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第1章 南海の覇者
第7話 広南海軍
しおりを挟む「船長!見えました!丑(2時)の方向にジャンク型3隻!安南海軍です!」
「来たか!」
利左衛門がこちらに一礼して総員に指示を出した
「総員戦闘配置につけ!」
利左衛門の号令一下、こちらもジャンク型和船である角屋丸に慌ただしい物音が次々とこだまする
鉄砲隊は早合と火縄を用意し、各員がそれぞれ弾込を急ぐ
高甲板に弓隊が整列して火矢への着火を待つばかりとなった
水夫たちは海水を汲んで舷側に水を掛けて回る
敵の火矢が刺さっても容易に火が燃え移らないようにするためだ
そして、今回の主武装であるセーカー砲5門が甲板中央に設置され、弾込が行われた
技術指導を十分に受けた砲撃手20名が発射準備を万端整える
「距離約10町!(約1km)相手も戦闘準備に入っています!」
最後に白兵部隊である斬り込み隊が胴丸を付け、滑り止めの鹿革の足袋を履き、刀を腰に差して鉢巻を締める
太刀どころか脇差でも身に余りそうな少年兵も数人混じっていた
あんな子供にまで戦わせるのは心苦しいな…
だが、祖国を守るためだ。各員の奮戦を期待しよう
「距離約5町!」
「セーカー砲!放て!」
鉄砲と比べ物にならない轟音が響き渡り、5発の砲弾が大きく弧を描いて海に吸い込まれた
「全弾外れました!」
「次弾装填! 敵の右端をすり抜ける!鉄砲隊左舷中甲板で射撃用意!」
「利左衛門!このまま進めば包囲されるぞ!」
「敵船はバラバラに動いております!各個に撃破していけば3対1とて恐るるものではありません!」
自信満々に利左衛門が返す
大丈夫だよな… 信じているぞ!
「敵船!鉄砲射撃体勢です!」
「中甲板の者は盾に隠れろ!
高甲板!弓隊用意良しかぁ!?」
「戦闘準備良うし!」
船内に緊張感が高まる
水平線の向こうにあった敵船が今は手を伸ばせばつかめそうな距離にいる
「距離約2町!」
敵船から先手を取って銃撃が起こる
敵の鉄砲は1船におよそ20丁ほどか
「約1町!」
「鉄砲隊!放てーー!」
こちらの鉄砲隊が応射する
お互いに激しい轟音を響かせながら、敵船との距離がどんどんと詰まる
「弓隊!二射して待機!」
高甲板から火矢が敵船に降り注ぐ
敵船には高甲板の備えがない。矢戦ならこちらに利がある
「宗助!50人連れて斬り込め!」
「応!!」
敵船の船首とこちらの左舷が接触する
その瞬間に宗助を始めとした斬り込み隊50名が敵船に乗り移った
先頭の宗助が敵船に降り立った
その瞬間、剣が閃いたと思ったら3人の敵兵が血しぶきを上げて倒れる
宗助の剣の腕は知っていたが、やはり敵味方合わせても群を抜いている
続く斬り込み隊も次々に敵鉄砲兵を仕留めていた
敵の白兵部隊は宗助に刀を折られ、剣を跳ね飛ばされて無力化されていく
「グエン!切り上がって上手回し!用意しろ!」
「アイアイサー!」
言うや、敵船から角屋丸が離れる
「利左衛門!宗助たちを見捨てるのか!?」
「敵船1隻の足止めをしてもらいます!宗助たちならば大丈夫です!」
そ…そういうものか…
敵の残り2隻が慌てて宗助たちが乗り込んだ船に船首を向けるのが後方に見えた
上手回しで素早く回頭して風上から敵船に船首を向ける
3町ほど離れたところで再び敵船と対峙した
「周!敵船の間をすり抜ける!」
「オウ!」
初めて周の声を聞いた気がする
よく通る声だな
「セーカー砲!右舷に集中!すれ違いざまに全弾水平発射だ!」
「了解でさ!」
敵船の間をすり抜けながら、波に落ち込んだ瞬間に轟音が響く
5発の砲弾を右舷側の胴に受けて、メインマストが音を立てて崩れ落ちる
たちまち敵船は大混乱になった
「右舷の敵船は放っておけ!斬り込み隊を迎えに行くぞ!」
言うや、宗助たちが乗り移った船に船首を向ける
斬り込み隊は粗方の敵白兵部隊を鎮圧していた
さすが利左衛門だ。これで残るは1対1
残った敵大将船らしき船の船長が大声を張り上げるのが見えた
斬り込み隊の乗り移った船に接舷し、20人の斬り込み隊が再びこちらに乗り移る
制圧用に人数を残してきたらしい
「船長!」
見張りから声が聞こえた
瞬間、激しい振動が船体を襲う
残った敵大将船が船首を角屋丸にぶち当てていた
―――味方ごと沈める気か!
敵兵が乗り移って来る
戻ったばかりの斬り込み隊が休む間もなく敵兵と斬り合いを演じる
「鉄砲!敵船甲板を撃て!弓隊は斬り込み隊の援護!敵の舷側に火矢を集中!」
敵味方入り乱れての銃撃戦が始まる
弾の雨の中で斬り込み隊が敵兵を次々に切り伏せていく
「若!高甲板でお待ちくだされい!」
興奮した利左衛門も太刀を抜いて乱戦の中に入っていった
日本兵は強いな… 太郎右衛門の言ったことを疑っていたわけではないが、こうして目の当たりにすると実感する
一人の少年兵が目の前で脇差を飛ばされた
「危ない!」
思わず脇差を抜き、敵兵との間に割って入った
敵兵の刃を受け止め、ギリギリとつばぜり合いを演じる
―――敵の膂力がキツい!押し込まれる!
「殿ぉー!」
乱戦を切り抜けてきた宗助が敵兵を後ろから切り伏せる
「ご無事ですか!」
「ああ、済まぬ。俺よりもこの少年を…」
脇差を飛ばされた少年兵の方を振り返る
胴丸がはだけ、胸からさらしの布地が覗いていた
―――女!?
よく見ると黒髪を首筋で切り揃え、小麦色の肌に大きな黒目の少女だった
さらしで隠しているが、元々控えめそうな胸は鳩胸の少年と言われてもわからない
少女の細腕でさっきの敵兵の膂力じゃ、得物を跳ね飛ばされるのも無理はない
いや、それよりも女兵なんか採用したのか!?
「殿!高甲板へ!
美!おれの短刀を使え!」
そういうと、宗助は少年兵と思っていた少女の方へ一尺の小脇差を鞘ごと投げる
小ぶりな短刀は少女の細腕でも扱いやすいのか、抜き払うと敵兵の間をすり抜けながら次々と末端部を切りつけていく
―――迅い!
メイと呼ばれた少女が敵兵を次々と無力化し、続いて宗助や他の斬り込み兵が次々に切り伏せていく
見事な連携だ
「敵大将が降伏したぞ!」
前甲板でひと声が上がった
「我が方の勝利だ!勝ち鬨をあげろー!」
すかさず利左衛門が大声を張り上げる
「「エイ!エイ!オー!」」
鬨の声を合図に、敵兵が次々と得物を捨てて降伏の意志を示す
わずか四半刻(30分)ほどの戦闘だったが、敵船2隻拿捕 1隻撃沈
こちらの損害は角屋丸の中甲板が小破
斬り込み隊13名 鉄砲兵10名討死
損害はあったが、広南海軍の完全勝利だった
「こいつが安南海軍の大将か」
「はい。楊学林と名乗っています」
縄を掛けられた楊が角屋丸の俺の前に引き出された
「楊とやら。安南海軍の兵力はこれだけか?」
「フン!安南に駐屯していたのは3隻だけだが、明には数百隻の軍船がひしめいているわ!」
「そいつらは、今何をしているんだ?」
「…」
「明からの援軍など見込めるのか?」
「…」
「お前達はアユタヤの商人達の手先だな?」
「違う!我らは誇り高き福建遊撃海軍だ!倭寇などと一緒にするな!」
「ほう…ならば、シャムのアユタヤ王朝を敵とする我ら広南海軍とは共闘出来る間柄ということだな?」
「若!」
「アユタヤの商人達は元々海禁を犯して交易を行う倭寇共だろう。ならば、お前たちにとっても殲滅すべき敵ということになるのではないのか?」
「…我らをどうする気だ?」
「さて、安南まで送り届けてやってもいい」
楊が不思議そうな目でこちらを見る
「我らは次こそお主の和船を沈めるかもしれんのだぞ?」
「かまわんさ。その分我ら広南海軍も強くなる。そうだろう?利左衛門」
利左衛門が苦虫をかみつぶした顔で肯定した
「だが、船はもらう。あれは我らが交易に使いたいのでな。お前達はソン川河口まで送り届けてやろう。
その後は小舟を遣わす故、好きにするがいい」
利左衛門のしかめっ面の理由もわかる
俺はまだまだ船長として半人前だからな
だが、日本兵の強さを今日目の当たりにした
俺たちは強いのだということを知った
会見を終えて、拿捕したジャンク船2隻を利左衛門に任せてホイアンまで回航させ、角屋丸は約束通り第二次防衛線の長城までカルバリン砲を届けた
―――第二次防衛線 長城前―――
「ヤマダ!カドヤがやってくれたぞ!安南海軍の軍船を全て撃破した!我が広南海軍の完全勝利だ!」
防衛軍の大将 阮有益が山田知政の陣を訪れ、上機嫌で話していた
「角屋殿が… 我らも負けてはおれませんな!」
「うむ!敵御林軍にも動揺があるはず。ここは砲撃で相手の士気を挫くぞ!」
「敵が混乱したら我ら日本兵は長城から討って出とうございます」
「おお!日本兵が押し出してくれるとなれば心強い!大砲で敵陣を撃ち崩したら一番槍にて駆けるが良いぞ!」
「はっ!一番槍の栄誉、有難く!」
長城を挟んで対陣する安南軍は、陣を張って海軍が敵の後ろを衝くのを待っていた
そんな中海軍壊滅の一報は、安南軍を動揺させるに十分だった
「将軍閣下!これでは戦えませぬぞ!元よりたった二千の兵では正面から攻めてもあの長城は突破できぬ!
海軍が破れた今、ここは兵を退くべきです!」
「一戦もせずに兵を退いては、我ら安南軍は明から侮りを受けることになるぞ!
我が安南の面目を保たねばならんのだ!」
「しかし、徒に兵を損なうは下策でございます!」
「判っておる!面目が立つほどに戦って引き上げる」
安南軍の軍議は紛糾していた
そんな中にカルバリン砲の轟音が響き渡った
「伝令ーーー!」
伝令が本陣へ駈け込む
「何事か!」
「長城より砲撃です!敵は大砲6門で我が方の陣を叩いております!
陣内の動揺激しく、逃げ出す兵も出始めております」
「ぐぬぬぬ!」
「伝令ーーー!」
「今度は何事だ!」
「長城の門が開きました!中から広南軍が討って出ております!
先頭の百名は精強で我が方は歯が立ちません!」
「将軍閣下!ここは一刻も早く兵を退くべきです!」
「ぐぬぬぬ!…やむを得ぬ!全軍退却だ!」
「伝令ーーー!」
「今度はどうした!」
「広南海軍がソン川河口に進出!側面より砲撃を受けて我が方は大混乱です!」
「くっ!退くぞ!一刻も早くハノイへ帰還するのだ!」
「将軍閣下!退却の指揮は―――」
「このような混乱の最中でまともな指揮などできん!兵にわしの後を追うように伝えよ!」
こうしてソン川の戦いは後詰の到着後わずか一日で決着した
陸軍では捕虜を500名ほど得た
角屋艦隊にも2隻のジャンク船が加わった
降伏した乗組員のうち、希望するものはそのまま角屋艦隊に勤務することを許した
旗艦角屋丸を含めて3隻とも損傷があったので、一旦陸に引き上げて船大工たちに修理を依頼した
船大工の頭は発狂してたな…
コーヒーでも飲んで落ち着いてもらおう
ホイアンへ帰投後、宗助を呼び出した
「宗助。あのメイと呼んでいた少女は何者だ?」
「募兵に応じて来た者なんですが、なんでも倭寇に親を殺されたとかで、倭寇と戦う戦闘員になりたいと希望してまして…」
復讐か… あまり見てて気持ちいいものではないな
「しかし、女の細腕で戦えるのか?」
「それはご覧の通りです。膂力はありませんが、船の上での平衡感覚は抜群です。
メイの動きについていけるのは拙者ぐらいですし、戦闘員としての資質は問題ないかと…」
確かにあの乱戦の最中にあって、一つも動揺することなく敵兵を無力化していっていたな
女とはいえ、貴重な戦力になるか
「女性兵は他にもいるのか?」
「いえ、今のところはメイだけです」
「わかった。メイのことは宗助に任せる。復讐ではなく、祖国広南のために戦える場を用意してやろう」
「はっ!ご配慮かたじけのうございます」
―――フエ王宮―――
「ニシムラよ。クメールが安南の動きに呼応する構えを見せておったのは本当か?」
「はっ!示し合わせてのことではないと思いますが、我が広南国の危機を好機と見ていた節があります」
「…許せんな」
「いかが為されますか?」
「有益が戻ったら、クメール討伐の軍を発することとする」
「はっ!かしこまりました」
片膝を付き、顔を伏せた西村太郎右衛門の口元には一瞬笑みが浮かんですぐに消えた
(福源陛下にはベンガル湾への道を切り開いて頂かんとな…)
一瞬のぞかせた笑みは、ゾッとするほどの冷たさを湛えていた…
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