コラムの轍

藤瀬 慶久

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江戸時代初期の農村部

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 藤瀬の独り言にお付き合いいただきありがとうございます

 さて、今回は江戸時代初期の農村部についてです


 江戸時代は重農主義と言われます
 ご存知のように江戸時代までの日本は税の基本は『米』でした
 太閤検地によって土地に納税義務者が設定されますが、実際には凶作や病気による労働力不足、あるいは放漫経営によるものなど諸々の原因で税を納められない者が出てきます

 そうなると金貸しや富農からカネを借りて納税原資に充てることになるのですが、これは幕府から見ても良い事ではありませんでした
 何故なら、借りたカネの返済によりますます生活が苦しくなり、当の農民が土地を売って逃げてしまえば結局税をとりっぱぐれることになるからです


「代わりに新しい所有者に納めさせればいいんじゃね?」

 もちろん、原則はそうなんですが、例えばある農家に村中の耕作地の所有権が集中したとしてその農家一家だけで耕作が続けられるわけではありません
 当然土地を売って村を離れる者が出てしまえば、実際の生産力が不足してしまいます
 それでも額面通りの税を徴収しようとすれば、富農であった者まで税負担で行き詰まり、最終的には税の未納に繋がります

 そういうことが頻発したのが寛永大飢饉の頃でした
 幕府はこの反省を元に寛永二十年に『田畑永代売買禁止令』を発布します

 要するに勝手に土地売って逃げるんじゃねぇ(# ゚Д゚) ってことですねw
 もちろん、その代りにお救い米などで飢饉などいざという時の生活保障はされていましたが



 目的が税の完全徴収にあるということは、田畑永代売買禁止令があっても、納税が滞りなく行われるのであれば土地所有権移転は半ば黙認状態にあったという側面もありました


 売買禁止とはいえ、実際問題カネがなくて税を納められない場合はどうするのか
 こういう時は土地を質入れしてカネを借りることになります
 しかし、江戸時代の慣行として質流れした土地にも『無年季的質地請戻し』という慣行がありました
 これは『無年季』なので実質的に返済無期限の質入れという意味です
 つまり、質流れしてしまってから二十年だろうが三十年だろうが、場合によっては百年後にでも元金を返済すれば、質入れした土地は返すという慣行です

 カネ貸す方からしたら「そんな馬鹿な…」なカンジですが、ここで最終的に質を取っているのは土地の富農層、つまりご近所さんです
 昔からの誼でもあるし、困ったときはお互い様なんだから、元金さえ返されればうるさいことは言わないという『優しさ』が根本にはあります
 小規模農民であればあるほど経営は不安定で、期限内の返済が困難な場合も多いでしょう
 そういう小規模農民を追い詰め過ぎて没落させないようにという配慮によるものでした

 つまり江戸時代は農民にとって『再チャレンジ』がしやすい時代でもありました


 しかし、ここで問題が一つ
 父親が好意で土地を質にとってカネを貸し、十年後には返済する
 返済が出来ない時は質流れとして質取人が耕作することを認める という契約をしたとします

 しかし父親同士は仲が良くても、子供の世代になれば若干疎遠になるということは普通にあり得ます
 そんな時、カネを返されるよりも質流れの土地をそのまま実質的に所有しておきたいという想いが出てくるのが人間というものです
 なにせ、カネは一時ですが土地を持っていれば永代に渡って収穫が出来るのですからね

 そういう時には当然、揉めます
 そうやって揉めた時に、講組織で定めた村掟が両者を裁くことになります
 こういう実際的な機能があって講という共同体が農村部で保存されていく事に繋がりました

 借主側の主張が講で認められた場合は晴れて元通りです
 では、貸主側の主張が認められた場合はどうなるか

 講の村掟でも納得がいかないという場合には代官所に訴えてお裁きという流れになるのですが、当初幕府は売買禁止令の原則によって質流れを認める証文は無効としていました
 しかし、最終的に契約が反故にされるのであれば、そもそも困っていてもカネなんか貸したくないと思うようになるのも人情です
 そのため、代官所に訴えることは借主にとっては今後困ったときに誰も助けてくれない『村八分』の状態になることを意味していました

 幕府にしても原理原則論で進めていては結局小規模農民を没落させてしまう結果になるとわかってきます
 そこで荻原重秀による『質地取扱の覚』の発布になるわけです


『質地取扱の覚』では農民同士の契約を幕府の禁令よりも優先するという立場を取りました
 当然、土地の所有権は貸主に移転します
 そうすると、土地を失った農民は食う物が作れないということになるので、今度は貸主から土地を借りて食べる物を作るということになります

 小作農の誕生です(あまり目出度いものでもありませんがw)


 小作農は名義人ではないので、納税責任はなく、納税は地主の責任となります
 その代りに地主に納税分として余剰生産分を渡します
 地主は納税した残りを備蓄し、いざという時の備えとして保管していくことになりました

 また、地主は自分の土地なので、最新式の農具や品種改良された稲などの生産効率を上げるためのツールを小作農に使わせることで益々の収穫量のアップを図ります
 こうして貧富の格差が拡大していくことになります

 言い換えれば、資本家の土地を耕す労働を行うことで、最低限生活を営むだけの給与を得るという労働者階級になってしまうとも言えることになります

 資本主義社会を構成する要件である『農業資本家』と『労働者』という階層が江戸時代初期から中期にかけて全国的に広がっていくことになります


 ちなみに、この時代の農民は貧しかった いいや、そんなに貧しくなかったという議論がありますが、私の見解は『どっちもあった』です
 焦点を小作農に当てれば、なるほど毎日働いても手元に残るのはその日を生きるための最低限の生活費です
 しかし焦点を地主層に当てれば、自分の収穫分プラスアルファが得られるので決して貧しくはないでしょう
 そして、小作農も地主層も、検地帳や人別帳に表されるカテゴリーとしては『農民』になります
 地主も自分たちで土地を耕していたからです



 こういった階層間の格差によって農村に新たな産業が勃興していきます
 また、江戸中期以降に農村部でも商業的な機運が高まったことも農民が貧しくなかったと言われる根拠に関係してきますが、それはまたの機会に…





 参考文献

『百姓の力―江戸時代から見える日本―』 渡辺尚志 著
『近江天保一揆の基礎的研究』 古川与志継 著
『近代近江商人経営史論』 末永國紀 著

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