故郷を捨ててまで付いて来てくれる
こいつらには感謝しかない
「若、新たな門出に涙は禁物ですぞ」
「な、泣いてなどおらん!目に汗が入っただけだ!」
全員が大きく笑った
―――アユタヤ王宮―――
「広南がカンボジアを降したという。先頭に立つのはあの山田長政の遺臣だそうだ。
趙!よもや広南の船に負けるようなことはないだろうな!」
トーン王が配下の倭寇頭・趙斉明に怒鳴るように下問する
「お任せください。我らはタイランド湾においては無敵です。
艦隊を引き寄せれば奴らは容易に沈めることができるでしょう。それよりも、陸は大丈夫なのですかな?」
「我らアユタヤ軍は安南やクメールとは違う。奴らの強さの源である日本製の武器は我らにも豊富に配備されている。
まして、我が兵は長年ビルマのタウングー王朝やムガル帝国・パタニ王国とも戦った精鋭達です。
所詮は少数民族の広南など相手にはなりますまい」
傭兵部隊を指揮するシャイフ・アフマド・クーミーが不敵に答える
「今度こそ山田長政に連なる者共を皆殺しにしなければならぬ。その方らもそう心得よ」
「「ハハッ!」」
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