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16歳 ~隣国皇宮にて 皇帝(19歳)~
しおりを挟むクソみたいな国の状況。
俺が幼い頃から、皇宮では、父である皇帝、祖母である皇太后、宰相がそれぞれの派閥を従え、権力争いに明け暮れていた。
ずっと、皆から、俺は可愛がられていた。愛情を持たれていたわけではなく、皆から、傀儡政権を作りやすい次代の駒として、大事にされていた。
そんな毎日が、ある日、突然、変貌する。将軍と軍隊が、皇帝、皇太后、宰相とその主力派閥の貴族を弑した。
確かに、皆、権力を振りかざし、皇宮を分断し、国力の低下を招いた。ただ、誰もが殺されるほどの悪事は行っていない。穏健派の貴族も民も、将軍と軍隊の暴挙に恐れ慄いた。
穏健派の貴族と民が持つ、将軍への不満と恐怖を逸らすため、将軍は、皇帝の息子である俺を次期皇帝に据え、将軍と軍隊は隣国への侵攻を開始した。
俺は、将軍の娘を婚約者にさせられ、種馬になることを期待され、丸腰で、皇宮に閉じ込められている。
皇宮は静かだ。
貴族たちは、将軍の暴虐が己に向かうのを恐れ、領地に戻っているし、使用人達は将軍の暴挙に慄き、多くが辞めてしまった。そして、将軍や軍隊の大多数は戦争に向かっている。
することもなく、見通しの良い広間の玉座に背を預けていると、一人の男がやってきた。
男がパサリとフードを落とすと、薄い栗色の毛と輝くような緑の瞳をした、にやついた顔が現れた。隣国の贅沢品を扱うのに長けているということで、皇宮によく出入りしていた、隣国出身の商人だった。
将軍の命を受けた近衛兵が、皇宮にいる俺に近付く人間を限っていることを考えると、隣国出身の人間がここまで入ってくるのは明らかにおかしい。警戒して身を構える。
「刺客か」
「畏れ多い。ほら、見てください。丸腰です」
手を広げ、朗らかに、商談でもするかのように、男は言った。
「何故、入れた。ここは、近衛兵が守っているはずだ」
「近衛兵は、言い訳できる状況を作って、少し金を握らせてやったら、皇宮へ入れてくれましたよ。随分と立派なこの国への忠誠心ですね」
そういうと、男は嫌な笑いをした。苛立つ心を抑えて言った。
「……何用だ」
「嫌みを言いに来ました」
「は?」
わざわざ危険を冒して来るには、あまりにつまらない用件だった。笑みを浮かべたまま、周囲を見渡し、男は言った。
「陛下、ここは豪華で住み心地の良さそうな宮殿ですね。種馬には勿体ない」
「……無礼な。手打ちにするぞ」
「ははっ。帯刀も許されず、隣国の一介の商人に、好き勝手言われるのが、陛下の今のお立場でしょう」
拳を握り締め、男に向けて、振り下ろした。ガッと重い音がして、男が吹き飛んだ。
「拳を振るうことくらいはできる」
「いたた……。なかなか、力強いですね」
「不敬だ。私自ら手を下したのを光栄に思え」
「はは……。痛いのは痛い。ただ、前線の兵士達が直面している状況に比べると、こんな拳は大したものではない。人を戦場に送るのを容認し、自らは安全で綺麗な宮殿で、人を殴る。結構なことですね」
戦場の兵士のことを言われ、思わずピクリと眉が動いた。再びこちらを見た男は、もう、にやついた顔はしておらず、苛立ちを隠しもせず、言った。
「私は、隣国では三本の指に入る大きな商家の出なのですが、後を継ぐための条件が大口顧客を開拓することなんです。だから、陛下に近付こうとしました。でも、知れば知るほどうんざりしました。一体、貴方は何なんだ。一国の頂点にいる人間が、倦むだけで、何の行動も起こさない。知れば知るほど、腹が立ったよ」
「……黙れ」
「責を果たす気がないのであれば、明確にその立場を手放せばいい。貴方を担ぎ上げることができなければ、将軍とて、簒奪者だとはっきりする。半端にこんなところでのうのう過ごして、そんなに自分の身が大事ですか? 兵の命や民の生活より?」
「黙れと言っている!」
「ええ、もう話は終わりです。実家を継ぐための大口顧客に陛下を考えていましたが、うんざりしたので、明日、ここを去ることにしました」
男は身を起こして、埃を払った。
「貴方のことは嫌いですが、商いには生活の安定が必要です。貴方を連れて行って差し上げてもいいですよ。私の姉は、現在交戦中のアームストロング侯爵のご息女と懇意です。彼女なら頼りにできるでしょう」
初対面の男から突然示された選択肢だったが、思わず聞いてしまった。
「……どうすればいい?」
「覚悟があるなら、明日早朝五時に西門手前の商人用の馬繋場で落ち合いましょう。服装は、商人に見えるものが望ましいですが、よく分からないでしょうから、近衛兵のものを着用ください。それすらできないようであれば、足手まといが過ぎるので、絶対に来ないでくださいね」
言うだけ言って、男は振り返ることもせず、去って行った。
皇宮に残っている数少ない人間から、祖父に仕えていた老齢の家臣を呼んだ。前皇帝、皇太后、宰相との権力争いには加わらず、粛々と皇宮での業務を行っていた人物だった。彼に、隣国の状況報告書を持ってくるように、指示をした。
かつて、次期皇帝として真面目に勉学に励んでいたときに学んだアームストロング侯爵領といえば、騎士団と兵団が強く、攻めることが難しいが、領土としては地味な印象しかなかった。
しかし、この数年で、アームストロング侯爵領は大きく変わっていた。その中心には変な女がいた。市井から引き取られた、アームストロング侯爵家の令嬢で、名を『イザベラ・アームストロング』といった。あの無礼な商人が、頼りにできると言っていた女だった。
彼女が行った成果で主なものだけでも挙げると、領土の福祉施設の改善、財団の設立、国境警備の強化、王都で偶然出くわした我が国の軍隊による誘拐の解決。
成果だけを見ると恐ろしい才女のように思うが、手段は泥臭かった。領土中を駆け回り、自ら戦場の裏方として働き、王都の民をかばって瀕死の大怪我まで負っている。
確かにこれだけのことを受け止めてきたのであれば、俺が助力を求めても頼りにできるのかもしれないが――
「頭がおかしいのか、この女は……」
市井から引き取られた非嫡出子の女性で、もともと足元をすくわれやすい立場なのに、そんなに目立つことを自らするなんてどうかしている。これまでの家の方針と異なることをして、当主である父親の反感を買うこともあるだろう。新たな取り組みを面白く感じない既存の勢力から、その立場を狙われることもあるだろう。
目立つのが好きなのか、自分なら権力争いに勝ち残れるという自信があるのか、ただの考えなしか。いずれにせよ、通常の思考ではない。
しかし、そこまで動いてやっと成し得たものも、きっとあったのだろう。
何かを動かす人間が、通常の思考である必要はないのかもしれない。
生まれた時から次期皇帝として期待されていた俺は?
嘆いて、倦んで、皮肉を言うだけで、何も成し得ないままでいいのか?
「くそっ……」
報告書を握り潰したまま動かなくなった俺に、心配そうに老齢の家臣が尋ねる。
「陛下?」
「今の状況は、私の望むものではない。将軍は簒奪者だ。あのような者に、この国を任せ、これ以上の戦火を起こさせるわけにはいかぬ」
俺の発言に、老齢の家臣は一瞬驚いたようだったが、その後、感極まったように頷いた。これからのことに頭を絞り、指示をする。
「明日、ここを発ち、軍を抑えるため、隣国に助力を求める。私が去って、六日経っても沙汰がなければ、私は死んだものと考えよ。その際は――」
一世一代の賭けだった。
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